お願いします。もし、今あなたが家にいて、ちょっとでもヒマだな、と思ったら、Netflixで配信中のアニメ映画『ミッチェル家とマシンの反乱』を観てください。
子どもから大人まで、誰が観ても確実に面白い、大傑作アニメ映画なのですから。事実、配信開始されるやいなや大絶賛の嵐で、米映画映画情報サービスのIMDbでは8.0点、Rotten Tomatoesでは97%をマーク。アカデミー賞アニメーション作品賞級のクオリティを誇っているのです(本当に来年に受賞すると思います)。
もう、これ以上のことは何も知らなくてもいいです。今すぐ観て、最高に楽しい時間を過ごしてください!以上!……で終わりにしてもいいくらい素晴らしい作品であり、予備知識も全く必要としないのですが、ここではさらに、なぜ『ミッチェル家とマシンの反乱』がこんなにも面白いのか?さらに、どれほどに深くて普遍的なテーマを扱っているのか?ということを、大きなネタバレにならない範囲で解説していきましょう。
1:映画『クレヨンしんちゃん』のような家族の冒険活劇!
本作の内容を端的に表すのであれば、AIが暴走し、ほぼ全ての人類が捕獲され、唯一の希望となった家族が奮闘するという、「家族が世界の危機に立ち向かう冒険活劇」です。日本人であれば、映画『クレヨンしんちゃん』シリーズを思い出す方が多いのではないでしょうか。それぞれのキャラのクセが強く、時には人間離れした身体能力を見せ、ほとんどクレイジーな領域にまで到達しているというのも、ある意味で『クレヨンしんちゃん』らしいのです。
そして、本作はありとあらゆるエンタメ要素が渾然一体となっています。人類がAIの脅威に立ち向かうSFディストピアものに加えて、トンデモなカーアクションも展開するアドベンチャー、目的地に到達するまでにキャラの関係性が変化していくロードムービー、何よりもアニメとしての圧倒的なクオリティのおかげで、観ている間中「た、楽しい〜〜〜!!!」と大興奮できるようになっているのです。
さらに特筆すべきは、ギャグのキレ味でしょう。予想を裏切る「外し」がいちいち面白く、次々に繰り出される勢いそのものに圧倒され、笑いが止まらなくなるのです。特におもちゃの「ファービー」の活躍はどうかしています(褒めています)!主人公が映画好きということもあって映画ネタもふんだんにぶっこまれているので、映画ファンだとさらに手を叩いて爆笑できるのではないでしょうか。
そして、ストレートに「家族愛」を打ち出しているというのも映画『クレヨンしんちゃん』らしさ。口ではなんだかんだ言っていても、お互いを大切に思っている家族のヒーローの物語という意味では『Mr.インクレディブル』(2004)にも通じています。正統派で、かつぶっ飛んでいるファミリー映画を期待すれば、その期待以上のものが観られる、そりゃあ大満足するってもんなのです。
–{スタッフが最強!そりゃあハイテンションで超楽しいアニメになるよ!}–
2:スタッフが最強!そりゃあハイテンションで超楽しいアニメになるよ!
この『ミッチェル家とマシンの反乱』はスタッフの時点で名作になることが確定しています。何しろ、プロデュースを手掛けているのが、フィル・ロード&クリス・ミラーというコンビ。知る人ぞ知る名作『LEGO ムービー』(2014)の監督の他、アカデミー賞アニメーション賞を受賞した『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018)の製作(フィル・ロードは共同脚本も担当)も務めた、「このコンビだったら間違いない」と言えるほどに信頼をおけるクリエイターなのです。
※『スパイダーマン:スパイダーバース』については以下も参考にしてください↓
『スパイダーマン:スパイダーバース』が大傑作となった「8つ」の理由!全人類必見!
実際の『ミッチェル家とマシンの反乱』を観れば、フィル・ロード&クリス・ミラーの作品だ!と強く思えるようになっています。ハイスピード&ハイテンションで畳みかける展開の数々、2Dの手描きタッチの絵や文字が挿入されまくる「ドラッギー」とも言える演出など、良い意味で過剰なまでの情報を詰め込みまくる、もはや「映像の洪水」な作家性が絶好調です。
さらに、監督と共同脚本を手がけ、息子のアーロンの声も担当したマイク・リアンダという名前も要チェックです。『怪奇ゾーン グラビティフォールズ』というアニメシリーズ(現在はDisney+で配信中)でも監督(クリエイティブディレクター)を務めており、そちらは田舎町で双子の姉弟が様々な不思議な出来事に遭遇し、とんでもないドタバタ劇が展開し、それでもテンション高めに問題を解決していくという内容で、雰囲気やギャグのセンスがフィル・ロード&クリス・ミラーに似ていたのです。
※『怪奇ゾーン グラビティフォールズ』の第1話は無料で観られます。
そんなハイテンションな作風を持つ最強のクリエイターたちが集結し誕生した『ミッチェル家とマシンの反乱』は「出し惜しみ?何それ美味しいの?」な感じで、作家性もサービス精神もフルスロットルで駆け抜けています。しかも脚本の完成度も半端ではなく、練りに練られた伏線が爆発しまくる超絶技巧!そりゃあ、絶対に超楽しい映画になるに決まっているではないですか!
製作のソニー・ピクチャーズ アニメーションは以前から『グースバンプス モンスターと秘密の書』(2015)や『ピーターラビット』(2018)など、ディズニーやピクサーとは全く違う、いろんな意味ですごい実写&アニメ映画を世に送り出していると思っていたのですが、『スパイダーマン:スパイダーバース』と『ミッチェル家とマシンの反乱』を二大巨塔とし、圧倒的な信頼のブランドを確立したと断言していいでしょう。
※『ピーターラビット』については以下も参考にしてください↓
『ピーターラビット』7つの魅力!壮絶バトル映画を親子で観て欲しい理由!
–{主人公のケイティに注目!LGBTQ+の描き方も素晴らしい!}–
3:主人公のケイティに注目!LGBTQ+のサラッとした描き方が素晴らしい!
キャラがみんなクセが強くて愛おしくて大好きになれる『ミッチェル家とマシンの反乱』ですが、特に実質的な主人公である、長女のケイティの役どころは重要です。彼女にまつわる描写をよくよく見ると、LGBTQ+(セクシャルマイノリティ)のキャラクターであることがわかるのです。
まず、ケイティが身につけている缶バッジの1つが「虹色」になっています。これは、LGBTQ+の尊厳と社会運動を象徴する旗である「レインボーフラッグ」でしょう。また、ケイティは自分のことについて「親はどうしていいかわかんないみたい。ていうか、自分でも自分がよくわかんなかったんだよね」と言いながら、鏡の前でカウボーイ風の格好や、女の子っぽい服装など次々と着替えたりしています。こうしたところから、ケイティが「自分でも自分がよくわからない」のは、自身のセクシュアリティまたはジェンダーが不明瞭であることも理由だとわかるのです。
さらに、終盤でケイティのママは、「感謝祭にジェイド(女の子の名前)は来るの?(元気?)」とケイティに話していましたが、原語をよく聞いてみると「Are you and Jade official(付き合っている?)」と言っていました。ママが、当たり前にケイティが女の子と付き合おうとしている、そのことを応援しているのです。
その会話の後に、ケイティは「まだ、2、3週間よ」「私、病気に見える?」と言って、さらにとんでもない「冗談」でママを驚かせます。ひょっとすると、その「病気に見える?」というのは、ケイティ自身が「女の子が好き」ということを「病気」だと思い込んでいた、またはママか他の誰かにそう言われてしまったからこそ、冗談でごまかそうとしていたのではないでしょうか。自身の今までの悩みを、ギャグに昇華して笑い飛ばそうとする、ケイティの健気さが垣間見えたような気がしたのです。(さらに、ケイティが作る映画に「本音」が表れていることにも注目!)
さらに、ケイティの弟のアーロンは、電話帳を片っぱしから調べて恐竜が好きな人と電話で話そうとしていた一方で、極端なまでに女の子が苦手であり、少しコミュニケーションを取ろうとしただけでも、すぐに逃げ出してしまいます。でも、ケイティは「弟とはすごく気が合う」と言っており、実際にケイティとアーロンはとっても仲良しの姉弟でした。それは、アーロンにとってケイティが良い意味で「女の子らしくない」からこそ、気兼ねなしに接することができたから、なのかもしれません。
何より素晴らしいのは、こうしたLGBTQ+への言及が「よく見るとわかる」「サラッと描かれる」程度であり、当たり前にケイティが物語の主人公として大活躍することです。これは、最近の映画の1つの潮流。例えば『デッドプール2』(2018)では同性愛カップルが当たり前に「あ、そう、(付き合えて)良かったね」と祝福されていたり、『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(2019)ではレズビアンである女の子が親友から当たり前のように恋路を応援されていたりもしました。LGBTQ+にまつわる問題をはっきりと提示する作品ももちろん世の中に必要ですが、こうして「当たり前に」「サラッと」LGBTQ+の当事者のことを描く作品もまた必要だと思うのです。
また、ケイティはおそらくはレズビアンまたはバイセクシュアルということなのでしょうが、そうであると明確に断定されていません。実際の社会でもそうでしょう。個人のセクシュアリティやジェンダーは複雑なものであり、決して「枠」に当てはめるべきものではないのですから。その人がその人らしい生き方を選べるのであれば、それでいいのです。そのセクシュアリティやジェンダーに悩む人へのメッセージが、後述する「変」であることの肯定にもつながっているというのも見事!
なお、日本語吹き替え版がめちゃくちゃクオリティが高く、そのケイティの声優を務めた花藤蓮さんのちょっとハスキーな声が、カッコよくてしかも可愛いキャラにどハマりしていることも素晴らしい!『キャプテン・マーベル』(2019)のマリア・ランボーの吹き替えも務めていた花藤蓮さんの活躍を、もっと追い続けたくなりました。
–{「変」を肯定するメッセージ!}–
4:「変」を肯定するメッセージ!そしてクライマックスの大感動!
本作の大きなテーマに、「変」であることの肯定があります。ミッチェル家は全員が全員とも変人で欠点だらけ。パパは娘を心配するあまり過干渉する上に夢を素直に応援できずウザがられ、ママは「完璧に見えるお隣さん」に無駄に嫉妬していて、その子どもであるケイティとアーロンは周りになかなか馴染めていない、ついでに犬のモンチも見た目も行動もいろんな意味ですごい。初めに「WORST FAMILY OF ALL TIME(史上最悪の家族)」と自虐的に文字で書かれるくらいにダメダメです。でも、この映画は「変人一家が世界を救う!」というプロットから「変」であることを肯定しまくってくれるというわけなのです。
さらに見事なのは、数々のハイテンション&ぶっ飛んでいるギャグが、この「変」を肯定するメッセージに密接に絡んでいること。例えば、中盤で「完璧なお隣さん」が抜群のチームワークを見せて危機を回避する(その方法もぶっ飛んでて全然まともじゃなくて笑ってしまう)のですが、ミッチェル家がそれを見よう見まねで真似をしようとするとちっともうまくいかない、というシーンがあります。しかし、後半の怒涛の展開からは、「変人一家のミッチェル家らしいやり方」で次々と問題を乗り越えることに成功します。その方法が、やっぱりハイテンション&ぶっ飛んでいる=「変」なのでもうゲラゲラと笑いながら感動できる、というわけなのです。
変人ばかりでダメダメだった家族が、最大限に家族のチームプレイを発揮する方法を学び、「変」であることをプラスに生かしまくります。これは、「人と違う」「普通になれない」ことをコンプレックスに感じている方にとって、「変わっているって最高に楽しいじゃんか!」と勇気をもらえるメッセージではないですか!
さらに、クライマックスでは「変」でもいいということを、全力で肯定してくれます!もう、ここでは数々の伏線の集積と、音楽と演出の見事さも相まって、爆笑しながら泣きじゃくるという凄まじい体験ができました!
また、本作は様々な事象を「こっちだから正しい」と恣意的に決めつけていないことも誠実です。例えば、前述した「完璧なお隣さん」もママが勝手にそう思っているだけで、全く悪者にしていませんし、その娘も実は恐竜好きで「変」であったりするのです。
さらに、AIが反乱を起こす一方で、その中には味方になってくれる者たちがいたりもします。また、パパはスマホやタブレットを触ってばかりいる家族を憂いていたのですが、ずっと映画だけが友だちだったケイティはネットに短編映画を投稿し、自分の趣味に合った仲間を見つけることができていました。IT技術の進歩による脅威と、その恩恵という両者を、しっかりと描いている、というわけなのです。
そんな風にゲラゲラ笑って、「変」であることへの肯定に泣いて、物語そのものの誠実さに唸って、大満足をしていたら……さらにさらにエンドロールにも大感動が待ち受けていたという超大サービス!ありがとう!この映画を作ってありがとう!と拍手喝采をして褒め称える大傑作でした!
–{同じく家族を描いたアニメ映画を観てわかること}–
5:同じく家族を描いたアニメ映画を観てわかること
Netflixでは、他にもオリジナルのアニメ映画が数多く配信されており、もちろん「家族」を描いたファミリー映画もあります。その中から特にオススメの3本を簡潔に紹介しましょう。
1.『ワニ少年アーロの冒険』(2021)
南部の沼地に住んでいたワニの少年が、大都会のニューヨークへの冒険と旅立つ物語です。仲間となるのが、大柄で力持ちの少女だったり、詐欺師のチームのピンクのモジャモジャ、顔が魚の半魚人などクセ者揃い。その個性豊かで愛おしいキャラクターたちをもって「多様性」の素晴らしさを訴えた内容だったのです。主人公のワニ少年がとっても純粋で応援したくなる、様々な場所を渡り歩くロードムービー&楽しい音楽で彩られたミュージカルとしておすすめします。
2.『ウィロビー家の子どもたち』(2020)
物語の初めに、ナレーション(吹き替え:杉田智和)でこう言われます。「もし、あなたがめでたしめでたしで終わるファミリームービーがお好みならば、こりゃあオススメできない」と。それはすぐに納得できました。絵柄は可愛らしいですが、主人公の両親は子どもたちに満足に食事も与えない、完全にネグレクトをしているクズ親なのですから。子どもたちが自ら「孤児になる」という選択をし、それでも幸せの道を追い求める健気さが、コミカルな作風だからこそより切実に伝わるようになっていました。
3.『愛してるって言っておくね』(2020)
第93回アカデミー賞で短編アニメーション賞を受賞した作品です。ある夫婦が暗い過去を抱えているようなのですが……あえて、どういう「出来事」があったのかは書かないでおきましょう。アメリカで問題となっていること、その悲痛な想い、そして心の変化は、日本人にとっても他人事ではないとわかるでしょう。
こうして、多様な家族愛を描いた作品を観ることで、ストレートな(でもクレイジーに)家族愛を描いた『ミッチェル家とマシンの反乱』は、また味わい深くなると思うのです。
さらに、最近の家族を描いたアニメ映画を振り返ってみると、「血がつながらなくても家族になれる」という価値観が打ち出されるようになってきています(それは『ミッチェル家とマシンの反乱』でも共通しています)。
Netflix配信ではないですが、ディズニー作品では男女の恋愛がほぼ無くなりシスターフッドの関係性が描かれた『ラーヤと龍の王国』がありますし、さらには家族ではなく独身の中年男性の幸せの模索を描く『ソウルフル・ワールド』もあったりと、その多様性はさらなる広がりを見せています。
※『ラーヤと龍の王国』と『ソウルフル・ワールド』についてはこちらも参考にしてください↓
『ラーヤと龍の王国』新たなディズニーの傑作となった「5つ」の理由
『ソウルフル・ワールド』がピクサーの到達点となった「5つ」の理由
人それぞれの家族、そして幸せのかたちがある。そのことを教えてくれる『ミッチェル家とマシンの反乱』と、これらのアニメ映画を、ぜひぜひ合わせて観てみてください。
『ミッチェル家とマシンの反乱』on Netflix
(文:ヒナタカ)