【映画VS原作】『キネマの神様』映画評論と映画制作、2つの異なる物語

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——『キネマの神様』

筆者がその小説と出会ったのは、コロナ禍のミニシアターを題材に卒業論文の執筆を開始した時期だった。

都市開発を担当する女性社員から映画雑誌のライターへと転身した女性・歩とギャンブル・映画漬けで借金まみれの父・ゴウ。
親子の縁が大きな奇跡を巻き起こし、映画ブログと名画座、そして、世界中の人々を繋げていく心温まる人間ドラマである。

名作映画へのオマージュを散りばめながら、ミニシアターや劇場という場所に対する愛に溢れた物語は私自身の研究にも大きな影響を与えたが、本作を読み終わった後は純粋に一つの疑問が浮かんだ。

「この小説の映画化は、かなり難しいのでは……」
ブログでの映画評論が軸になる物語や日本を飛び越えた人と人との繋がりをも描く本作。
いくら日本映画界の巨匠・山田洋次監督が本作のメガホンをとるとはいえ、その映像化には大きな困難を感じたのである。

しかし、その不安はのちに本作の特報で払拭されることになる。

映画製作に携わる若き日のゴウの姿、映し出される製作現場の様子。
ここから、本作が映画オリジナルストーリーになること、そして、山田洋次監督の自伝的要素も盛り込んだ作品になることは容易に予測がついた。

では、実際に全く異なる2つの物語として完成された本作には、どのような共通点と違いがあったのだろうか。

今回は両作の違いから大きく3点を抜粋して、ご紹介。
小説と映画版、異なる2作品の魅力を分かりやすくお伝えしたい。

※以下、ネタバレを含みます。

1:映画の受け手と作り手の物語

『キネマの神様』の小説版と映画版の大きな違い。
それは登場人物の映画との距離感、関わり方と言えるだろう。

小説版では映画雑誌・映友のライターとして活動することになった女性・歩や、同雑誌のWebサイト”キネマの神様”で映画評論を公開することになる父・ゴウなど、登場人物が「映画の受け手」となっていることが重要な点である。
長年、映画に触れてきた彼らは様々な名作の知識を執筆業に活かし、次第に、その活動が多くの人々の注目を集めることとなる。

一方、映画版では、ゴウが映画の助監督を経験、監督作『キネマの神様』を製作していたなど、「映画の作り手」として映画制作に携わる人間に変更されている。

これは原作者・原田マハと映画監督・山田洋次の映画に対するスタンスの違いを如実に反映した部分ともいえる。

小説家ならではの映画評論や心情描写、映画監督にしかできない当時の撮影所の再現や驚きの映像マジック。

異なるアプローチながらも、それぞれの実体験を反映したストーリーと表現は、受け手に説得力のある作品世界を映し出してくれるのだ。

–{娘視点と父親視点の物語}–

2:娘視点と父親視点の物語

また、両作を比べると、小説版が娘・歩視点の物語、映画版が父親・ゴウ視点の物語ということが、よく分かるのではないだろうか。

というのも、原作者・原田マハは本作を自身の父を題材に執筆したことを公表している。
そのため、小説の物語のほとんどはフィクションでありながらも、ギャンブル依存症で無類の映画好きという父親の設定はほぼほぼ事実だという。
それゆえ、父を思う娘・歩の心情描写には、自身の気持ちも重ね合わせていることだろう。
(また、中心となって、物語を進めていくのも歩である。)

一方、映画版の主役がゴウになっていることは誰の目にも明らかだ。
時折、挟まれるナレーションは歩が担当しているものの、中盤の回想シーンを含め、過去パート・現在パートを合わせた出演シーンはゴウが一番と言える。
また、山田洋次監督の実体験を反映する形で、物語も1950年代~60年代における黄金期の映画製作現場での秘話に変更されている。
(ここでは、監督が当時見聞きした情報も大幅に取り入れられているとのことだ。)

脚本執筆時には、丸一日かけて、原田マハから父との思い出を聞き取ったという山田洋次監督。
前作『男はつらいよ お帰り 寅さん』に続き、朝原雄三と共に脚本を執筆した物語は、彼にしか書くことが出来ないゴウ視点の内容となっているのだ。

–{コロナ禍を反映させた内容}–

3:時代を反映させた内容

2008年に出版された小説版では、インターネット社会における映画レビューの影響力という点で、当時の現代的な視点を盛り込んでいたと思われる。

一方、映画版では、コロナ禍に製作されたという事実が大きな影響を与えている。

2020年の春に撮影を開始した本作では、約1か月後にコロナ禍によって撮影が中断。
さらに、当初、主演を予定されていた俳優・志村けんさんが急逝されるという前代未聞の危機が製作陣を襲った。

これに際し、山田洋次監督は後半の現代パートの脚本を大幅に変更。
本編を観ると分かる通り、本作は大作日本映画としては珍しく「コロナ禍」の世界を反映した物語になっているのだ。

経営危機に見舞われたミニシアターの存在、一座席空けの劇場、マスク姿で入院せざるを得なくなったゴウ。

これらの要素は製作時期に起きた実際の出来事と深く重なっており、現代の社会を記録した貴重な作品となっているのだ。

終わりに

現在公開中の映画『キネマの神様』では映画愛や家族愛が呼び起こす奇跡の逆転劇に高評価が集まる一方で、古き良き時代を感じさせる恋愛要素や主人公・ゴウの描写などに批判的な意見も存在している。

しかし、ハマった方もハマらなかった方にも、小説版「キネマの神様」はオススメしたい作品だ。

全く異なる物語として完成された本作を読んでみると、映画の見えかたも大きく変わり、『キネマの神様』を、より深く楽しめるはず。

原作を読んだ後の山田洋次監督が原田マハに「自分なら、こんなエンディングを作りたい」と(まるで映画版のゴウが監督作の構想を語るように)熱烈なアプローチを送ったことからも、その面白さはお墨付きだろう。

ちなみに、映画版の公開に合わせ、原作者・原田マハは「キネマの神様 ディレクターズカット」も発売している

映画版の物語はそのままに、心情表現や古典映画へのリスペクト、コロナ禍の様子などが追加されたノベライズ版は、映画の鑑賞後、ぜひ、読み比べていただきたい一冊である。

(文:大矢哲紀)

–{『キネマの神様』作品情報}–

『キネマの神様』作品情報

ストーリー
ゴウはギャンブル漬けで借金まみれ。妻の淑子や娘の歩からも見放されたダメ親父である彼がたった一つ愛してやまないのは、映画だった。ゴウは若い頃助監督として撮影に明け暮れ、食堂の娘・淑子に恋をし、映写技師・テラシンとともに夢を語らう、そんな青春の日々を駆け抜けた。ついに「キネマの神様」という作品で初監督を務めることになるが、撮影初日に転落事故により大怪我をし、作品は幻となってしまう。それから半世紀が経った2020年、「キネマの神様」の脚本が出てきたことから、沈みかけていたゴウとその家族は再び動き始める。

予告編

基本情報
出演:沢田研二/菅田将暉/永野芽郁/野田洋次郎/北川景子/寺島しのぶ/小林稔侍/宮本信子/リリー・フランキー/志尊淳/前田旺志郎 ほか

監督:山田洋次

原作:原田マハ

公開日:2021年8月6日(金)

製作国:日本