「ゲーム・オブ・スローンズ」「ウォッチメン」などの制作で知られ、“ドラマのHBO”“クオリティのHBO”と呼ばれるアメリカの老舗プレミアムテレビ局HBO。
2021年3月30日、そのHBOの定額制動画配信サービスHBOmaxと日本の動画配信サービスの国内企業最王手のU-NEXTが独占パートナーシップを締結することが発表されました。
HBOmaxはアメリカ国内に加えて2021年の初夏から秋にかけてラテンアメリカ圏とヨーロッパ圏内のサービスをスタートさせるとアナウンスしていましたが、日本でのサービスについては明言されていませんでした。
そんな中で飛び込んできたのが今回のU-NEXTとHBOmaxを含むワーナーメディアとの独占パートナーシップの締結の発表。競合する同業他社との差別化(=オリジナリティの確保)を図りたいU-NEXTと一から日本国内向けサービスをスタートさせるコストを簡略化できるHBOmax双方の思惑が一致したと言えるではないでしょうか。
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サブスク動画配信サービスの国内外の勢力図
現在、世界的に動画配信サービスの会員数で見ると最王手はやはりというべきかNETFLIXです。
今やサブスク系動画配信サービスの代名詞的な存在になりつつあります。世界全体での会員数は2億人を突破、日本国内でも500万人以上の会員数を誇っています。
最大の武器は映画・ドラマ双方での膨大な量のオリジナル作品。長編作品に関して言えば毎年、賞レースなどの常連となるなど、今や誰も無視できない存在となっています。
しかも基本的にこれらの作品を世界同時配信するというグローバルな展開、スケール感を感じさせる展開をしているNETFLIX。このスケール感が他にはなかなかない大きな武器となっています。
これに続くのはAmazonプライムビデオ。
NETFLIX同様オリジナルコンテンツが豊富な上に、そもそもインターネット通販最王手のAmazonが展開しており、配達などのプレミアムオプションあるサービスAmazonプライムに登録した人は自動的に利用できるという利便性が大きなアドバンテージとなっています。こちらも世界での会員数は1.5億人という大型プラットフォームとなっています。
これの2つを猛追しているのがDisney+です。
当初ディズニーブランドだけのクローズドなプラットフォームになるイメージがありましたが、ディズニーはその傘下にマーベル・スタジオ、ルーカスフィルム、20世紀FOXなどをおさめていて、そのコンテンツは質量ともにハイレベル。
『スター・ウォーズ』から派生したドラマ「マンダロリアン」がいきなり大ヒットしたり、映画シリーズの展開が遅れる中で「ワンダ・ビジョン」「ファルコン&ウィンター・ソルジャー」といったマーベルの新作ドラマを連続で放映しています。
さらに、ピクサーの新作『あの夏のルカ』、さらにプレミアムで7月9日からマーベル超大作『ブラック・ウィドウ』を劇場公開同時に配信することを発表。Disney+はそのブランド力を最大限に活かして一気に会員数を伸ばし、世界での会員数は1億人を突破しました。
この3強が頭一つ抜けている状態で、これに続くプラットフォームは、以下AppleTV+、日本でもサービスが展開されているHulu、そしてワーナーメディア傘下のHBOmaxが会員数3000万人から4000万人で並んでいるところです。
Huluは紆余曲折を経て日本テレビが日本事業を100%継承していることもあり、日本で単独のサービス体制を確保していますが、その他のプラットフォームは日本で単独ではサービスをスタートできていません。
日本国内に置き換えても、やはりNETFLIXが500万人超える有料会員数を誇っていて日本でもトップを走り、これにAmazonプライムビデオが続く図式も変わりありません。これにHuluと老舗のU-NEXTが続いいてどちらも会員数が200万人程と言われています。
テレビ離れという言葉が出てきて久しいですが、それでもテレビ局のキー局の発信力が強い日本では各テレビ局ベースの動画配信サービスが乱立気味です。日本テレビに関してはHuluとの連携があるので、ちょっと特殊ですが、以下、TBSのParavi、フジテレビのFOD、テレビ朝日のTELASA、さらにはNHKのNHKオンデマンドまであります。
その一方で動画配信サービスを利用している人は日本国内では3割弱というデータもあります。まだ7割以上の人がサービスに手を付けずにいると言うことです。ここに感じることができる“大きな伸びしろ”がU-NEXTが今回大きな一手を打ってきた大きな要因と言えるでしょう。
また、アメリカでは一個人で平均して3.1種類の動画配信サービスが利用されているというデータがあるのに対して、日本ではまだ一個人平均では1.7種類というデータが出ています。利用者全体の増加に加えて、個人の利用サービスの数もまだまだ“伸びしろ”があるのです。
–{WIN-WINのU-NEXTとHBOmaxのパートナーシップ}–
WIN-WINのU-NEXTとHBOmaxのパートナーシップ
このように、群雄割拠といった状況の日本でのサブスク系動画配信サービス。そんな中でで、会員数で国内上位(国内企業としては最王手)にいるのがU-NEXT。テレビや映像制作会社ではないUSENの系列という、ちょっと異色の存在です。それでも会員数では日本国内で200万人以上の会員数(国内企業では最多)を誇る有力な配信プラットフォームの一つと言えます。
ただ、競合するNETFLIX、Amazonプライムビデオ、Huluとの比べた時に、オリジナルコンテンツの量の面で遅れを取っていました。
NETFLIXはオリジナル映画、ドラマが毎週のように配信開始されています。海外作品だけでなく日本語映画・ドラマ・アニメシリーズ多数リリースされています。AmazonプライムビデオもNETFLIXほどではないもののオリジナルタイトルが並んでいます。Huluは日本テレビと直に繋がっている強みを最大限に活かしています。そんな中で、配信本数では負けていなくてもU-NEXTはオリジナルタイトルの面では勝負できる部分が少なかったのも時事です。
そんな中でU-NEXTとワーナーメディアがパートナーシップを締結。一気にU-NEXTは大きなアドバンテージを得たことになります。
今回のパートナーシップの締結でU-NEXTは過去のアーカイブも含めると一気に1000話以上のコンテンツが増えることになります。元々取扱い作品数では国内トップを誇っていたU-NEXTにこの大きな“プラスα”が加わることになります。
一方で、ワーナーメディア(HBOmax)側としても、日本向けのサービスプラットフォームを作るところを省いて、日本への作品供給体制を確保できるために大きな利点があると言えます。しかもU-NEXTはすでに日本国内で200万人の会員数があるわけですから、HBOとしても最初のスタートの時点で大きなアドバンテージを持って始められることになりますね。
このU-NEXTとワーナーメディア(HBOmax)のパートナーシップの締結は日米動画配信サービスの戦線の流れに大きな変化を与える一手になるかもしれません。
–{今後の注目点}–
今後の注目点
今回の発表で明言されなかったのがワーナー・ブラザースの新作長編映画の取り扱いについてです。現在映画館の機能が事実上停止している(3月に若干の緩和があり)アメリカではハリウッドメジャー各社が自社の大小の作品を取扱いに苦慮しています。
そんな中で、自社傘下、同系列の動画配信サービスにおいて劇場公開のタイミングと同時に併せて配信をスタートさせるという方法が、昨年2020年後半より採られるようになりました。Disney+では当初劇場公開を想定していた『ムーラン』『ラーヤと龍の王国』などの作品をプレミアム(追加料金が発生)の形で配信。さらにピクサーの新作『ソウルフル・ワールド』や『あの夏のルカ』も配信の形を採っています。さらに5月28日に『クルエラ』、7月9日からは『ブラック・ウィドウ』を劇場公開と同時に配信する予定です。
HBOmaxと同じワーナーメディアのワーナー・ブラザースも同様の手法を採用。2020年には試験的に『ワンダーウーマン1984』を劇場公開と併せての配信、『魔女がいっぱい』を独占配信に切り替えました。
『TENETテネット』のクリストファー・ノーラン監督はこの流れを受けて「『HBOmax』は最悪なストリーミングサービス」と痛烈に批判、さらに『ワンダーウーマン1984』のパディ・ジェンキンス監督やドゥニ・ヴィルヌーブ監督らもこのノーラン監督の発言に同調する動きを見せました。しかし、ユーザーレベルではそこまでの批判的な動きはなく、おおむね好意的に迎え入れられました。
この動きを得て、ワーナー・ブラザースは2021年に劇場公開予定だった17本の映画(『マトリックス4』『DUNE/デューン砂の惑星』『ゴジラVSコング』『ザ・スーサイド・スクワッド』など)を北米地区では劇場公開とHBOmaxでの配信のハイブリッドで行うことを発表しました。
今回のU-NEXTの戦略発表会においては“新作映画”は日本においては映画館が元気に機能しているために取扱いはないと語られました。確かに2020年の一時期を除けば日本の映画館は諸外国と比べても充分に機能していると言えます。何せ、このコロナ禍にありながらも『劇場版鬼滅の刃無限列車編』が歴代ナンバーワンヒットになったくらいですから。そのことを考えると映画は別物というジャッジも分からなくはありません。
–{ 『ジャステス・リーグ:ザック・スナイダー・カット』はどこへ行く?}–
『ジャステス・リーグ:ザック・スナイダー・カット』はどこへ行く?
そうなると一つ心に引っかかるものがあります。それは『ジャステス・リーグ:ザック・スナイダー・カット』の存在です。2017年にDCコミック原作、当時は映画シリーズ独自のDCEU(DCエクステンデッド・ユニバース)という枠組みの中で一本の映画が作られました。それが『ジャステス・リーグ』です。バットマン、スーパーマン、ワンダーウーマン、アクアマン、フラッシュ、サイボーグといったヒーローが一堂に会するオールスタームービーです。(“『アベンジャーズ』みたいなやつね”という言葉が聞こえてきそうですが、原作ベースではジャステス・リーグの方が先なのです。)
本作はそれまでの『マン・オブ・スティール』、『バットマンVSスーパーマンジャスティスの誕生』といった作品と同様の流れの中でザック・スナイダー監督がメガホンをとっていました。しかし、家族に不幸が起きてしまい、ザック・スナイダーは監督を降板。後を『アベンジャーズ』『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』のジョス・ウェドン監督が引き継ぎました。(この連携もよくよく考えると凄い話です)。
結果、映画『ジャステス・リーグ』は興行・批評の両面で失敗に終わりました。期待値が高すぎたこともありますが、この結果を残念に思ったファンの間でザック・スナイダー監督が当初イメージしていた“ザック・スナイダー・カット版”の公開を求める声が#ReleaseTheSnyderCutというハッシュタグと共に熱を帯びていきます。
そして遂に、ザック・スナイダー監督が再撮影&再編集を発表『ジャステス・リーグ:ザック・スナイダー・カット』が公開されることに。
ところが、ザック・スナイダー監督の構想は拡大の一途辿り、作品はなんと240分(4時間!?)を超えることが明らかになり、映画館での上映は事実上不可能となりました。このことを受け制作のワーナー・ブラザースは傘下の動画配信サービスHBOmaxでの配信という形で公開することを発表、去る3月18日からアメリカで配信が始まりました。
そして、日本では“2021年の初夏にデジタル配信&ブルーレイでリリース”とだけ発表されました。そこで気になるのがブルーレイはともかくとして、気になるのがデジタル配信のほうです。いったい、どのプラットフォームになるのか?まさかHBOmaxジャパンサービス開始なのか?と考えが拡がります。
そんな中で日本国内のサブスク系動画配信サービスの草分け的存在といえるU-NEXTがHBOmaxを含むワーナーメディアとのる独占パートナーシップの締結を発表。今回のU-NEXTの戦略発表会においては『ジャステス・リーグ:ザック・スナイダー・カット』はワーナーメディアが全方位で展開中とだけ語られました。
となると『ジャステス・リーグ:ザック・スナイダー・カット』の配信どういった形になるのか、U-NEXTの機能拡大があるのか?HBOmaxのさらなる日本展開があるのか?配信時期も含めて未定な部分が多く、この部分は今後も引き続き注視していきたいと思います。
(文:村松健太郎)