『明日の食卓』『女たち』『茜色に焼かれて』etc……今、日本映画の女優たちがすごいことになっている!

ニューシネマ・アナリティクス

■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

過酷な状況が続いて久しい日本の映画業界ではありますが、作品そのものをきちんと注視していくと、着実に傑作秀作快作が続々と生まれていることに気づかされます。

その中でふと気づかされるのが、女優陣の頑張りによって支えられている作品が多いこと。

5月28日に公開されたばかりの『明日の食卓』と6月1日公開予定の『女たち』も、そうした状況を大いに象徴し得ている作品です。

今回はこの2本を中心に、最近の日本映画界の女優たちの奮闘を見ていくことにしましょう。

『明日の食卓』が示唆する「子は天使ではなく母は女神ではない」こと

息子を殺したのは私ですか――?

こんなショッキングながらもどこか意味不明で謎めいたキャッチコピーがつけられた映画『明日の食卓』は、椰月美智子の同名小説を原作に、昨年『糸』を大ヒットさせた瀬々敬久監督のメガホンで映画化したものです。

ここには3人の母親が登場します。

神奈川在住で10歳の息子・悠宇と次男を持つ石橋留美子(菅野美穂)は、結婚前のフリーライターの仕事を復活させたばかり。

大阪在住で10歳の息子・勇を持つ石橋加奈(高畑充希)は、シングルマザーとしてアルバイトを掛け持ちして生計を立てています。

静岡在住で10歳の息子・優を持つ専業主婦の石橋あすみ(尾野真千子)は隣に住む姑に気を使いつつも恵まれた環境にはあります。

この3人の女性たち、たまたま“イシバシ・ユウ”という名前の10歳の男の子の母親ということで共通していますが、他に何か接点があるわけではありません。
(ただし加奈とあすみは、留美子のママさんブログのフォロワーではあります)

そして、それぞれがそれなりに幸せな家庭を築いているように思えていたものが、母の想いと子の想いが微妙にすれ違っていくことから徐々に歯車が狂い始め、やがては……!?

一見穏やかに進んでいたかのようなホームドラマ感が、気づくと壮絶なまでにリアルで過酷な状況へと追いやられていくのには仰天するほどではありますが、そこで冒頭に記したキャッチコピーの意図に気づかされていく作品であり、ネタバレ厳禁の極上ミステリであり、そして子どもは決して天使ではなく、母親は決して女神ではないことをとことん思い知らされる重厚な人間ドラマでもあります。
(見終わって救いがあるのか否かは、どうぞご自身の目でお確かめください!)

何よりも、ここで母親を演じる3人の女優たちそれぞれの見事な演技と存在感!

映画は少しご無沙汰だった菅野美穂ですが、今回は見ているこちらが戦慄するほどに、子育てに伴う喜怒哀楽の感情を身体全体で体現してくれています。

世代的には他のふたりより少し下となる高畑充希は新境地ともいえる役柄で、複雑な家庭環境にあらがいつつ、ふと明るさの奥に潜む孤独と不安をよぎらせる瞬間もお見事。

そして尾野真千子ですが、どこか自分に自信が持てないのを隠すかのように我が子を盲愛していく母の行く末をスリリングなまでに演じきっています。

特に彼女の場合、現在公開中の石井裕也監督の傑作『茜色に焼かれる』(21)では肝の座ったシングルマザーを好演しているだけに、それとは真逆の姿に驚かされることでしょう。

社会的題材に重厚な人間ドラマを組み込むことに長けている鬼才・瀬々敬久監督の作品は、時折その才気が走りすぎてしまうきらいもありますが、今回は家族というモチーフゆえか、誰も戦慄しつつ納得し共感もできる逸品に仕上がっているように思えます。

特に今、子育て真っ最中の母親の方々ならば、劇中の3人それぞれの喜びも悲しみも分かち合えるのではないでしょうか。

–{『女たち』が描く、文字通り激しい愛憎がもたらす生きざま}–

『女たち』が描く、文字通り激しい愛憎がもたらす生きざま

内田伸輝監督作品『女たち』は、そのものずばり“女たち”の生きざまを激しい愛憎のぶつかり合いをもって描いた秀作です。

舞台は山あいの静かな田舎ながらも、コロナ禍に見舞われてどこか息苦しい町の中、主に3人の女性が登場します。

地域の学童保育所で働く独身の美咲(篠原ゆき子)は、母(高畑淳子)の介護に大きなストレスを感じています。

母も身体が思うように動かせない苛立ちと苦しみを娘にぶつけまくっていて、さらには新しいヘルパーのマリアム(サヘル・ローズ/彼女も4人目の「女」としてなかなかの存在感)をひいきする分、あてつけるように我が娘をののしる始末。

そんな忸怩たる日々を過ごしている美咲が唯一心を開いている親友が香織(倉科カナ)です。

養蜂家でマイペースに自由な日々を過ごしているかのような香織は、美咲にとってどこか憧れるところもあるようです。

しかし、そんな香織にも心の闇はありました。

そして、やがて香織の起こした行動は、美咲と周囲の人々にも大きな影響を与えていくのです……!

昨年は「相棒season19」が話題になるとともに主婦同士の対立を描いた映画『ミセス・ノイズィ』(20)がクリーンヒットとなった篠原ゆき子ですが、ここでは学業も恋愛も上手くいかないまま家庭の事情に振り回されて歳だけ重ねていった女性の複雑な心理を見事に体現してくれています。

一方で、いわゆる毒母を演じるベテラン高畑淳子の上手さは定評あるところではあれ、今回はさらにこちらの予想の上をいくすさまじさで、まただからこそ後半は大いに場をさらうほどのオーラを発散させまくっています。

そして今回特筆すべきは倉科カナで、もっとも優雅な佇まいを示しながら、実は……という一歩間違えると取りとめのなくなってしまう難しい役柄を、自身の感性を信じて演じ切ったようなカタルシスが満ちあふれているのでした。

内田伸輝監督はそんな“女たち”と絶妙な距離を保ちながら、彼女たちの感情のぶつかり合いをクールな長回し撮影で捉え続けていきます。

特に昨今の説明台詞まみれの日本映画の中、本作は極力説明を排した画の力で、もはや説明不要なまでに説得力のある女たちの生きざまを描出してくれています。

かつては『ハチ公物語』(87)『226』(89)などで“日本映画界の風雲児”とも謳われた製作の奥山和由にとって本作はかなりの低予算作品で、それは現在の日本映画界の苦境を奇しくも反映しているようにも思えてなりません。
(コロナの時代であることをあえて劇中に入れ込んでいるのも、そういったさまざまなリアルを意欲的に伝えたかったからでしょう)

しかし、今回はだからこそのカツドウヤ魂とでもいった執念がスタッフ&キャストにまで飛び火して、幾多のメジャーを駆逐するに足る快作をものにすることが出来たに相違ないのでした。

–{これからも全ての俳優たちが輝く作品を見ていきたい!}–

これからも全ての俳優たちが輝く作品を見ていきたい!

このように、上述の2作品で掲げた女優たちだけでも今年の映画賞レースは大変な接戦になるだろうと予想されますが、実際はそれ以上にすさまじいことになりそうです。

(C)山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

たとえば、今や世界的に台頭し始めた女性たちの自立を等身大のものとして訴え得た『あのこは貴族』(21)の門脇麦と水原希子。
(これには篠原ゆき子もちょっとだけ出てましたね。また水原希子はネットフリックス作品『彼女』でも素晴らしい存在感を示していました)

我が家を護るという祖母の誇らしき孤高の貫禄を示した富司純子主演の『椿の庭』(21)は、鈴木京香とシム・ウンギョンという国の別をも超越した三世代の女性たちの姿が描かれていました。

今から102年前の体制への反逆“米騒動”を起こしたのは女性たちだった事実を描いた『大コメ騒動』(21)では主演の井上真央が周囲の室井滋や夏木マリなど超個性派女優たちに揉まれながら次第に自身も強くなっていくような風情が好もしく感じられたものです。

(C)和月伸宏/集英社 (C)2020映画「るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning」製作委員会

今年上半期のヒット作『花束みたいな恋をした』(21)でその言動に賛否湧いた(つまりはそれだけ注目された)ヒロインを演じた有村架純は、多くのファンが公開を今か今かと待ち望む『るろうに剣心 最終章 The Beginning』で、原作からそのまま出てきたかのように麗しき雪代巴を演じてくれています。

(C)2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ

そして『明日の食卓』の尾野真千子は、先にも述べた通り『茜色に焼かれる』(21)の名演が今や映画ファンの間で急速に浸透しているところではありますが、高畑充希も『キャラクター』がまもなく公開予定です。

上半期だけでもこれだけあると、まだ見ぬ下半期も加えていくと年末の章レースはどのようなことになるのか?

いやいや、別に映画賞が偉いわけではありません。

それよりも何よりも、多くの作品で俳優たちが輝ける作品が増えていくこと自体が、映画ファンはもとより映画そのものにとっての多大な喜びでもあるでしょう。

これからも今回ここに記した女優陣のみならず、すべての俳優たちが輝く作品を見続けていきたいものです。

(文:増當竜也)

–{『明日の食卓』『女たち』作品情報}–

『明日の食卓』作品情報

ストーリー
神奈川に住む43歳のフリーライター、石橋留美子(菅野美穂)は、フリーカメラマンの夫・豊や10歳の息子・悠宇と暮らす。大阪に住む30歳の石橋加奈(高畑充希)は、離婚してアルバイトを掛け持ちしながら10歳の息子・勇を育てる。36歳の専業主婦・石橋あすみ(尾野真千子)は10歳の息子・優を持ち、サラリーマンである夫・太一は静岡の家から東京に通勤している。それぞれ忙しく幸せな日々を送っていたが、ある些細なきっかけで次第にその生活が崩れていく。同じ“石橋ユウ”という名前の小学3年生の息子を育てる、住む場所も家庭環境も異なる3つの石橋家が辿る道とは……。

予告編

基本情報
出演:菅野美穂/高畑充希/尾野真千子/外川燎/柴崎楓雅/阿久津慶人/和田聰宏/大東駿介 ほか

監督:瀬々敬久

公開日:2021年5月28日(金)

製作国:日本

『女たち』作品情報

ストーリー
自然豊かな山あいの田舎町。40歳を目前にした美咲(篠原ゆき子)は、母の介護をしながら、地域の学童保育所で働いている。東京の大学を卒業したものの就職氷河期世代で希望する仕事に就くことができず、恋愛も結婚もなにもかもがうまくいかず、いまだ独身だ。母・美津子(高畑淳子)は美咲を否定し続け、そんな母に反発しながらも自分を認めてもらいたいと心の奥底で願う美咲だったが、そこに介護という現実がのしかかってくる。お互いに逃げ出したくても逃げ出せない状況で、美咲が唯一心のよりどころにしていた親友・香織(倉科カナ)が突然命を絶つ。養蜂家として自立する香織は、美咲の憧れだった。そんな香織を失い、美咲の心もポキリと折れ、崩壊へと向かっていく……。

予告編

基本情報
出演:篠原ゆき子/倉科カナ/高畑淳子/サヘル・ローズ/筒井茄奈子/窪塚俊介

監督:内田伸輝

公開日:2021年6月1日(火)

製作国:日本