現在、映画『ザ・スイッチ』が劇場で公開されています。本作の何よりの目玉は、「殺人鬼と女子高生が入れ替わっちゃった!?」という『君の名は。』的な「入れ替わりもの」を、スラッシャー(グロ増し増しな)ホラー映画に落とし込んでいることでしょう。
先に結論を申し上げておけば、これは「グロいのが大丈夫だったら確実に面白いよ!」と断言できる快作でした! しかも、LGBTQ+に対する作品の姿勢が真摯であるという、志の高さも特筆しておかなければならなかったのです。大きなネタバレにならない範囲で、さらなる魅力と特徴をたっぷりと以下にお伝えしましょう。
1:殺人鬼と入れ替わった圧倒的不利からの逆転を目指せ!
その「殺人鬼と女子高生が入れ替わっちゃった!?」というギミックが出オチになっていない、それを生かしたアイデアが満載ということを、まずは賞賛しなければならないでしょう!
そのアイデアの中でも第一にあげられるのが、この殺人鬼が「すでに警察から追われる身」であること。つまり、その状況で入れ替わった女子高生は、いきなり見た目が不潔なおじさんになってしまう+殺人鬼だから警察に逮捕されたら一巻の終わり+周りに理解者が1人もいないという三重苦を背負わされるわけです。
この『ザ・スイッチ』を観たことで、通常のホラー映画における殺人鬼は「たった1人」でターゲットを次々に殺して行かなければならないという、むしろ圧倒的な不利な立場にあったのだと気付かされました。主人公がその殺人鬼と入れ替わってしまい、しかも「見た目は殺人鬼だけど中身は女子高生なのよ!」と誰にも信じてもらえなそうなことを訴えるしかない……となれば絶望するしかない、というほどのものでしょう。しかも「24時間以内に元の身体に戻らなければ一生そのまま」という、タイムリミットサスペンスもおまけで(しかし重要な要素として)ついてきていました。
そして、「圧倒的な不利な立場からの逆転」というのは、あらゆる創作物においてもっとも面白い展開と言っても過言ではありません(具体的な逆転の方法は秘密にしておくので、ぜひ映画本編をご覧になってください)。その他でも、「おじさん殺人鬼と入れ替わったらそうするしかないわな」「なるほど、そうきたか!」と納得&驚きのアイデアが次々に繰り出され、見事な伏線回収もされるので、それはもう「超面白い!」と感嘆するというものなのです。
–{2:中身が女子高生のおじさんに萌え萌え!}–
2:中身が女子高生のおじさんに萌え萌え!
本作で誰もが絶賛するのは、「中身が女子高生のおじさんが超可愛い」ということなのではないでしょうか。ひとつひとつの事態にテンパって、乙女な走り方をして、時には無邪気にはしゃいだり喜んだりする、そんなおじさんの姿にMOE☆MOEになれるのです。
そのおじさん萌え〜となれるのは、もちろん俳優の力の賜物。『インターンシップ』や『ブルータル・ジャスティス』など、コメディからハードなバイオレンスアクションものまで幅広くこなす実力派俳優のヴィンス・ヴォーンが、全身全霊で「中身が女子高生のおじさん」を演じ切っており、「中身が殺人鬼の時」の演技の時からの「切り替え」の瞬間も見事。その「同じ人には思えない」ほどの熱演っぷりだけでも、本作は観る価値があるでしょう。
この「中身が女子高生のおじさん」という設定で多くの方が思い出すのは、『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』でジャック・ブラックが中身がSNS依存の女子高生になっていたことでしょう。こちらも言うまでもなく超可愛かったので、他の有名俳優でもこのパターンを観たくなりました。
話が少しズレますが、筆者は「男性から特に人気のあるカルチャーを萌え美少女キャラをもって描く」作品群に、それはそれでもちろん良いし好きなことを前提として、少し疑問も持っていました。「いや、キャラを美少女にしなくても、おじさんのままでもじゅうぶん萌えるのでは?」と。そんな自分に、この『ザ・スイッチ』のヴィンス・ヴォーンや『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』のジャック・ブラックは、「3次元のおじさんでも中身が可愛ければやっぱり本気で超可愛い」ことをはっきりと教えてくれました。ありがとうと、今一度感謝を申し上げたいのです。現実でも、みんながもっとおじさんを可愛いと思うようになれば、きっと世界は平和になると思います。
そして、もう1人の主人公である女子高生のミリーを演じたのは、『スリー・ビルボード』や『名探偵ピカチュウ』で知られるキャスリン・ニュートン。彼女もまた、「引っ込み思案な普通の女子高生」と「殺意に満ち満ちている殺人鬼」を切り替えるという熱演を見せていました。スター街道を驀進中の彼女が、俳優としての実力でこそ評価を得ているということを実感できるでしょう。
さらに他キャストで見逃してはならないのは、イヤな性格の教師役に1986年のジョン・ヒューズ監督の青春映画『フェリスはある朝突然に』のメインキャストであるアラン・ラックを起用していること。クリストファー・ランドン監督はジョン・ヒューズ作品の大ファンであり、これまでの監督作にもそのエッセンスを取り入れてきたそうで、後述する「友情もの」「青春もの」の作家性を思えばそれは存分に納得できるものでした。正直「リスペクトしているんだったら悪役にすることはないだろ〜」とも思わなくはないですが、当のアラン・ラックはノリノリで楽しそうにそのイヤな役を演じていたそうなので、それで良いのでしょう。
–{3:親友たちがとってもいいやつ!青春ものとしても感動的!}–
3:親友たちがとってもいいやつ!青春ものとしても感動的!
「友情の物語」の比重が大きいことにも特筆しなければならないでしょう。黒人の女の子と、ゲイの男の子が、「こんな親友が欲しかった!」と心から願えるとっても良いやつであり、心強い味方になってくれるのですから。おかげで、本作は友情もの、青春ものとしての魅力も大きくなっているのです。
本作の監督・脚本を手がけたクリストファー・ランドンの作品を追っていくと、この友情ものと青春ものは彼の明確な作家性なのだともわかります。『ゾンビーワールドへようこそ』と『ハッピー・デス・デイ』も、表向きはホラー(コメディ)でありながら、主人公の親友たちの行動こそがが事態を大きく変えていくのですから。
※『ハッピー・デス・デイ』の記事はこちら。『ゾンビーワールドへようこそ』も紹介しています。↓
『ハッピー・デス・デイ』は殺される誕生日をループしまくる快作ホラー!爆笑と感動の理由とは? | cinemas PLUS
これはホラー映画への1つの「カウンター」とも言えます。何しろホラー映画において「主人公の言ったことを周りが信じてくれない」というのは定番の展開。もちろんそれは物語を盛り上げる重要な要素ですし、本作でも前述したように主人公は「警察から追われる殺人鬼と入れ替わる」というさらに誰も信じてくれなそうな四面楚歌な状況に陥るのですが、そんな状況でも、あることきっかけにして「親友たちがとことん主人公を信じてくれて」「有効な解決手段を一緒に探す」ことになることに、大きな感動があったのです。
この「主人公の言ってることを周りの人が信じる」「ホラー映画の『慣習』に逆らうように頭の切れるキャラクターをたくさん登場させる」ということは、クリストファー・ランドン監督自身が実際に重視していたことであったそうです。その上で、「この映画の親友たちは、殺人鬼が主人公であることに気が付いてからは、とにかく彼女を救うために動く。だから『友情が持つ力』や『友人たちの間にある忠誠心』作品の大きなテーマになってるんだ」とも語っていました。
「親友たちと共に困難に立ち向かう」ということもまた、あらゆる創作物においてもっとも面白い展開でしょう。それを期待する方にも、本作を強く強くおすすめしたいのです。
–{4:ゲイの少年が繰り出すギャグの批評性にも注目!}–
4:ゲイの少年が繰り出すギャグの批評性にも注目!
本作は表向きにはスラッシャーホラー、それに青春ものと友情ものの面白さも加わっているのですが、さらにゲラゲラ笑えるコメディとしても存分に面白く仕上がっています。前述した「中身が女子高生のおじさんが超可愛い」ことにニヤニヤできることはもちろんですが、それ以外にも「親友のゲイの少年が繰り出すギャグ」も面白いのですから恐れ入ります。
そのギャグの1つが、殺人鬼との戦いに巻き込まれてしまった彼が全力でダッシュしつつ「ゲイと(もう1人の親友の)黒人にはムリよ!」と言い放つこと。これは、「LGBTQ+のキャラクターが映画の中では可哀想な役かつ最後には死んでしまいがちなこと」や「映画で(現実でも)黒人は差別や偏見に晒され場合によっては命を落としてしまうこと」などへの批評なのでしょう。その上で、そうした「慣習」に習って諦めてしまうのようなセリフの自虐っぷりに笑ってしまう、そんなギャグシーンになっているのです。
そして、終盤にそのゲイの少年が、(ネタバレになるので明言は避けますが)「あるシチュエーション」について母親に「言い訳」をするギャグはもう爆笑ものでした。これもまた笑えると同時に、やはりゲイであることの苦労や偏見への批評にもなっていました。
ゲイやLGBTQ+にまつわるギャグというのは、言わずもがな非常にセンシティブなもの、一歩描写を間違えば人を傷つける不愉快なものになりかねないのですが、本作ではそうした心配はいりません。これは、クリストファー・ランドン監督と共同脚本のマイケル・ケネディが共にゲイであることをカミングアウトしており、自身たちがその苦労をわかっているから、それを「笑い飛ばせる」までの精神力を培ったためなのでしょう。
なお、そのゲイの少年を演じたミーシャ・オシェロヴィッチはノンバイナリーの俳優であり、高校時代に同性愛矯正施設に収容された経験があり、LGBTQ+の若者への精神のケア、摂食障害や薬物依存症などのサポート活動も行っていたそうです。『ザ・スイッチ』の撮影は、自身が高校にほとんど通えなかったからこそ、問題なくゲイの少年として高校生活を体験できたことが楽しかったのだとか。
クリストファー・ランドン監督は、「僕は監督・脚本で表に立つわけじゃないから、ゲイだろうが関係ないけど、役者さんにとってはまだ偏見は存在するから、大変だと思うよ」と、世のLGBTQ+の俳優たちの苦労もおもんばかっていました。監督と脚本家はもちろん、俳優もまたLGBTQ+の当事者であり、その苦労の理解者だったからこそ生まれた、志の高さが確実に『ザ・スイッチ』にはあるのです。
余談ですが、クリストファー・ランドン監督の前作『ハッピー・デス・デイ 2U』の序盤にも、「ゲイへのひどい発言」をギャグにしたシーンがありました。これも全くイヤな気分にならず爆笑できるのは、その「ひどさ」そのものを笑い飛ばすギャグになっているからでしょうね。
–{5:監督の学生時代が影響&グロ描写はその時へのリベンジ?}–
5:監督の学生時代が影響&グロ描写はその時へのリベンジ?
前述した「青春もの」「友情もの」の描写には、クリストファー・ランドン監督自身の学生時代も影響しているのだそうです。その上で監督は、「僕は学生時代とてもシャイで、主人公のミリーのように人に頼ってしまうタイプだった。友達も少なくて、みんなとも離れてお昼を食べたりね」とも語っていました。つまりは、前述した「こんな親友が欲しかった!」と心から思える劇中の親友2人は監督の「あの時の理想」でもあり、序盤に引っ込み思案だった主人公は監督自身の投影なのでしょう。
また、監督は学生時代にはゲイをカミングアウトしておらず、いじめられたりもしており、その当時の要素やフィーリングをかなり『ザ・スイッチ』に入れているそうです。その上で、本作を「悪いやつばかりが殺されるある種のリベンジ・ファンタジーであり、そうやって自分の過去を振り返ることができたのは最高の気分だった!」とニコニコとしながら語っていたのだとか。
そんな監督が最高の気分のまま作り上げた『ザ・スイッチ』は堂々のR15+指定。それはもう悪趣味(褒め言葉)なグロ描写がてんこ盛りで、その極端さはこれまたギャグの域に入っています。そして、先程の監督の「リベンジ・ファンタジー」という言葉を裏付けるように、同性愛を軽んじた発言したやつは数分後にむごたらしく死ぬ、同性愛をバカにしたやつは数秒後にやっぱりむごたらしく死ぬという、とってもスッキリ爽やかなことになっています。
映画の中で差別や偏見を口にしたやつは積極的に時短テクニックでグロく殺される、これが同性愛及びLGBTQ+についての、ポリティカル・コレクトネスの最先端だ!と思い知らされました。映画の中くらい、その制裁はこれくらいでも良いと思います。
–{6:主人公の成長と自己肯定の物語にも感動!}–
6:主人公の成長と自己肯定の物語にも感動!
本作は、物語の発端からして「警察から追われる見た目が不潔な殺人鬼となってしまう」という、キャッチコピー通りの史上最悪の入れ替わりが描かれるわけですが、その後に主人公が「本当の自分」を知っていく過程にもまた、大きな感動がありました。
主人公は父を亡くしており、母は精神的に不安定で、警察官との姉ともうまくいかずに、家庭崩壊寸前。彼女はずっとそのことを気に病んでいて、親友2人にも「本当の自分」をさらけ出せなかった。だけど、皮肉にも彼女は物理的に強いおじさん殺人鬼になったことで、気兼ねなしに本当の自分を見せるようになっていきます。そして、最終的には「あなたの『中身』が素晴らしいんだよ」と言ってくれる……そんな「自己肯定」の物語になっていくのです。
これもまた、クリストファー・ランドン監督による、ホラー映画へのカウンターでもあります。監督は「スラッシャー(ホラー)映画の多くには、キャラクターにパーソナルな物語がなく、彼らのことを気にする余地がない。だから、それを現代化したかった、ただ叫んで走り回って殺されるだけじゃないものを作りたかった」という気概もあったと語っているのですから。主人公が自分自身について学んでいき、新たな一面を見つけ、そして自分自身を救うというのも、『ハッピー・デス・デイ』から引き継がれた感動および面白さなのです。
そして、劇中では親友の力も大いに借りている主人公が、最終的には監督の言うところの「自力で対処できるから、他の誰かに助けてもらうということはない」までに成長するというのも、また感動的でした。そして、家族との不和にも決着をつけ(特に「試着室」のシーンは泣ける!)、そして自己肯定感を持ち、精神的にも物理的にも強くなるというカタルシス!『ザ・スイッチ』は表向きには人がいっぱいグロく死んじゃう不謹慎なホラーなのに、こんなにも人生に役立つ、勇気をもらえる映画になっていたのです。
(文:ヒナタカ)
参考記事:
『大草原の小さな家』お父さん役俳優の息子はホラー映画監督になっていた! ホラーは「父の影響」 /2021年4月4日 – 映画 – インタビュー – クランクイン!
【インタビュー】『ザ・スイッチ』には『ハッピー・デス・デイ』との共通点アリ ─ 監督に聞いたウラ情報 | THE RIVER