『そして、バトンは渡された』ネタバレありで魅力を大いに語る

デフォルト

家族の形に、決まりはない。たとえ血の繋がっていない家族だって、お互いに愛を示しながら尊重し合うことはできるはず。

そう思わせてくれる映画が公開される。2021年10月29日(金)公開の『そして、バトンは渡された』。型にとらわれない、新しい家族の在り方を教えてくれる名作である。

家庭の事情により何人もの親がいる高校生の娘・優子(永野芽郁)が主人公。東大卒で頑固な面もあるが、料理上手で優しい父親・森宮さん(田中圭)とともに、何不自由ないふたり暮らしを送る。

本作は、”ふたつの家族”の物語が巧みに重なり合いながら進み、最後には、誰もが驚き涙する結末へと行き着く。あなたも自然と、自身の親や子どもへと、思いを馳せることになるだろう。

本記事では、ふたつの家族の概要を紹介しつつ、この映画の魅力をご紹介したい。

※次ページより、本作のネタバレを含みます※

–{本屋大賞受賞の瀬尾まいこ原作が映画化!}–

本屋大賞受賞の瀬尾まいこ原作が映画化!

映画『そして、バトンは渡された』は、瀬尾まいこの同名小説が原作(2018年文藝春秋刊)。2019年には本屋大賞を受賞し、数々のメディアで取り上げられ多くの人の知るところとなった。

主人公は女子高生の娘・優子。生まれたときは「水戸優子」だったが、いくつかの苗字を経て、高校生である現在は「森宮優子」になっている。いまや映画・ドラマ界になくてはならない役者である永野芽郁が、少し複雑な家庭環境に暮らす優子をみずみずしく演じている。

優子の父親・森宮さんを演じるのは、その姿を見ない日の方が少ないほど多忙な役者・田中圭だ。彼が演じる森宮さんは、娘である優子とは血が繋がっていない。いわゆる「家庭の事情」というやつで、血縁関係にない親子なのだ。

父・森宮さんと、その娘・優子。血が繋がっておらず年齢も近いこの親子を主軸に、物語は進んでいく。

原作小説の第一章・第一行目である「困った。全然不幸ではないのだ」の一節が記憶に残っている方も多いだろう。そう、優子は悩んでいた。「悩みがない」ことに悩んでいるのだ。一般的には「これまで親がたくさん代わってきた片親の娘」と聞くと、ネガティブなイメージを持たれることが多いはず。

本作の主人公・優子自身も、教師をはじめ周囲の人々から「かわいそう」「大丈夫?」と勝手に心配されてきた。心配してもらっているのに、世間的にはいわゆる”複雑な家庭環境”らしいのに、大した悩みがない自分を申し訳なく思っている。

一方で「自分が泣きながら大層な悩みを打ち明けたら満足してもらえるんだろうか」と、醒めた頭で状況をとらえる冷静さも持ち合わせている彼女。主観と客観のバランスが絶妙な優子のイメージは、原作・映画ともに変わらない。

森宮さんに対するイメージも、まさに原作小説がそのままスクリーンに投射されたかのように差異がない。メガネをかけた東大卒のエリートサラリーマンである森宮さん。娘の優子とは血が繋がっていないけれど、愛情は人一倍だ。ときにその愛情が暴走し、受験を控える娘への夜食としてうどんやオムライスをがっつり作ってしまったりもする。森宮さんの良いところのひとつとして、料理上手である点もしっかり描かれている。

血縁関係にはないけれど、互いに尊重し合い愛情を育んでいる親子。その陰で、対比として描かれるもう一組の親子関係がある。違いを尊重できず傷つけ合ってしまう親子の形だ。

–{「親子」に「血縁」は必要なのか?家族の形を考えさせられる物語}–

「親子」に「血縁」は必要なのか?家族の形を考えさせられる物語

森宮親子の対比に感じられるもう一組の親子。優子と同級生の早瀬くんと、その母親(実母)である。

超絶にピアノが上手な同級生・早瀬くんを演じるのは、めきめきと着実に力を伸ばす若手俳優・岡田健史。早瀬くんの持つ天才性と、それゆえの少し浮世離れした雰囲気を見事に表現している。

生まれた頃からピアノが上手で、実の母親をして「その音を聞いて震えたの」と言わしめた才能。ピアノありきで繋がっているようなこの親子は、まさに森宮親子とは対照的だ。

卒業式のクラス合唱でピアノ伴奏を担当することになった優子。他クラスの伴奏者として早瀬くんも名を連ねていた。それぞれの伴奏者の力量をはかるために好きな曲を弾いてみる一行。はじめて早瀬くんのピアノを聴いた優子は、その音色に圧倒される。

早瀬くんのピアノはすごい、と賞賛する優子に対し、「森宮さんの音が一番良かった、あのピアノに合っていた」と自然と褒める彼。少しずつ距離を縮めていくふたりの姿に、淡いときめきを感じる。

ある日、優子と父親は実の親子ではないと知ることになる早瀬くんは、素直に羨ましがる。

「いいな、お互いを尊重できる」

その言葉は、彼自身「自身の親子関係は尊重し合えていない」と感じていることを示していた。ピアノで繋がっている親子。仮に早瀬くんがピアノを弾くことを止めたら、音大に進まないことを選んだら、途端に切れてしまうような危うい糸。ときに、親や教師の所有物であるかのように錯覚してしまう自分という存在を、「自分は自分だ」と繋ぎ止めていたい心境の現れなのかもしれない。

森宮親子と早瀬親子。ふた組の親子の対比は物語上に淡く浮かび上がりながら、私たちに問いかけ続ける。親子とは何なのか。血の繋がりとは何なのか。それがなければ、親子は互いの存在を尊重し合えないのか。

原作とは違うクライマックス、互いにバトンを渡し合っている作品

瀬尾まいこ原作同名小説「そして、バトンは渡された」とは違うクライマックスが用意されている本作。原作ありの映画を観に行くときには、原作を読んでから行くべきか、はたまた読まずに行くべきか悩むところ。

今回に限っては、原作が先でも後でも、順序はどちらでも問題ないはずだ。筆者は心の底から原作小説に惚れ込んだ状態で鑑賞したが、自信を持って言える。順序はどちらでも、必ずそこには救いと感動がある。

「感動」なんて安易に使いたくはない言葉だけれど、あえて言いたい。原作と映画で互いにバトンを渡し合っているこの作品、ふたつにひとつで感動をくれる繋がりが生まれている、と。

次ページより、cinemas PLUSで開催した『そして、バトンは渡された』試写会の模様をレポートしたい。作品そのものへの言及よりは、一足先にご覧になった皆さまの様子をレポートするものになる。よりこの作品を堪能したい方は、ぜひご一読いただけると幸いだ。

–{cinemas PLUS主催!映画『そして、バトンは渡された』試写会レポート}–

cinemas PLUS主催!映画『そして、バトンは渡された』試写会レポート

cinemas PLUS主催・映画『そして、バトンは渡された』の試写会が2021年10月19日(火)夜に開催された。

700名近くの応募者の中から、30組60名様をご招待した本試写会。通常、試写会に訪れるのは女性の方が多い傾向にある。しかし、今回は男女の比率は綺麗に半々ほど。年齢層も、下は10代の学生の方から上は60代ほどのご夫婦まで、実に幅広い世代がみられた。

ここまで広い世代がこの映画に興味を抱いている理由としては、原作小説が本屋大賞を受賞しており認知の幅が広いこと、出演するキャストも永野芽郁・田中圭・石原さとみと有名役者が揃っていること、どんな世代の方でも見やすいジャンルであることなど(ホラーやサスペンスよりは人を選ばない)、複合的な要因が絡んでいると想像できる。

この映画公開を心待ちにしてきた方も多いのだろう。受付に並ぶ皆さまの表情は総じて笑顔で、穏やかな表情だった。試写会当日は奇しくも雨が降っており、決して良好な天気とは言えなかったのだが、試写会場の空気感は暖かいものだった。

本作は、血の繋がりはないけれど、親子として生きてきた家族の”愛”を鮮烈に描き出す物語。試写後の感想としては「家族愛に感動した、涙が止まらなかった」「改めて、家族に支えられながら生きていることを実感した」「愛のあふれる暖かい作品」といった声が聞かれた。筆者と同じく、公開後も何度かにわたって観に行くつもりの方も多いだろう。

幅広い世代に受け入れられるだろう本作、ぜひ、よりたくさんの人に観ていただきたい。

(文:北村有)

–{『そして、バトンは渡された』作品情報}–

『そして、バトンは渡された』作品情報

【あらすじ】
森宮優子(永野芽郁)は血の繋がらない親の間をリレーされ、4回も苗字が変わった。今はわけあって料理上手な義理の父・森宮さん(田中圭)と二人で暮らしている。卒業式で弾く『旅立ちの日に』を猛特訓する優子。将来のことも、恋のことも、友達のことも、うまくいかないことばかりだった……。一方、梨花(石原さとみ)は夫を何度も変えて自由奔放に生きている。泣き虫な娘・みぃたんに愛情を注ぎ暮らしていたが、ある日、娘を残して突然姿を消す……。 

【予告編】

【公式サイト】
https://wwws.warnerbros.co.jp/soshitebaton-movie/

【出演】
永野芽郁 / 田中圭 / 石原さとみ
岡田健史 / 大森南朋 / 市村正親