『イソップの思うツボ』(C)埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
『イソップの思うツボ』(19)『猿楽町で会いましょう』(21)『うみべの女の子』(21)など、ここ数年において、女優・石川瑠華の大躍進が止まらない。
主演作『猿楽町で会いましょう』が第32回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門に出品され、『うみべの女の子』の公開を控えた8月からは神奈川県の”あつぎのえいがかんkiki”で特集上映が行われるなど、日本映画界でも注目されつつある彼女。
今回は、そんな彼女の魅力を過去の出演作を交えながら、3つのポイントで振り返っていきたい。
1:観客の予想を裏切る独特の存在感
彼女の魅力のひとつ、それは「観客の予想を裏切る独特な存在感」だろう。
石川瑠華の名前を世に知らしめたのは、2019年に公開された映画『イソップの思うツボ』での大抜擢だった。
『イソップの思うツボ』(C)埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
『カメラを止めるな!』(17)でお馴染み、上田慎一郎監督が中泉裕矢監督・浅沼直也監督の2名と共同でメガホンをとった本作ではオーディションから3名の若手女優が選出。
井桁弘恵や紅甘と共に主演の座を射止めた彼女は劇中で内気な女子高生・亀田美羽を熱演している。
一見、穏やかに見える美羽だが、物語が進むほどにそのイメージはコロコロと変わっていく。
二転三転と変化する物語に三監督の個性が爆発した作風、そんな本作を象徴するような役柄でもあり、作品に必要不可欠な人物として確かな存在感を発揮したのだ。
(C)2019 映画「恐怖人形」製作委員会
同年には山奥にやって来た若者たちが呪いの人形に襲われるホラー映画『恐怖人形』(19)にも出演。
石川は若者グループの一人・まどかを演じ、こちらでも観客の予想を裏切るトリッキーな役柄を演じている。
脇役でありながら、意表を突くラブシーンなどにも挑戦し、悲鳴を上げる場面では作品全体の緊張感を高める迫真の演技を見せている。
–{2つ目のポイントは「清純派で開花した豊かな表現力」}–
2:清純派で開花した豊かな表現力
一方で「清純派で開花した豊かな表現力」も彼女の魅力といえる。
”MOOSIC LAB 2019”の短編部門作品として製作された『ビート・パー・MIZU』(19)では上記の2作品とは一転、青年・みずくんに一途な思いを寄せる大学生・隅子を好演。
「ありとあらゆるもののBPM(Beats Per Minuteの略でいわゆる”テンポ”のこと)が瞬時に分かる大学4年生が、片想い相手をストーキングする」という、一歩間違えば、不気味にもなりかねない主人公のキャラクターを彼女の魅力で愛らしい人物として成り立たせている。
印象的な心の声や生き生きとした表情など幼さを感じさせる彼女の表現力が、爽やかな青春恋愛ストーリーである本作の絶妙なバランスを保っているのだ。
(その魅力の一端は、本作の主題歌”とけた電球”「焦がれる」のMVからも確認することが出来る。)
『ビート・パー・MIZU』に続き、彼女が清純派な魅力を押し出した映像作品にはYouTubeチャンネル”みせたいすがた”で公開されたソーシャルドラマ「水曜日22時だけの彼」も挙げられる。
『サマーフィルムにのって』(21)の松本壮史監督がメガホンをとり、崎山蒼志がEDソングを担当した本作では、ミステリアスな男子・ハルトに密かな思いを抱えるナツミを演じている。
『ビート・パー・MIZU』にも通ずる可愛らしい声を活かしたモノローグ演出に加え、ほぼ二人劇といえる本作では、より変幻自在な彼女の表現力に驚かされるだろう。
コメディエンヌといっても過言ではない軽快な語りとコミカルな表情、謎に包まれたハルトに思い悩む彼女の立ち振る舞いには、つい目が離せなくなってしまう。
大きな出来事が起きるわけではなく、主人公の揺れ動く感情に寄り添った本作だからこそ、彼女から滲み出る空気感に私たちは自然と惹き込まれてしまうのかもしれない。
(『水曜日22時だけの彼』の本編はコチラから鑑賞可能。)
–{3つ目のポイントは「陰と弱さをも感じさせる雰囲気」}–
3:陰と弱さをも感じさせる雰囲気
「陰と弱さをも感じさせる雰囲気」も彼女の重要な魅力だ。
空き家に住み着いた若者たちと彼らの退去を要請しに来た役員とのワンシチュエーション短編映画『stay』(21)で、彼女は若者の一人・マキを演じている。
若手俳優陣の演技アンサンブルともいえる本作でも彼女は物語を支える大きな柱になっているのだ。
終始、明るい様子の彼女だが、その笑顔にはどこか陰を感じさせる。
入れ替わりが激しい空き家生活の中で処世術を身に着けたのか、他者に深入りしすぎないような彼女の言動や立ち振る舞い、そして、台所に立つマキの後ろ姿には、そのバックボーンでさえ想像させられ、短編映画ながらも人物の深みが感じられるのだ。
『猿楽町で会いましょう』(C)2019 オフィスクレッシェンド
また、『猿楽町で会いましょう』では”陰のある彼女の魅力”がより浮き彫りになっていた。
本作で彼女は東京で読者モデルとして活躍するユカを演じている。
新人カメラマン・小山田の視点で進められる序盤、ユカは掴みどころのないミステリアスな女性として描かれていくが、中盤以降、その背景が描かれることで彼女の本当の姿が明かされていくのだ。
正直、『ビート・パー・MIZU』や「水曜日22時だけの彼」で彼女の演技に惹かれた筆者としては、鑑賞後、かなりズドンとくるものがあった。
周囲には気丈に振舞いながらも弱く脆い一面を持ち、ギリギリのバランスで東京の街で生きるユカ。
その儚げな表情や彼女が経験する残酷すぎる現実に、心がえぐり取られるような痛みを感じたのだ。
これまでの作品にはなかったダークな魅力を存分に生かし、R15指定も納得の体当たり演技でユカそのものになりきった石川瑠華。
その挑戦は最新作『うみべの女の子』にも繋がったといえるだろう。
(C)2021「うみべの女の子」製作委員会
『うみべの女の子』で彼女が演じたのは中学2年生の女子・佐藤小梅。
中学生同士の性描写を描いた本作において、幼さと大人びた危うさを併せ持つ彼女の起用は間違いなかったといえる。
なぜなら、本作で映し出されているのは実力派若手女優がなりきった女子中学生ではなく、もはや、どこにでもいる等身大の女子中学生・佐藤小梅だからだ。
(本作の挿入曲”はっぴいえんど”の「風をあつめて」をリーガルリリーがカバーしたMVでも劇中の彼女の姿を垣間見ることが出来る。)
ある意味では、これまでの集大成ともいえる複雑な人物を見事に憑依させた石川瑠華。
あまりにも生々しい中学生の残酷な現実を描く本作では、鑑賞後に激しい痛みを抱える人も多いだろう。
しかし、映画の中で実際に生きる人物たちを目の当たりにした時、あなたは自分の人生について、改めて考えてしまうのではないだろうか。
石川瑠華は過去のインタビューで「自分にとって映画の魅力とは何か」と問われた際、「メッセージを受け取って、自分が生きていく力に変えることができるもの」と答えていた。
彼女の言葉がまさしく当てはまるような映画が『うみべの女の子』であり、だからこそ、本作は少しでも多くの方々に届くべき一作なのだ。
清純派から体当たり演技まで、紆余曲折の役者人生を通し、着実に表現できる役柄の幅が広がり続ける女優・石川瑠華。
その”変幻自在な表現力“で、この先、どのような演技を見せていくのか。
同世代の人間として、今後の彼女の活躍にも期待したい。
(文:大矢哲紀)