映画ファンというものを長くやっていますと、時々感無量の事態に直面することがしばしあります。
5月14日より公開となったロシアのアニメーション映画『クー!キン・ザ・ザ』(13)もその一環で、何が感無量かといいますと、これは1986年のソ連時代に作られたSF映画『不思議惑星キン・ザ・ザ』(こちらも同日よりリバイバル公開!)を、その監督であるゲオルギー・ダネリヤが自らアニメ化したものなのです。
そもそもこの『不思議惑星キン・ザ・ザ』、ロシア本国は元より世界中にファンの多い作品で、日本でもカルト化されて久しいものがありますが、何がそんなに人気かといいますと、これがもうそれまでに見たことがないようなほのぼの&のんびりの脱力SFなのでした!
今回は双方を比較しながらご紹介していきましょう。
実はSF&ファンタジーの宝庫だったソ連映画
今でこそハリウッド顔負けの多彩なジャンルの作品が量産されていることが知られているロシア映画ですが、それ以前のソ連時代はトルストイなどロシア文豪の小説を原作とする文芸映画や、プロパガンダを目的とする戦争映画超大作(登場する兵器の大半が本物!)といったお堅い国家主義的イメージが常に付きまとっていました(しかも異様に上映時間が長い!)。
しかし、ソ連こそは隠れたSF&ファンタジー映画の宝庫でもあったのです。
映画史上初の本格SF映画と称される事も多い『アエリータ』(24)をはじめ『宇宙飛行』(36)『石の花』(46)『星々への道』(57)『火を噴く惑星』(62)『両棲人間』(62)『アンドロメダ星雲』(67)『妖婆 死棺の呪い』(67)『惑星ソラリス』(72)『イワン・ヴァシーリエヴィチ、転職する』(73)『宇宙の若者』(74)『ストーカー』(79)『オリオンの輪』(80)などなど……。
これらは社会主義を鼓舞したものから、暗に文明批判的な要素をSFファンタジーというジャンルの中に巧みに盛り込んだものまで、実にさまざまです。
こうした傾向の中で『不思議惑星キン・ザ・ザ』は後者に属した作品でした。
……が、従来のソ連SFどころか他の国でもお目にかかったことのないような魅力に、世界中の映画ファンが驚かされたのでした。
それは何か?
メチャクチャ脱力させられるのです!
–{ヘンテコ脱力カルトSF『不思議惑星キン・ザ・ザ』}–
ヘンテコ脱力カルトSF『不思議惑星キン・ザ・ザ』
ストーリーは、現代(1980年代)のモスクワに住む“おじさん”ことウラジーミル(スタニスラフ・リュブシン)が、異星人を名乗る裸足の男が手に持つ空間移動装置のスイッチをうっかり押してしまったことから、横にいた“バイオリン弾き”ことグルジア人学生ゲデバン(レヴァン・ガブリアゼ)ともども、キンザザ星雲の砂漠の惑星プリュクに飛ばされてしまいます。
この惑星に住む人々は地球人と同じ姿をしているものの(空気もあります)、テレパシーを使うことが出来ることから、通常での話し言葉は「クー」と「キュー」のみ。
見た目は野蛮っぽいのですが、意外に高度なハイテク技術を持ち合わせており、その象徴のひとつとして釣鐘型の飛行船が登場します。
主人公ふたりの会話を聞いているうちにロシア語も難なくしゃべれるようになるという、高度な知能も備えている!
しかもこの星、支配層チャトル人と被支配者層パッツ人に大別される差別社会でもありました。
こういった設定の数々は、当時のソ連体制を巧みに風刺&批判したものではありますが、当時のソ連ではこれらを表立って描くことはできなかったはず。
それなのにどうして国家の検閲を通過することが出来たのか?
それが映画全体に流れる脱力テイストにあるといえるでしょう。
(同時に、資本主義社会を揶揄した姿勢も効力を得られたと想像できます)
とにもかくにも挨拶代わりにポーズをとりながら「クー!」と叫ぶ、現地の人々から漂うヘンテコなユーモアが映画の全てを支配していると言っても過言ではないほどの脱力インパクト!?
またこの星ではなぜかマッチが、あたかもダイヤモンドのごとく価値あるものとして取引されているのです。
かくして「マッチなんて地球に帰れば山ほどあるから」と、何とかふたりは地球への帰還を現地の人々に促していくのですが、これがまあ、会う人会う人「クー!」と唱えないといけないは、身分の上下を示すため鼻に輪っかをつけないといけないは、音楽に関する感性が完全にズレまくってるは……。
そんな緊張感のカケラもない呑気な雰囲気に、見る側もだんだん脳内に「クー!」の響きがこびりついて離れなくなっていき、そのうち思考回路までもマヒしていく!?
(また音楽が、秀逸なまでにオトボケ調なのです)
登場人物もそれぞれ個性的で、またネタバレになるので結末のことなど書くわけにもいきませんが、それでも最後まで見終えると思わず感動してしまうこと必至。
(最近この映画を初めて見て、日本でも数年前に空前の大ヒットを飛ばした前前前世なアニメーション映画を思い出した人も多いとか!?)
–{新解釈で迫るアニメ映画版『クー!キン・ザ・ザ』}–
新解釈で迫るアニメ映画版『クー!キン・ザ・ザ』
『不思議惑星キン・ザ・ザ』は、1980年代後半より特集上映などで日本に紹介されて話題を集め、1991年に正式に劇場公開。
その後、幾度もリバイバルされ、そのつど映画ファンの脳内を「クー!」にしていきました。
そして2013年、ゲオルギー・ダネリヤ監督は何とこれを『クー!キン・ザ・ザ』としてアニメーション映画化!(タチアナ・イリーアと共同監督)
しかし、これは単なるリメイクではなく、かなりの新解釈が施されています。
まずは、主人公ふたりの名前も含めてキャラクター設定が大きく変わっています。
惑星プリュクの人々の造型も異星人っぽい雰囲気が漂い、異世界へ紛れ込んだ感が強まっています。
上映時間も実写版は135分と当時のソ連映画に見合った悠々たる大河のごとき(というか、ひたすらのんびりした)流れだったのが、今回は97分とかなりのアップテンポ。
同じ場面設定でも展開が微妙に異なる箇所も多く、その意味では実写版を見ている人は「ここが違う」「あそこは同じ」みたいな感覚でも楽しめることでしょう。
また当時の実写版では予算的に難しかったのであろう、スペクタクル描写もいくつか散りばめられています。
しかし、あの「クー!」の脳内麻痺感覚は俄然健在!
そして実写版が1980年代の社会風刺が成されていたのに対し、今回は21世紀に入ってのロシアの変革も含めた世界全体の混迷を見据えたかのようなテイストが、さりげなくも確実に貫かれています。
専門用語の多さを配慮して、映画の途中で「用語解説」コーナーが設けられているのも、実写版&アニメ版共通の要素としてニンマリさせられるところでしょう。
実写版を既にご覧になられている方ならば、今更こちらがお勧めしなくても絶対にアニメ版を見たいと思うのは必定。
まだ見たことがないという方は、無理に実写版から先に見なくても、逆にアニメ版を先に見ることで(そして、きっとその後ですぐに実写版も見たくなる!)、現代から見据えた比較と解釈からもたらされる評価も生まれてくるのではないかという期待もあります。
いずれにしましても、金子みすゞではありませんが「みんなちがってみんないい」、そんな印象をもたらしてくれる実写版『不思議惑星キン・ザ・ザ』とアニメ版『クー!キン・ザ・ザ』、どちらも等しくお楽しみいただければ幸いです。
(文:増當竜也)
–{『クー!キン・ザ・ザ』作品情報}–
『クー!キン・ザ・ザ』作品情報
ストーリー
著名なチェリストのチジョフとDJ志望の青年トリクは、雪に覆われたモスクワの大通りで、パジャマ姿に裸足の宇宙人と遭遇する。そして、思いがけずキン・ザ・ザ星雲の惑星プリュクにワープしてしまう。そこは、見渡す限り砂漠に覆われ、身に着けるズボンの色によって階級が分かれる場所だった。ほとんど「クー!」以外の言葉が存在しない異星人たちを相手に、地球に帰ろうと奮闘する2人だったが……。
予告編
基本情報
声の出演:ニコライ・グベンコ/イワン・ツェフミストレンコ/アンドレイ・レオノフ ほか
監督:ゲオルギー・ダネリヤ
共同監督:タチアナ・イリーナ
公開日:2021年5月14日(金)
製作国:ロシア