新型コロナウィルスの感染拡大による緊急事態宣言のために東京と京阪神地区の映画館が休館に追い込まれている中でも、粘りのある興行を保ち続け、興行収入80億円を突破した『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。
その生みの親である総監督の庵野秀明とエヴァンゲリオン制作の裏側に迫ったNHKのドキュメンタリーが2021年3月22日放映された「プロフェッショナル仕事の流儀 庵野秀明スペシャル」でした。
「この男に安易に手を出すべきではなかった」という衝撃的なナレーションで幕を開けたこのドキュメンタリーは、初めてエヴァンゲリオンの制作の場に密着カメラが入ったということと、そこにあった濃厚な舞台裏の人間ドラマ、赤裸々にエヴァンゲリオンやアニメ、自身の過去に語る庵野秀明の姿を切り取ったことで大きな反響を呼びました。
そして、2021年4月29日、NHKBS1にて追加映像と新たな編集を加えた100分の拡大版(「プロフェッショナル」は75分)「さようなら全てのエヴァンゲリオン~庵野秀明の1214日~」が放映されました。完全版とも言えるこのドキュメンタリーはエヴァンゲリオンの“真の完結編”とも言える内容のドキュメンタリーとなっていました。
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- 「プロフェッショナル仕事の流儀 庵野秀明スペシャル」と何が違ったのか?
- 大きく変えようとしたアニメーションの作り方について
- 追求し続ける庵野の姿と周囲の反応
- 二つのドキュメンタリーの対照的なエンディング
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「プロフェッショナル仕事の流儀 庵野秀明スペシャル」と何が違ったのか?
まず大きな、違いはナレーションが丸々カットされていることでしょう。ある意味ディレクターズカット版的な「さようなら全てのエヴァンゲリオン」は、「プロフェッショナル」を見ていることが前提の編集になっている部分もあり、説明的な描写が排除されています。
そんなこともあっていきなり「さようなら全てのエヴァンゲリオン」だけ見たら、ちょっと戸惑いを感じたかもしれません(プロフェッショナルは5月1日にアンコール放映予定)。
説明的な部分が削られたことで「プロフェッショナル」で語られたアニメーターとしての庵野秀明の経歴や、テレビシリーズの「新世紀エヴァンゲリオン」が当時の社会や若者に与えた影響についての説明は少なくなっています。
その代わりに「さようなら全てのエヴァンゲリオン」では、庵野秀明の人間的な根っこの部分(片足を失った父親のこと)や“アニメ作家以前”“エヴァンゲリオン以前”の部分を深掘りし、それがどういった形で『シン・エヴァンゲリオン劇場版』へと結実したかが語られています。
学生時代に「宇宙戦艦ヤマト」に熱中したエピソードが掘り起こされた一方で、「プロフェッショナル」にあった手塚治虫とのエピソードが丸々カット。その上で「超時空要塞マクロス」の“板野サーカス”で知られる伝説的なアニメーター板野一郎の元で働いた時のことが板野自身へのインタビューで明らかになります。ここで板野は「庵野は物差しの長さが違う」と語っています。
アニメーターとして経歴についての説明は省略されている部分もありましたが、その一方で、「宇宙人が来た、頭がおかしい」と庵野秀明を表現した宮崎駿とのエピソードは分量が増えています。庵野がうつ病を患った時に、宮崎監督が『風立ちぬ』の主人公の声優に庵野を抜擢した時のことも描かれています。これは“1214日”以前の出来事になるかと思いますが、「さようなら全てのエヴァンゲリオン」ではわざわざ掘り起こしてきて追加しています。
学生時代の美術教師の「生半可な気持ちで描いていない」というインタビューや、故郷の宇部の棚田にたたずむ庵野秀明の姿、さらに庵野が現役の学生たちと語らうシーンでは「夢はあった方が良い、見つかるもの」だと語っている部分まで見ることができます。
さらに、サプライズとして伝説の自主製作映画版の『ウルトラマン』の映像をふんだんに取り込んで見せたりします。
俯瞰で全体を追ったメイキング映像といった趣のあった「プロフェッショナル仕事の流儀庵野秀明スペシャル」に対して「さようなら全てのエヴァンゲリオン~庵野秀明の1214日~」は庵野秀明を主人公にした物語のような作りになっていました。
そういった意味では「さようなら全てのエヴァンゲリオン」は『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を見た人間に向かって送られた、“真のエヴァンゲリオン完結編”として位置づけられるのではないかと思います。「さようなら全てのエヴァンゲリオン」の中で「ドキュメンタリーも編集が入った時点でフィクションになる」と庵野は語っていますが、まさにその通りの100分間になったと言えるでしょう。
–{大きく変えようとしたアニメーションの作り方について}–
大きく変えようとしたアニメーションの作り方について
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』においてアニメーションの作り方を大きく変えようとした庵野秀明は、普通の外側にあるものから出たものを取り込まないと“新しい”面白いものは生まれないという考えから、アニメ制作には必須とも言うべき絵コンテを排します。
「プロフェッショナル」ではこの絵コンテに変わるプリヴィズ(事前にCGによってレイアウトや動きを作るもの)の制作と熱海合宿の部分が大きく取り上げられています。“アングル”に異様なこだわりを見せる姿が印象的でしたね。
これに対して「さようなら全てのエヴァンゲリオン」では、ここに映画公開後に展示がスタートして大きな話題を呼んだ「第3村ミニチュアセット」に関するパートが新規に時間をしっかり取って挿入されています。電柱好きを自認する庵野秀明の嬉しそうにミニチュアをいじる姿を切り取っています。
スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが“万年青年”と表現する庵野秀明の一面を感じることができる部分でした。
追求し続ける庵野の姿と周囲の反応
面白さを追求し、作品至上主義で、作品と命を天秤にかければ作品の方が思いという庵野秀明は、一つの正解を出すため、多くの“正解ではないもの”を生み出していきます。
その“正解でないもの”達は一つ一つが周囲のスタッフによって時間をかけ精巧に作られたものばかりです。しかし、それがまるまる“正解ではない”という庵野の判断によって削り落とされていきます。
当然周囲のスタッフは疲弊し、困惑します。庵野自身もそのことを把握していて取材班に「自分の差配によって困っている人たちの姿を切り取った方が面白い」と言い切ります。
周囲のスタッフの困惑は“エヴァンゲリオンあるある”という自嘲めいた表現で語られていきます。この困惑の言葉と疲弊する姿が「さようなら全てのエヴァンゲリオン」ではさらに分量が増していて、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が無事完成し、2021年3月8日にすでに劇場公開されていることがわかっていながらも「この映画は完成しないのではないか?」と感じてしまうほどでした。
新型コロナウィルスの感染拡大の影響についても今回の「さようなら全てのエヴァンゲリオン」では大きく取り扱っています。コロナ禍での公開延期を決める一方で、庵野のこだわり、修正はさらに分量を増していきます。
しかし、最後の完成締め切り直前になると、それまで庵野に振り回されてきた感のあるスタッフたちが各々の納得いくまでリテイクを重ね、逆に庵野を待たせるという現象が起きてしまう様子も記録され、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は庵野秀明の映画ではあるものの、彼一人のモノではないと言うことを垣間見ることができます。
「さようなら全てのエヴァンゲリオン」では声優陣とのやり取りの分量も多くなっていて、そこでは『シン・エヴァンゲリオン劇場版』に対して、素直にかつ客観的に語る庵野秀明の姿を見ることができます。物語のキーパーソンである碇ゲンドウの声優・立木文彦には「最終パートのゲンドウが一番のテーマでピーク」「ゲンドウは寂しい男だった」とリラックスした様子で本音を吐露するシーンは印象的でした。人気キャラクターの式波・アスカ・ラングレーを演じた宮村優子には「『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は“ああよかったね”という話だから」と語っている姿も記憶に残ります。
–{二つのドキュメンタリーの対照的なエンディング}–
二つのドキュメンタリーの対照的なエンディング
スタッフ関係者への「ありがとうございました。」とい言葉と取材班への「プロフェッショナルという言葉が嫌いだ」という言葉と共に初号試写の会場を後にする庵野秀明の姿で終わった「プロフェッショナル仕事の流儀庵野秀明スペシャル」に対して、「さようなら全てのエヴァンゲリオン~庵野秀明の1214日~」では「もう次のことを」と言ってエヴァンゲリオンから離れて別の作品(『シン・ウルトラマン』なのか?『シン・仮面ライダー』なのか?)に取り掛かる庵野秀明の姿で終わります。
エンディングの演出として「さようなら全てのエヴァンゲリオン」はテレビシリーズ「新世紀エヴァンゲリオン」のオープニングソングだった「残酷な天使のテーゼ」を挿入。そして最後に「エヴァンゲリオン」でお馴染みのフォントを意識した大きな文字の“終”と出て締めました。
「さようなら全てのエヴァンゲリオン~庵野秀明の1214日~」はNHK制作であると同時にドキュメンタリーでもあり、庵野秀明のディレクションが(直接的には)入っていない100分間のテレビ番組です。それにも関わらず庵野秀明のことをより多角的に、時間を割いて語ったことで、エヴァンゲリオンが完結する様を映し出し、本当の意味で“エヴァンゲリオンが終わる”瞬間を見ることができるものでした。
(文:村松健太郎)
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25年をかけて紡いだ物語に、ただただ感謝しかありません。ネタバレなしです。
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–{『シン・エヴァンゲリオン劇場版』作品情報と予告編動画リンク}–
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』作品情報
基本情報
総監督:庵野秀明
監督:鶴巻和哉/中山勝一/前田真宏
製作国:日本
公開日:2021年3月8日
上映時間:155分
配給:東宝=東映=カラー
スタッフリスト
企画・原作・脚本:庵野秀明
総作画監督:錦織敦史
作画監督:井関修一/金世俊/浅野直之/田中将賀/新井浩一
副監督:谷田部透湖/小松田大全
デザインワークス:山下いくと/渭原敏明/コヤマシゲト/安野モヨコ/高倉武史/渡部隆
CGIアートディレクター:小林浩康
2DCGIディレクター:座間香代子
CGI監督:鬼塚大輔
CGIアニメーションディレクター:松井祐亮
CGIモデリングディレクター:小林学
CGIテクニカルディレクター:鈴木貴志
CGIルックデヴディレクター:岩里昌則
動画検査:村田康人
色彩設計:菊地和子(Wish)
美術監督:串田達也(でほぎゃらりー)
撮影監督:福士享(T2 studio)
特技監督:山田豊徳
編集:辻田恵美
テーマソング:「One Last Kiss」宇多田ヒカル(ソニー・ミュージックレーベルズ)
音楽:鷺巣詩郎
音響効果:野口透
録音:住谷真
台詞演出:山田陽(サウンドチーム・ドンファン)
総監督助手:轟木一騎
制作統括プロデューサー:岡島隆敏
アニメーションプロデューサー:杉谷勇樹
設定制作:田中隼人
プリヴィズ制作:川島正規
制作:スタジオカラー
配給:東宝、東映、カラー
宣伝:カラー、東映
製作:カラー
エグゼクティブ・プロデューサー:庵野秀明/緒方智幸
コンセプトアートディレクター:前田真宏
監督:鶴巻和哉/中山勝一/前田真宏
総監督:庵野秀明
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』主要キャスト
碇シンジ:緒方恵美
綾波レイ:林原めぐみ
アヤナミレイ:林原めぐみ
式波・アスカ・ラングレー:宮村優子
真希波・マリ・イラストリアス:坂本真綾
渚カヲル:石田彰
葛城ミサト:三石琴乃
赤木リツコ:山口由里子
碇ゲンドウ:立木文彦
冬月コウゾウ:清川元夢
加持リョウジ:山寺宏一
加持リョウジ(少年):内山昂輝
伊吹マヤ:長沢美樹
青葉シゲル:子安武人
日向マコト:優希比呂
高雄コウジ:大塚明夫
鈴原サクラ:沢城みゆき
長良スミレ:大原さやか
北上ミドリ:伊瀬茉莉也
多摩ヒデキ:勝杏里
鈴原トウジ:関智一
相田ケンスケ:岩永哲哉
碇ユイ:林原めぐみ
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