青春恋愛モノを観たり読んだりしたときに、「あの頃に戻った」感覚を味わったことはないだろうか。私は何度もある。
ところがこれまでの自分の人生を振り返ってみると、その“あの頃”が見当たらないのだ。この事実と向き合うたびに、虚無がやってくる。つら。
一方でこの事実は、私が創造神であることの証だとも思うのだ。なぜならないはずの“あの頃”を創りあげ自分の経験談だと錯覚してしまっているのだから。こわ。
なぜ私は“あの頃”の創造神となりえたのだろうか。それはきっと映画やアニメ、漫画、ドラマを通して、“あの頃”の青春や恋愛に触れてきたからだと思う。
その中でも「なかったはずのあの頃」創造神を自身に強く宿してしまった作品が、アニメ映画『同級生』だ。
本作は、主人公の佐条利人と草壁光が合唱祭の個人練習をきっかけに惹かれ合い恋をしていく過程を、丁寧にゆるやかに描いている。
ふたりの恋愛は、プラトニックでもどかしい。互いに互いのことしか考えていないのに相手の気持ちが見えなくてうじうじと悩んだり「相手にかっこいいところしか見せたくない」とちょっと背伸びしたりする姿に、どうしようもなく等身大の高校生を感じてしまうのだ。
このストーリーに淡い水彩タッチの作画や色彩が加わるものだから、さあ大変。なんとも瑞々しい極上の青春恋愛映画を目の当たりにした私は、さも自分にキラキラとまばゆく爽やかな恋愛があったかのように錯覚してしまったのだ。当時付き合っていた年上の恋人の浮気が発覚し飛び蹴りをかました人間に、そんな経験があるなんて言う資格はないはずなのに……。
「なかったはずのあの頃」に私が戻ったと感じるのはきっと、ピュアで清い、炭酸がはじけるような佐条と草壁の恋に恋しているからだろう。自身の中に悲しき創造神が定着してしまったのは、猛烈な憧れがこじれにこじれた結果だ。
ただこの事実は、『同級生』が青春恋愛映画の傑作である証明だとも思っている。
“あの頃”に淡い経験や理想を置いてきた人は、少なくないだろう。『同級生』を観れば、“あの頃”の青春や恋を追体験できるかもしれない。
(文:クリス)
–{『同級生』作品情報}–
『同級生』作品情報
<イントロダクション>
中村明日美子がはじめて手掛けたBL作品『同級生』は、二人の男子高校生のじれったくて純粋な恋の姿に、胸を打つときめきを感じさせた傑作漫画。発表以来その反響は広がり、多くの人に愛される自身の代表作となった。そして2015年、アニメーション化が発表されると、 またも驚嘆の声が上がった。まさに理想的な制作陣。キャラクターデザインの林明美は、原作にある優美な男子像をすくいとり、麗しくも愛おしい佐条と草壁を描いた。 美術監督の中村千恵子は、手彩のタッチをつかい、感情が沸き立つ情景を見せる。 そして優しいギターの旋律で少年たちを包みこむ押尾コータロー。洗練されていながらも、ぬくもりを感じるこの世界を監督するのは、情感と艶の演出で注目を浴びてきた俊英・中村章子。清らかで繊細な青春の息づかいが、最高の布陣で映像に刻まれる。
ただ同級生になったことが、奇跡であるほどのきらめきをもって心ではじけたあの瞬間。まばゆくて切ない恋の物語が、いま紐解かれる。
<ストーリー>
高校入試で全教科満点をとった秀才の佐条利人、ライブ活動をして女子にも人気のバンドマン草壁光。およそ交わらないであろう二人の男の子。そんな「ジャンルが違う」彼らは、合唱祭の練習をきっかけに話すようになる。放課後の教室で、佐条に歌を教える草壁。音を感じ、声を聴き、ハーモニーを奏でるうちに、二人の心は響き合っていった。ゆるやかに高まり、ふとした瞬間にはじける恋の感情。お調子者だけどピュアで、まっすぐに思いを語る草壁光と、はねつけながらも少しずつ心を開いてゆく佐条利人。互いのこともよく知らず、おそらく自分のこともまだ分からない。そんな青いときのなかで、もがき、惑いつつも寄り添い合う二人。やがて将来や進学を考える時期が訪れ、前に進もうとする彼らが見つけた思いとは…。
キャスト
佐条利人:野島健児
草壁光:神谷浩史
原 学:石川英郎
ほか
スタッフ
原作:中村明日美子「同級生」(茜新社刊)
監督:中村章子
キャラクターデザイン:林明美
美術監督:中村千恵子(スタジオ心)
色彩設計:歌川律子
撮影監督:長瀬由起子
3DCG:佐藤香織
編集:西山茂(リアル-T)
音楽:押尾コータロー
主題歌:「同級生」/押尾コータロー with Yuuki Ozaki (from Galileo Galilei)
音響監督:藤田亜紀子
音響制作:HALF H・P STUDIO
制作:A-1 Pictures
配給:アニプレックス