『レミニセンス』レビュー:ヒュー・ジャックマン映画に外れなし!時間トリップSFとファム・ファタールの魅惑的融合!

ニューシネマ・アナリティクス

■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

『ダークナイト』3部作などでおなじみクリストファー・ノーラン監督作品は、時間軸を錯綜させたSFドラマを得意としていることでも映画ファンには有名ですが、そんな彼の時間センスを支える相棒が、弟のジョナサン・ノーランです。

『メメント』や『インターステラー』などの兄ノーラン監督作品の脚本を記し、現在はリサ・ジョイ監督とともに制作会社キルター・フィルムズを経営し、TVシリーズ「ウエストワールド」などの制作にも勤しんでいます。

そして本作『レミニセンス』はジョナサン・ノーラン製作、リサ・ジョイ監督、ヒュー・ジャックマン主演による時間トリップを題材にしたSF映画……なのですが、実はそれだけではなく映画ファン、特にクラシカルなフィルム・ノワール(犯罪映画)のファンであればあるほど感涙してしまうファム・ファタール(魔性の女)映画でもあったのでした!

未来の記憶潜入エージェントが謎の女に翻弄される犯罪映画

映画『レミニセンス』は戦争などの影響で都市の多くが海に沈み、人々は水とともに生きていかざるを得なくなって久しい未来社会を背景にしたSF映画です。

舞台となるマイアミの街はどこかしらアールデコ調やロココ調といった古い佇まいを示しつつ、そこが冠水されていることで一種独特な光と影と水の美しいヴィジュアルが形成されています。

そんな街の一角でひっそり営まれているのが、お客の望む過去の記憶を時空間映像として再生させる記憶潜入(=レミニセンス)業。

裸で水槽に浸りながら、脳裏で過去の想い出に浸るという画は、どこかしらケン・ラッセル監督のドラッグ感覚に満ちたマインドトリップSF『アルタード・ステーツ未知への挑戦』(79)を彷彿させるものもあります。

(そう、実はこのシステムを用いて自分が最も楽しかった過去に入り浸りながら、いつしか麻薬患者のようにドはまりしてしまう者も多いのだとか。それもこれも戦争が多くの人々に心の傷を与え、退廃させてしまったこととも関係しているようです)

この商売を営む“記憶潜入(レミニセンス)エージェント”のひとりニック(ヒュー・ジャックマン)は元軍人で、戦争で心に深い闇を抱えて久しい、業の深い一匹狼。

もっとも、相棒ワッツ(タンディ・ニュートン)もまた心に傷を持つ退役軍人で、それゆえに仕事上での関係性は上々のようです。

そんなある日、ニックたちは検察からの依頼で、瀕死の状態の新興勢力ギャングの男の記憶に潜入し、組織の正体と目的を掴もうとします。

(レミニセンスはこういった犯罪捜査にも役に立つシステムなのです)

しかし、男の記憶の中から映し出された女性メイ(レベッカ・ファーガソン)の姿を見つけたニックは、人が変わったように多くの人々をレミニセンスしながら、彼女の姿を追い求めていくようになるのでした。

一体、ニックとメイの間に何があったのか?

そしてメイの正体と、その背後に潜む巨大な陰謀とは……?
 
–{リサ・ジョイ監督の意欲に応えるヒュー・ジャックマンの男の色香}–

リサ・ジョイ監督の意欲に応えるヒュー・ジャックマンの男の色香

本作はまず、時間軸を縦横無尽に操るジョナサン・ノーランならではの“記憶潜入エージェント(と、宣材のプレスシートにはちょっとかっこいい言葉の響きで記されていますが、映画を見ていると商売そのものはかなり胡散臭くも見受けられます!?)”という設定が秀逸。

また兄クリストファー・ノーラン監督が単独で脚本を記した最近作『TENNET テネット』のように複雑怪奇すぎる時間軸の錯綜に至ることなく、比較的わかりやすい時間トリップが描出されているのは、弟ジョナサン・ノーランが脚本家というストーリーの構成などに腐心し慣れていることも関係しているのかもしれません。

(その意味では『TENNET テネット』も弟ノーランが脚本に参加していたら、もっとわかりやすい映画になっていた?)

ただし、今回の時間トリップを駆使したドラマ展開の妙味もさながら、映画全体を見終えて確実に残るのは、謎の女メイと、その虜になって彼女を追いかけ続ける主人公ニックの関係性です。

このテイストはまさに1940年代から50年代に流行したフィルム・ノワール(犯罪映画)であり、悪女もしくは謎の女に男が翻弄されていくファム・ファタール映画の再来そのもの。

つまり本作は近未来の時間トリップSFにフィルム・ノワール&ファム・ファタール映画の要素を盛り込んだ意欲作なのです。

これには監督のリサ・ジョイが育児中にフィルム・ノワールにはまったことを公言していて、それが昂じての本作の企画へ結びついていったようです。

ここでユニークなのは、フィルム・ノワールといえばモノクロの暗い映像のイメージがすぐに思い浮かびますが、本作はむしろ自然光など明るい光の要素をふんだんに取り入れていることで、それでいて見終えるとモノクロームのごとき印象を抱かさせるのです。

またファム・ファタールの要素に関しても、従来の「男目線からの悪女」という捉え方が一切成されていないので、逆によりメイの謎めいた風情が美しくも艶めかしく銀幕に映え渉っています。

そしてそんな彼女に翻弄されていく主人公ニックを演じるヒュー・ジャックマンの男の色香!

このところ『レ・ミゼラブル』(12)『LOGAN/ローガン』(17)『グレイテスト・ショウマン』(17)『フロントランナー』(18)など絶好調の彼、まさに出演作に外れなしの貫禄を示し続けていますが、今回もそのイメージを覆すことのない、孤独な一匹狼がいざ愛を求めてしまったときのうろたえが無謀な行動に顕れてしまうという男のサガみたいなものを嫌味なく醸し出しています。

またそんな彼を密かに慕いつつも決してベタベタした情緒に陥ることのないワッツ役のタンディ・ニュートンの佇まいも見事。

レイ(レベッカ・ファーガソン)とワッツ(タンディ・ニュートン)の双方を魅力的に描出し得ているのも本作の美徳であり、ファム・ファタール映画の新境地であるとともに、それがリサ・ジョイ監督の卓抜した手腕として大いに評価したいところです。

今にして思えばリドリー・スコット監督の『ブレードランナー』もSFとフィルム・ノワールとファム・ファタールの融合を目指したものとして認識できますが、本作はそれ以上にクラシカルな良さを2021年の今の時代に再来させようという意欲が好もしく伝わってきます。

光と闇と水の映像美も含め、これはぜひとも映画館の大画面で堪能していただきたい、映画の中の映画であると断言しておきます!

(文:増當竜也)

–{『レミニセンス』作品情報}–

『レミニセンス』作品情報

【あらすじ】
地球温暖化により海面が上昇し、都市が海に沈み、水に支配された世界。記憶潜入(レミニセンス)エージェントとして暗躍するニック(ヒュー・ジャックマン)はある日、検察から、瀕死の姿で発見された新興勢力のギャング組織の男の記憶に潜入し、ギャングの正体と目的を掴んでほしいと依頼される。男の記憶から映し出された、事件のカギを握る謎の女性メイ(レベッカ・ファーガソン)を追い、ニックは多くの人々の記憶に潜入する。しかし、膨大な記憶と映像に翻弄され、次第に予測もしなかった陰謀へと巻き込まれていく……。 

【予告編】

【基本情報】
出演:ヒュー・ジャックマン/レベッカ・ファーガソン/タンディ・ニュートン/ダニエル・ウー

監督:リサ・ジョイ

上映時間:116分

映倫:PG12

製作国:アメリカ