“このミステリーがすごい” “週刊文春ミステリーベスト” “本格ミステリーベスト10” “本格ミステリー大賞”の4冠を征した今村昌弘の同題デビュー小説を映画化した『屍人荘の殺人』(19)。
ドラマ「金田一少年の事件簿N」「99.9-刑事専門弁護士-」、映画『劇場版ATARU THE FIRST LOVE&THE LAST KILL』、『仮面病棟』を監督し、『99.9-刑事専門弁護士-THE MOVIE』の公開も控える木村☻ひさし監督がメガホンを取りました。
脚本は「金田一少年の事件簿」、「トリック」「99.9-刑事専門弁護士-」などのエンターテイメントサスペンスを提供し続ける蒔田光治が担当しています。
主演はW主演として神木隆之介、浜辺美波。共演に中村倫也、葉山奨之、矢本悠馬、山田杏奈、佐久間由衣、福本莉子、古川雄輝、柄本時生など豪華な面々が揃いました。
原作が高い評価を受けたベストセラーミステリーで、旬の豪華キャストを揃え、ヒットメイカーがメガホンをとった映画『屍人荘の殺人』は、しかし、興行収入10.9億円というまずまずの数字を上げながら、そこまで話題にならないという結果になりました。
隠された最大要素を解禁!!
これは、ひとえに“ある映画(原作通り)の要素”を丸々隠した宣伝が行われたことにあるといえます。本来であれば、この要素をもっと推しても良かったのかもしれませんが、観客に対して“映画を見る前に何か余計な予備知識を与えていけない”という判断が下されたのか、この要素は丸々隠されたままでした。
映画の公開から1年半以上が経ち、ソフト化もされ、Amazonプラムでの配信も始まり、原作も文庫化されてベストセラーに拍車がかかった現状を鑑みて、ここでその隠し通されてきた“ある要素”についてこれからがっつりと触れて語ります。
もう一度、言いますがこれより先にネタバレがあります。それは困る!? という方は残念ですが、ここまでして、cinemas PLUSには別のライターの素晴らしい記事の数々がありますので、そちらへお進みください。
<では、“ネタバレ全開”で(と言っても犯人は言いませんが)いってみましょう>
–{古典的ミステリーの舞台設定をアップデート}–
古典的ミステリーの舞台設定をアップデート
原作(映画も)の『屍人荘の殺人』はそのクラシカルなタイトルの響きから分かる通り、実は意外なほどのベーシックというか基本的な構造のミステリー作品と言えます。
クラシカルなミステリーの舞台設定の定番として“クローズドサークル”というものがあります。“閉ざされた一区画”というもので、“絶海の孤島”とか、“猛吹雪の真冬の山荘”とか、そういう類のものです。
この“クローズドサークル”では外部への脱出方法はなく、連絡手段も途絶えているときもあります。必然的に犯人は限られた中の人間と言うことになり、事件に巻き込まれた人々は“誰が犯人か?”と疑心暗鬼になりそこに濃厚な人間ドラマが生まれます。
「オリエント急行殺人事件」の時代から脈々と続くミステリーの王道パターンの一つで「金田一少年の事件簿」や「名探偵コナン」などにもたびたび登場しています。
『屍人荘の殺人』はこの最新アップデート版と言うことになります。
<この後から、本当に大きなネタバレを含みます>
–{ 閉ざすモノ……それは!?}–
閉ざすモノ……それは!?
『屍人荘の殺人』において、舞台となるペンションを“クローズドサークル”にするモノは、ズバリ! “ゾンビ”です!!
“屍人”という言葉は嘘でも何でもなく、そのものずばりを指していたのです。
ペンションのすぐ近くの湖の湖畔で開かれていたロックフェス会場で、過激な思想を持つ一派が特殊なウィルスを散布。
ウイルスに感染してしまった者たちはまさに“ゾンビ”と化して、人を襲い、喰らう。
そして人間を求めてゾンビたちはペンションに迫り、やがて取り囲み、期せずしてペンションは大きな密室となってしまいます。
ペンションに集まるいわくありげな面々。夏合宿をしていた学生たちは1年前に起きたことを心の奥底に隠しています。そこにロックフェス会場から逃げ込んできた人々が加わり、総勢14名の男女がペンションの中で籠城することになります。
ゾンビの大量発生で大パニックに陥り、ペンションで籠城を続ける中で、なんとペンションの中で連続殺人事件が発生。
ペンションの外にはゾンビがいっぱい、ペンションの中では殺人犯が跳梁跋扈する。
ゾンビいつバリケードを破ってペンションになだれ込んでくるのか?
殺人犯は誰なのか?凶行はいつまで続くのか?
後ろめたいモノがないという人たちですら疑心暗鬼になり、不安に押しつぶされそうになります。
この前代未聞の“クローズドサークル”型殺人事件に挑むのは二人のホームズと一人のワトソンです。
–{ワンシーンの挿入で光る、二人のホームズと一人のワトソン}–
ワンシーンの挿入で光る、二人のホームズと一人のワトソン
『屍人荘の殺人』には探偵役が二人とその助手役が一人、登場します。
なんともアンバランスですが、この二人のホームズの名(迷)推理とそれに右往左往する助手のワトソンが事件に挑みます。
二人のホームズの一人は自らホームズを自称する年齢不詳の大学生の明智恭介。名前からすでに名探偵の臭いがプンプンします。映画では中村倫也が彼独特の掴みどころのなさを存分に活かして事件の起こりそうなところに顔を突っ込んで回ります。
もう一人のホームズは映画では浜辺美波が演じている剣崎比留子。明智恭介とは違って事件には積極的にかかわろうとするタイプではありませんが、なぜか事件の渦中に身を置くことが多く実際に警察関係者にも知られている存在です。
そして、この二人の間を行ったり来たりするワトソンが神木隆之介演じる葉村譲。
ミステリー愛好家でありながら、ここまで一回も犯人を当てたことがないという推理ベタです。
突如起こったゾンビの襲来と、ペンションで起きる謎の連続殺人事件。
原作でも映画でも実は、片方のホームズは意外と早く、一旦退場してしまいます。そして残されたもう一人のホームズとワトソンこと葉村が事件の真相に迫っていく形です。
原作小説での片方のホームズは、早々の退場に加え、その前からも決して有能な感じは見せず、どちらかという好奇心旺盛なだけの人というイメージで、コメディリリーフとまでは言いませんがシリアスなミステリーの探偵役のイメージからは、少しずれてしまっています。もう一人のホームズがキレモノ過ぎることもあるので、対照的に映ってしまいます。
私は原作を読んだうえで映画『屍人荘の殺人』を見たのですが「映画もそのままなのかな?」と少し心配になっていたのですが、映画においては監督木村☻ひさしと脚本の蒔田光治は原作にはなかったワンシーンを挿入することで、片方のホームズもちゃんとものすごいキレモノで明晰な頭脳と見事な推理力の持ち主であることをさらりと描写して見せました。
映画の流れで言うとゾンビパニックの冒頭のシーンとだけ言っておきますが、ここで片方のホームズは「事件が起きる前に何かが起きること&犯人を言い当てる」というとんでもない離れ業を披露します。この映画オリジナルのシーンには心底、唸りました。
このワンシーンが入ったことで「二人のホームズと一人のワトソン」という図式がより明確になり、物語に厚みを与えています。
小説では続編の「魔眼の匣の殺人」「兇人邸の殺人」とシリーズが続いていて、小説のあらすじを見てしまえば、どちらのホームズが誰かと言うことはあっさりと分かります。
原作を読まずに映画『屍人荘の殺人』を単独で見れば、事件の真相と共に「どちらのホームズ(=名探偵)が真のホームズか?」についても興味をひかれ続けるでしょう(これはキャスティングの良さもあります)。
原作は前代未聞の設定を、ミステリーの古典的な舞台装置として驚かしてきた一作であり、映画は原作の旨味を見事に抽出したものに仕上がっています。
“クローズドサークル”の原因こそ荒唐無稽ですが、そこで起きる事件は、とてもフェアで筋の通ったものになっています。
ゾンビの登場に驚くと同時に、そこで起きる難事件に知恵を絞りながら観るのがこの映画への正しい姿勢と言えるでしょう。
(文:村松健太郎)
–{『屍人荘の殺人』作品情報}–
『屍人荘の殺人』作品情報
ストーリー
神紅大学のミステリー愛好会に所属する葉村譲(神木隆之介)は、ミステリー小説オタクなのに全く推理が当たらず、学内で事件の匂いを嗅ぎつけては首を突っ込む会長・明智恭介(中村倫也)に振り回されていた。ある日、自称ホームズとワトソンの明智と葉村の前に謎の美人女子大生探偵・剣崎比留子(浜辺美波)が現れ、ロックフェス研究会の合宿への参加を持ちかける。部員宛てに謎の脅迫状が届き、去年参加した女子部員が行方不明になっていた。そして3人は山奥に佇むペンション紫湛荘へ。曲者だらけの宿泊者が集まる中、思いもよらぬ異常事態に巻き込まれ、立て篭りを余儀なくされてしまう。一夜明けると、ひとりの惨殺死体が見つかった。こうして、前代未聞の連続殺人の幕が切って落とされる。
ストーリー
基本情報
出演:神木隆之介/浜辺美波/中村倫也/葉山奨之/矢本悠馬/佐久間由衣/山田杏奈/大関れいか/福本莉子/塚地武雅/ふせえり/池田鉄洋/古川雄輝/柄本時生 ほか
監督:木村ひさし
公開日:2019年12月13日(金)
製作国:日本