シリーズ通算29作目!『クレヨンしんちゃん』を本気で観てみた
1990年に連載が開始し、1992年から現在に至るまで、長きに渡り愛され続けている国民的人気アニメ『クレヨンしんちゃん』。
1993年から公開が始まった劇場版も、それ以降毎年公開され続けており、2021年7月30日に公開される今作でついに29作目。原作者である臼井儀人先生が亡くなってもなお、生み出されたキャラクターたちは今も変わらずに生き続けている。
放送初期においては、親が子供に見せたくないアニメ、PTAから多くの反感を買うアニメとして有名だったと思うのだが、いつしかそういった風潮も消え去った。その最たる理由として挙げられるのは、皆様ご存知の通り、劇場版の存在ではないだろうか。『河童のクゥと夏休み』『百日紅』などで知られる原恵一が監督した『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』などを筆頭に、気付けば『映画クレヨンしんちゃん』=「泣ける」というイメージが定着し、今では親子で観に行くGW映画としての地位を確立した。
と、そういった基本的な情報だけは把握していながらも、僕自身は長らく『クレヨンしんちゃん』から離れていた身。放送初期は小学生だったこともあり、毎週食い入るように見ていたが、成長と共に「子供が見るアニメ」と捉え疎遠となり、劇場版に関しても、『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』をTV放送で目にしたのがラスト。しんのすけ役であった矢島晶子さんの降板や、ひろし役であった藤原啓治さんの訃報も相まって、より一層『クレヨンしんちゃん』とは距離を置いていくことになった。
そんな僕が、今回仕事ということもあり、約20年振りに『映画クレヨンしんちゃん』を目にしたわけですが、正直恐れ入った。
まさかここまでとは思っていなかった。まず、個人的に一番懸念していた声優の変更についてだが、しんのすけを演じている小林由美子さんは、これまで矢島晶子さんが培ってきたしんのすけに極力寄せており、ひろしを演じている森川智之さんに関しても、これまで藤原啓治さんが培ってきたひろしに極力寄せているため、違和感は皆無。と言うより、そういった演技をできてしまうお二人の技量がスゴ過ぎた。ストーリーに関しても、現代社会における問題意識が色濃く反映されている点が秀逸であり、映し出されていく人間模様には、シンプルに心動かされた。というか、泣けた。
本記事では、日頃実写映画ばかりを目にしているアラサー独身男性の僕が、長らく離れていた『映画クレヨンしんちゃん』のどういった点に魅力を感じたのか、その圧倒的な面白さと奥深さの詳細を、実写映画を紹介する際と変わらぬ熱量で紹介させて頂きます。
–{面白おかしくありつつも、現代社会を色濃く反映させた物語}–
面白おかしくありつつも、現代社会を色濃く反映させた物語
しんのすけたちカスカベ防衛隊の面々が、エリート校「天下統一カスカベ学園」での1週間の体験入学期間を過ごしていく中で、“吸ケツ鬼”により引き起こされる怪事件の謎を解いていく!というのが今回の物語の大筋。お馴染みのキャラクターたちが元来持つ魅力、映画オリジナルキャラクターやゲスト声優扮するキャラクターたちとの掛け合い、吸ケツ鬼が誰であるのかを探っていく謎解き的な展開など、子供がメインで楽しめるであろう面白おかしい要素がてんこ盛りなのは言うまでもないのだが、大人が目にする上では、「天下統一カスカベ学園」の教育方針や学園のシステムについて一考を巡らせる余地がある。
AI・オツムンよる徹底された管理によって、学園では「エリートポイント」なるシステムが導入されており、学業やスポーツや芸術面における成績、日頃の立ち振る舞いなどによってポイントが加点・減点され、点数に応じたクラス分けがなされている。プライベートなエリア以外での行動は全て監視されており、一挙手一投足がポイントの増減に反映される。より多くのポイントを有する生徒は優遇され、ポイントの少ない生徒は冷遇される。そのポイントの獲得を巡り、しんのすけと風間くんが衝突してしまうというのがメインの流れなのだが、そういった人間模様とは別に、「エリートポイント」的な評価や判断基準が確かに存在している現実社会、その是非、さらには、格差社会・競争社会といった領域にまで思考は及んでしまうはず。
子供の育て方や教育方針といったものは、人や家庭によって様々で、そこに明確な正解といったものも存在しない。とは言え、より良き環境や機会を与えてあげたいと思うのが親心。我が子が大人になった際に困らぬよう、安定した生活を送れるよう、より良き大学や企業へ進むことを勧める親もいるだろう。また、競走させられることによって高め合い、より高度な領域へと到達することができるのも事実。劇中においても「エリートポイント」というシステムの是非を巡ってあらゆる意見が飛び交うが、一概にそのシステムの全てを否定することはできないのではないだろうか。人によっては、とても理に適ったシステムだと思えてしまうこともあるのではないだろうか。
けれど、そういった仕組みが性に合わない人も絶対にいる。その仕組みだけでは汲み取ることのできない個性や魅力といったものが絶対にある。人を推し量る物差しは、決してひとつだけではないのだから。ただ、これも結局は理屈や綺麗事でしかないのかもしれない。今の世の中を、あなたの身の回りを、あなた自身の胸の内を思い返してみて欲しい。それが全てではないと理解しつつも、容姿や学歴や年収がものを言い、SNS等のフォロワー数や影響力が重要で、それらを持たざる者は劣等感に苛まれてしまいがちなのが今の世の中。人が生きていく上で、本来そんなことに囚われる必要などこれっぽっちもないのだが、メディアやテクノロジーの進歩が及ぼす弊害に、誰もが毒されてしまっている。『クレヨンしんちゃん』なのに考え過ぎだよとあなたは言うかもしれない。だが、探偵もののエッセンスのみならず、競争社会やAIの台頭といった要素までをも扱っているからこそ、今回の『映画クレヨンしんちゃん』は面白い。子供であっても大人であっても楽しむことのできる作りになっている。何をどう楽しむかはあなた次第であるが、こういった捉え方もできるのだというひとつの指針を、ここでは提示したい。
–{しんのすけと風間くんの友情から見えてくるもの}–
しんのすけと風間くんの友情から見えてくるもの
人生に出会いと別れは付き物で、生涯に渡って関係を築けていける相手はどうしたって限られてくる。だが、しんのすけたちは永遠に5歳児で、(「えんぴつしんちゃん」という小学生になった番外編はあったものの)「ちびまる子ちゃん」や「サザエさん」や「ドラえもん」の如く、彼らの生きる世界が先へ進むことは基本的にない。そのため、カスカベ防衛隊の面々が離れ離れになるといったことも永久に訪れない。しかし、体験入学(いずれ小学生になるということ)が主軸となる本作においては、彼らが今後歩むであろう道筋や、避けることのできない別れについても言及されていく。つまりは、これまで『クレヨンしんちゃん』という作品において向き合う必要性のなかった事象が発生するため、そこに衝撃や意外性を感じる人も多いはず。
あなたには、今でも交流のある幼稚園や保育園時代の友達はいるだろうか。小中高時代の仲良しグループが、今でも全員集合する機会はあるだろうか。皆が皆「YES」とは答えられないと思う。もちろん、それが悪いことであるというわけでもない。でも、しんのすけと風間くん、マサオくんやネネちゃんやボーちゃんたちが離れ離れになってしまうかもしれないという現実を突きつけられただけで、胸揺さぶられてしまうものがきっとある。
本来誰もが直面する現実に、しんのすけたちが、僅か5歳の子供たちが向き合っていく描写があるからこそ、これまた胸揺さぶられる要素が発生し、吸ケツ鬼の横やりによって道が大きく違えていこうとする彼らの姿は、まるで闇堕ちした仲間を救い出すかの如く奮闘する映画やアニメや漫画のワンシーンを彷彿とさせることだろう。暗黒面に堕ちたアナキンを説得するオビワン、里を抜けたサスケを連れ戻そうとするナルト、ゴンさんになってしまったゴンを救い出そうとするキルアなど、何を思い浮かべるかは人それぞれだが、それらに匹敵するだけの熱量を、カスカベ防衛隊の面々で、しんのすけと風間くんの友情で、『クレヨンしんちゃん』という作品で描けていることがとんでもない。
–{出番は少なめ。でも、存在感は人一倍大きい野原一家の愛}–
出番は少なめ。でも、存在感は人一倍大きい野原一家の愛
体験入学のため寮生活を送ることになり、カスカベ防衛隊やしんのすけと風間くんの友情にフォーカスが当たりがちな本作では、ひろし・みさえ・ひまわりら野原一家の出番は非常に少ない。「野原一家ファイヤー!!」的な展開も訪れない。だが、それでもやっぱり野原一家の絆は健在で、数少ない登場場面でも確実に見る者の心を揺さぶってくる。体験入学へ出発するしんのすけを見送る際のみさえ。しんのすけがいない日常に違和感を抱くひろしとみさえ。体験入学最終日となり、しんのすけを迎えに来た際にひろしとみさえが発する言葉など、人によっては涙が溢れ出てしまうことだろう。
今回久々に『クレヨンしんちゃん』というものにガッツリ触れてみて、気が付いたことがひとつある。それは、自分が大人になったことで、子供時代とは異なる感覚で『クレヨンしんちゃん』を捉えられるようになっていたことだ。記事タイトルのように、僕自身は独身のため子供はいない。そのため、しんのすけら子供たちに我が子を投影するといった芸当はできやしない。しかし、しんのすけに幼少期の頃の自分を、ひろしとみさえにかつての両親を重ねることで、在りし日の両親の心模様に触れ、どれだけ自分に愛情を注いでくれていたのかということを理解することが可能であった。要は、僕のような独身の人であろうとも本作は楽しめる。野原一家の絆を通して、感動できる余地はいくらでもあるということだ。
無論、実際に子供がいる人ならば、しんのすけに我が子を重ね、我が子を案ずる気持ちをひろしとみさえに重ね、なおのこと引き込まれてしまうに違いない。『クレヨンしんちゃん』とは、なんて受け皿の広い作品なのだろう。
最後に…
本作においてその答えが言及されているわけでもなし、結局は「エリートポイント」を発端とする数多の問いに明確な答えなど見出せない。どういった教育や生き方、人生との向き合い方がベストなのかも定まらない。この先、競争社会が激化していくのかも、『ターミネーター』の如くAIが人間を凌駕してしまう日が訪れるのかも、自分の人生に納得して生きていけるのかも、誰にも分からない。
ただ、ひとつだけハッキリとしていたことがある。本作を目にして心が震える瞬間であったり、涙がこぼれ落ちてしまうといったことは、およそ非理性的で不合理なことであり、効率や成果ばかりを最優先したシステマチックな仕組みの世の中では生じにくいものであるということ。そういったものに価値を抱くことができる以上、僕たちにはより良き道を模索していける可能性が残っている。
たかが子供向けのアニメーション、されど子供向けのアニメーション。僕自身決してナメていたわけではありませんが、『映画クレヨンしんちゃん』というものが、目にする者の心をこんなにも高度な領域へと誘ってくれる作品だとは夢にも思っていなかった。実際にお子様がいる人はもちろんのこと、僕のように独身であったり、長らく『クレヨンしんちゃん』から離れていた人にも目にして頂きたい。笑って泣けて多くを考えさせられる実りある時間があなたを待っています。是非ご覧ください。
(文:ミヤザキタケル)
–{『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』作品情報}–
『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』作品情報
ストーリー
国民的アニメ「映画クレヨンしんちゃん」シリーズ第29作。全寮制のエリート校、私立天下統一カスカベ学園、通称・天カス学園に1週間体験入学することになったしんのすけ。だが学園内では、何者かにお尻を噛まれた生徒がおバカになってしまう事件が多発していた。監督は「映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ 拉麺大乱」の髙橋渉。
予告編
基本情報
監督:髙橋渉
声の出演:小林由美子/ならはしみき/森川智之/こおろぎさとみ/仲里依紗/フワちゃん/チョコレートプラネット ほか
製作国:日本
上映時間:104分