「妖怪特撮映画祭」開催! 妖怪に怪談、大魔神、ガメラもパイラ星人もお釈迦様も!

ニューシネマ・アナリティクス

(C)2021「妖怪大戦争」ガーディアンズ

■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

2021年7月16日から角川シネマ有楽町を皮切りに《妖怪特撮映画祭》が全国で順次開催されます。

これは『妖怪大戦争 ガーディアンズ』の2021年8月13日の公開を記念して、昭和から平成にかけての日本映画界で異彩を放ち続けた大映映画の膨大なライブラリーの中から妖怪映画や怪談映画、そして特撮映画をピックアップして一挙上映しようというもの。

昭和世代には懐かしく、平成令和世代には新鮮な真夏の清涼剤、その魅力の一端を紐解いて見ましょう!

おなじみ日本妖怪たちが悪を懲らしめる妖怪三部作

まず大映映画について簡単に説明しておきますと、1942年に戦時統制の一環として新興キネマ、大都映画、日活の三社を整理統合して設立された映画会社で、当初は「大日本映画株式会社」と呼称されていました。

戦後は「大映」と社名を改め、永田雅一社長の指揮の下、京都と東京の撮影所を基軸に作品を量産し、勝新太郎や市川雷蔵、京マチ子、若尾文子などのスターを続々と輩出していきますが、やがてTVの台頭や直営興行館の少なさ、永田社長のワンマン経営などが禍いして1971年に一度倒産(ここまでの時期を「永田大映」と呼ぶ向きもあります)。

その後、1974年に徳間書店の子会社として再建され、『敦煌』『Shall we ダンス?』などの名作を世に放ちましたが、徳間康快社長が亡くなった後の2001年に角川書店(現KADOKAWA)に売却されました(ここまでを「徳間大映」と呼ぶ向きもあります)。

《妖怪特撮映画祭》は、大映や角川映画の豊富なライブラリーを次世代に継承すべく立ち上げた「角川シネマコレクション」の活動の一環であり、今回は主に永田大映時代の昭和作品群がラインナップされています。

永田大映時代、京都撮影所では時代劇を量産していたこともあってか、怪談映画も得意としていました。

その流れで1960年代の日本映画&TV特撮ブームの中、特撮を用いた安田公義監督『妖怪百物語』(68)、黒田義之監督『妖怪大戦争』(68)、安田公義監督『東海道お化け道中』(69)といった妖怪三部作を世に放っています。

この三部作、いわゆる水木しげるの世界に登場する妖怪らが実写の形で多数登場するのがお楽しみで、実際、TV実写ドラマ版「悪魔くん」(66~67)や「河童の三平 妖怪大作戦」(68~69)、そして最初のTVアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」(68~69)といった当時の妖怪ブームに呼応しながら企画されたものでもありました。

(ちなみに、水木しげるが妖怪大翁の役で出演した2005年の三池崇史監督『妖怪大戦争』も今回上映されます)

この妖怪三部作、大映京都撮影所で制作された時代劇で、いわゆるファミリー向けのプログラムピクチュアではあれ、熟練のスタッフワークによって見事な映像美が構築されています。

今回はその映像美を堪能していただくために、3作品の4K修復を施しての上映。

私はユーモラスな日本妖怪たちと西洋妖怪ダイモンの戦いを描いた『妖怪大戦争』4K版を先に見せていただきましたが、まるで今の大作映画を凌駕する美と風格に圧倒されるとともに、改めて撮影所時代のスタッフの職人技に見とれてしまいました。

『妖怪百物語』『東海道お化け道中』は妖怪たちが悪い人間をこらしめるお話で、こちらも妖怪たちの造型や光と影の映像美など十分に堪能すること間違いなしでしょう。

またこうした妖怪映画の制作には、その前段階としての怪談映画の量産も功を奏していたものと思われます。

怪談映画といえば真夏の風物詩として戦後昭和の映画館にとって必須のジャンルでもありましたが、中でも大映の怪談映画はやはり優れたスタッフワークに裏打ちされたものばかり。

今回は安田公義監督『怪談累が淵』(60)森一生監督『怪談蚊喰鳥』(61)といった日本映画黄金時代の面影を残すおなじみの作品もさながら、藤村志保が雪女を幽玄に演じる名匠・田中徳三監督の『怪談雪女郎』(68)、社会派名匠の山本薩夫監督が体制批判をベースに純愛悲恋を描き得た『牡丹灯籠』(68)、そして幽霊よりも人間のほうが怖いことを訴える森一生監督『四谷怪談 お岩の亡霊』(69)を強く推しておきたいと思います。

総じて大映の怪談映画は、恐怖の中から人間の業を醸し出す秀逸なものが多いのです。

–{『大魔神』三部作を筆頭とする大映京都の特撮時代劇}–

『大魔神』三部作を筆頭とする大映京都の特撮時代劇

大映が世界に誇る特撮時代劇『大魔神』三部作も、今回4K修復版でお目見えします。

西洋の巨人ゴーレムの伝承イメージを日本の時代劇に変換させた安田公義監督『大魔神』(66)、続く三隅研次監督『大魔神怒る』(66)は日本の風土の中に西洋宗教的情緒を巧みに盛り込み、森一生監督『大魔神逆襲』(66)はあたかも時代劇版『スタンド・バイ・ミー』とでもいった子どもたちの冒険映画として屹立させています。

またこれら3作品はそれぞれ「土」「水」「雪」のモチーフで世界観が構築されており、それぞれの魅力を満喫できる仕掛けにもなっています。

ちなみに大魔神の大きさはおよそ4.5メートルということもあって、いわゆる怪獣映画の特撮よりもミニチュアなどが精巧に作りやすく、実写班でまかなえる撮影も多かったこと、さらには本編と特撮双方の映像に同等のリアリティを醸し出すべく、森田富士郎撮影監督は本編&特撮ともに撮影を担当していますが、その心労が重なり、第3作『大魔神逆襲』は今井ひろしと共同となりました。

そう、驚くべきはこのシリーズ、1966年に3本が公開されている事実で、1年に特撮映画を3本作るだけの技量が当時の撮影所に備わっていたことの証左でもありでしょう(3作品とも特撮監督は黒田義之)。

3作品ともストーリー自体は実にシンプルで、人間の悪しき振る舞いに怒り心頭となった大魔神が成敗しまくるというもので、TVで見ると「大魔神が登場するまでが長い」といった声も最近よく聞こえてくるのですが、いざ映画館の暗闇で銀幕に対峙しながら見ていくと、魔神が覚醒するまで(あの可愛いハニワ顔が鬼オコとなる瞬間、たまりませんね! 大魔神を演じる橋本力の目力も素晴らしいものがあります)、実に細かい時間配分など演出の計算が成されている事に改めて驚かされることでしょう。

この時期の映画は、当然ながら映画館で見ることを前提に作られているのです。

(それこそ寝転がってのTVや小さなPCモニター鑑賞、ましてや悪しきファスト映画などに慣らされた人たちは、こういう映画を映画館でじっくりご覧になることをお勧めしておきます)

大映京都は『大魔神』三部作以外にも特撮時代劇を多く作っていますが、中でも特筆すべきは日本初の70ミリ映画『釈迦』(61)でしょう。

当時のTVに対抗すべく、ハリウッドが70ミリ・フィルムを用いたスペクタクル超大作としての大型映画を連打していた時期、日本では大映が名乗りを上げて、仏教の始祖でもあるお釈迦様=ブッダの生涯をさまざまな伝承を織り交ぜながらスペクタクル史劇として映画化。

私は釈迦を演じた本郷功次郎さんに取材したことがありましたが、本郷さんは10キロ減量して役に臨んだとのことで、また三隅研次監督をはじめとするスタッフ陣も不慣れな大型撮影機材の扱いなどに腐心しつつ「ハリウッドに負けるな」の意欲で京都撮影所全体の盛り上がりも半端ではなかったとのこと。

三隅監督といえば妖艶なる光と影の美学でさまざまな名作を世に放った名匠で、現在の彼のファンからすると『釈迦』は大味すぎるといった批判もチラホラ聞いたりしますが、これもまたモニターでしか『釈迦』を見たことのない世代の意見であり、私自身今回初めて「釈迦』をデジタル上映ながらも銀幕の大画面試写で鑑賞させていただいたとき、一体自分は今まで『釈迦』の何を理解していたのか?とでもいった痛恨の想いにまで捉われてしまいました。

結論から先に申し上げると、『釈迦』は紛れもなく三隅研次監督ならではの傑作です。

銀幕で接することによって三隅映画独自の妖艶な画作り、それに伴うさまざまなエロティシズムがさりげなく発露されており、ひいては宗教とエロスの相互関係まで彷彿させる仕組みになり得ているのです。

伊福部昭の荘厳な音楽も画期的で(ちなみに『大魔神』三部作や『鯨神』『怪談雪女郎』の音楽も彼が担当)、彼はこの後1989年に『交響頌偈(じゅげ)釈迦』を発表していますが、その中には本作の劇中曲の調べも大いに含まれています。

実は今年2021年は『釈迦』が作られてからちょうど60周年、即ち日本初の70ミリ映画が製作されて60周年という記念の年でもあるのです。

このところ『デルス・ウザーラ』『2001年宇宙の旅』といった往年の70ミリ映画が日本でも特別上映されるなど、70ミリをはじめとする大型映画に世界中の映画ファンの注目が集まる昨今、今回はデジタル上映ですが、何とか本当の70ミリフィルムで『釈迦』を拝ませていただきたいものです。

なお今回の映画祭では、他にも渡辺邦男監督『日蓮と蒙古大襲来』(58)、田中徳三監督『大江山酒呑童子』(60)といった特撮時代劇を銀幕で見られる貴重なチャンスともなっております。

–{「子どもたちの味方」ガメラを誕生させた大映東京撮影所}– 

「子どもたちの味方」ガメラを誕生させた大映東京撮影所

さて、大映特撮映画といえば、やはり大怪獣ガメラ!

このシリーズも昭和と平成に大きく二分されますが、今回は先ごろ4K上映されて好評を博している金子修介監督の平成ガメラ三部作ではなく、大映東京撮影所(現・角川大映スタジオ)で製作された昭和ガメラ8作品(および2006年の『小さな勇者たち~ガメラ』)でラインナップが組まれています。

そもそも永田雅一社長が飛行機の窓から亀の形をした雲を目撃したことから、「亀の怪獣を飛ばす映画を作れ!」の一言で企画が始まったという(マコトかウソか?)逸話で知られるガメラ。

かくして1960年代特撮怪獣映画ブームの中、東宝のゴジラに対抗すべく、大映東京撮影所が総力を結集して湯浅憲明監督(&築地米三郎特撮監督)の第1作『大怪獣ガメラ』(65)が作られました。

このとき人類の脅威であるはずのガメラが子どもを助けるシーンが評判になったことから、続く田中重雄監督による第2作『大怪獣決闘ガメラ対バルゴン』(66/こちらはシリーズ中異色の大人向け作品)を除き、第3作の湯浅憲明監督『大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス』(67)以降、ガメラは子どもの味方として明確に位置づけされていきます。
(ちなみに湯浅監督はこの後の昭和シリーズ全てを演出。第2作でも特撮監督を担っています)

第4作『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』(68)から永田大映最終作『ガメラ対深海怪獣ジグラ』(71)までは、日本人と西洋人の少年もしくは少女コンビが主人公になるパターンを踏襲(これに日米どちらかの妹ちゃんも加わるケースも時たまあり)。

これは当時の大映がアメリカのTV局と提携し、ガメラ・シリーズをTV放送することを前提に製作されるようになったから。
(今回の映画祭では『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』アメリカ・バージョンを見ることができます)

第1作からしてプログラムピクチュアの予算で作られ(そのために第1作のみモノクロ映画)、さらに大映の経営悪化に伴い、どんどん予算は削られ、とても特撮映画が作れる次元の現場ではなくなっていたものの、それでもスタッフは四苦八苦しながら奇跡的にシリーズ継続を可能としていきました。

そこには「子どもの味方」という基本設定や、巨大亀の怪獣というユニークな設定、当時の子どもたちなら誰でも口ずさむことが出来たテーマソング〈ガメラ マーチ〉もさながら、シリーズ中盤からの特撮予算節約の苦肉の策も兼ねて最初は敵怪獣にやられ、傷を癒してクライマックスで再挑戦という構成を採ったことが、子どもたちに何度負けてもあきらめずに立ち上がる勇気を知らず知らずのうちに与えてくれていたという、意外な結果をもたらしたことも大きいでしょう。

さらには手足を引っ込めてそこから吹き出す火炎ジェットでクルクル回りながら回転飛行する、そのかっこよさたるや!

(平成ガメラ・シリーズでも回転飛行は踏襲され、昭和世代を大いに歓喜させてくれました)

こうしたガメラ・シリーズ以外にも、大映東京撮影所で製作された島耕二監督『宇宙人東京に現わる』(56/岡本太郎デザインのヒトデ型パイラ星人!)、村山三男監督『透明人間と蠅男』(57)、田中徳三監督『鯨神』(62/特撮は京都で撮影)、田中重雄監督『風速七十五米』(63)、湯浅憲明監督『蛇娘と白髪魔』(68)といった特撮映画が今回上映されます。

時代劇の京都、現代劇の東京、特撮を通しての双方の個性の違いを見比べてみるのも一興でしょう。

そしてこれら昭和の作品群は、今のCGを中心とするVFXでは醸し出せない手作りの温もりが満ち溢れています。

また当時は東宝、東映、大映、新東宝(1961年に倒産)と、特撮映画を定期的に作り続けていた各社とも、それぞれ大いに異なる独自の雰囲気を醸し出していました。

いわゆる職人芸の良さみたいなものと、どこかしら光と影の陰影の濃い大映独自の「大いなる映画」としての個性を今回の貴重な機会に是非体験していただけたら幸いです。

(『大魔神』なんて特に今のご時世の中で銀幕の大画面で接すると、本当にカタルシス満ち溢れていてストレス発散できますよ。そう、私腹を肥やして国民をないがしろにする悪い大人たちを、魔神様に懲らしめていただきたい!)

(文:増當竜也)