《新!少年探偵団》第1回「怪人二十面相」より ©NHK
NHKBSプレミアムで3月23日(火)19時より「怪人二十面相」「少年探偵団」「妖怪博士」と3夜連続で放送される「シリーズ・江戸川乱歩短編集Ⅳ『新!少年探偵団』」。
この中で第1夜の「怪人二十面相」を演出された佐藤佐吉監督に、これまでのシリーズの流れや今回の企画の面白さ、そしてご自身のキャリアなどをうかがうことにしました。
満島ひかりの希望から始まった「シリーズ江戸川乱歩短編集」
―― まずは「シリーズ江戸川乱歩短編集」企画の発端などから教えていただけますか。
佐藤 きっかけは満島ひかりさんなんですよ。このシリーズを制作しているテレコムスタッフが以前制作した「太宰治短編小説集 第3シリーズ『カチカチ山』」(10)に満島さんが出演されたとき、プロデューサーの淵邉恵美さんに「私は子どものとき『少年探偵団』シリーズが大好きで、いずれはやってみたいんですよ」と。それとしばらくして、江戸川乱歩の著作権が切れたんですね。じゃあNHKとテレコムスタッフで乱歩のドラマ・シリーズをやってみようかと話をしていたら、満島さんのことを思い出して、明智小五郎をやってみますか?と話を持ちかけたら「やります!」と。
――企画の過程の中で、佐藤監督が演出のひとりに抜擢された理由は?
佐藤 淵邉さんが僕を指名してくださったんですよ。実はトロントの映画祭に僕が『半分処女とゼロ男』(11)を持って行ったとき、そこで彼女と初めてお会いして、畑こそ違えどその後も結構仲良くさせていただいてたんです。
それとEテレのパイロット版プレゼン・バトル番組「Eテレ・ジャッジ」(15)の中で僕が演出した「谷グチ夫妻」(15)が1回目の優勝作品になり、その後も[NHKどーがステーション]番組内ランキングで30週間連続して通算再生ランキング1位だったんですよ。そこでNHK側も認めてくれたのかもしれませんが、淵邉さんから乱歩をやってみないかと。
–{明智小五郎を演じる女優・満島ひかり}–
明智小五郎を演じる女優・満島ひかり
―― 第1シリーズ「1925年の明智小五郎」(16)の中で佐藤監督が演出された作品は「心理試験」です。
佐藤 僕に話があったとき、既に原文そのままを活かした形で「D坂の殺人事件」(演出:宇野丈良)と「屋根裏の散歩者」(演出:渋江修平)は決まっていて、それで「心理試験」をやってほしいと。乱歩ものって映画やドラマはいっぱい見てますけど、実は小説そのものをちゃんと読んではいなかったので、「心理試験」も初めて読んでみたらめちゃくちゃ面白かった。しかも主演に菅田将暉くんが決まったと。そこで映画ではできないようなことを、ここでやれるのではないかと思いました。
―― テレコムも「太宰治短編小説集」で既に文豪ものは体験済みだったわけですしね。
佐藤 小説の原文を活かすスタイルも、NHKとしては教養的な方向性もあったと思います。現に第1話「D坂の殺人事件」はその色が強かったのですが、僕と渋江さんは異質なものを作ってしまい、結局その方向性で以後が作られることになってしまった(笑)。
《新!少年探偵団》第1回「怪人二十面相」より ©NHK
――「心理試験」の明智小五郎は男として捉えられてない感があって、あくまでも満島ひかりという女優が演じた探偵とでもいいますか、性別を超越している。
佐藤「D坂の殺人事件』の明智小五郎は完全に「男」として撮られていたそうで、一方で僕が「心理試験」の小説を読んだら明智の台詞が限りなく女言葉だったんですよ。ならばこちらは「男も女も両方だ!」って感じでいきましょうと満島さんと打ち合わせしていきました。最初のカットを撮ったときも満島さんから「こんなに女っぽくていいんですか?」って聞かれて、そのくらいのほうがいいですと答えましたね。
―― 音楽に歌謡曲など時代を超越したものを挿入するスタイルもユニークですね。
佐藤 そういえば満島さんと初めて打ち合わせしたときに「オープニングは欧陽菲菲でいきますから」って言ってました(笑)。これはもう直感としか言いようがないですね。菅田くんと嶋田久作さんが絡むシーンでは、絶対に丸山圭子の『どうぞこのまま』をかけると、命がけで決めてました。これを反対されたら辞めようとまで思ってたくらいイメージがありました。
江戸川乱歩と横溝正史の世界双方を手掛けることの幸せ
―― 第1弾が好評で、第2弾「妖しい愛の物語」(16)では「何者」を、第3弾「満島ひかり×江戸川乱歩」(18)では「お勢登場」を佐藤監督は続投されました。
佐藤「何者」の明智はツナギを着てますけど、どこまで女でいていいのかも試してやろうと(笑)。ちょうど「シリーズ横溝正史短編集」第1弾の『金田一耕助登場!』」(16)の「殺人鬼」と一緒の時期に撮ってましたけど、乱歩と横溝を同時に演出できることの幸せを、世代的にも大いに体感することができましたね。
第3期は明智小五郎を登場させず、満島さんは完全に女性を演じるということで、僕は「お勢登場」か「人でなしの恋」をやりたいと。渋江さんがどうしても「人でなしの恋」をやりたいということで、僕は「お勢登場」をやることになりました。
第3期は満島さんにとってプレッシャーもあったようです。つまりそれまでは男を演じてたのが、ここでは女を演じる。つまりこのシリーズの中で「女」であるということが、ちゃんと芝居で出ないといけない。
―― でも「お勢登場」の悪女ぶりは実に艶めかしくて良かった。
佐藤 明智のライバルといえば怪人二十面相ですが、もともと乱歩はお勢を明智のライバルにしようと考えていたようで、そのことを満島さんに話したら、彼女も役に入りやすくなったみたいで、結果としても素晴らしかったですね。
–{怪人二十面相の正体とは?そして本来の姿とは?}–
怪人二十面相の正体とは?そして本来の姿とは?
―― では、いよいよ3月23日から始まる第4弾「シリーズ江戸川乱歩短編集Ⅳ『新!少年探偵団』」ですが、佐藤監督は第1話「怪人二十面相」を演出されてます。
佐藤 このシリーズこそ満島さんが本当にやりたかったことで、まさに子どものころからの悲願がようやく実ったわけですよね。
―― 今回はかなりファミリー層に向けたポップな作りにもなっていますね。
佐藤 実は最初「少年探偵団」という題材に対してスタッフはどうアプローチすればいいか迷っていたみたいですが、僕は「乱歩自身も子ども向けに書いたのだから、それを踏襲しましょう。ただし大人も一緒に楽しめる作品に」と言いました。それでみんなすっと腑に落ちた感じになって、その後はもう一直線に。いや、もうそれこそTVドラマ「少年探偵団(BD7)」(75~76)の主題歌をかけようかと思ったくらいでしたが、さすがにそこはぐっとこらえました(笑)。
《新!少年探偵団》第1回「怪人二十面相」より ©NHK
――でも、その「少年探偵団(BD7)」で二十面相を演じていた団時朗さんと、実相寺昭雄監督の乱歩映画で明智小五郎を演じていた嶋田久作さんを今回キャスティングされてます。
佐藤 お二方には今回どうしても出ていただきたかったので、決まったときは本当に嬉しかったですね。団さんは「帰ってきたウルトラマン」も含めて子どものころから憧れの存在でしたし、嶋田さんは「心理試験」にも出ていただきましたが、やはり乱歩の世界がすごく似合う俳優さんだと思っています。
―― 実際のところ、今回の二十面相のキャラクターはどういう風に描出しているのですか?
佐藤 今回原作通りにやっていますが、それがどういうことかと言いますと、二十面相って普通覆面をしてマント姿で、みたいなものを思い浮かべると思うんですけど、原作には一切そういう描写はないんですね。つまり、それは誰かが具現化したときに施した改変であって、実際は誰が二十面相かわからないということで貫かれているんです。
ですから今回はニュートラルな立ち位置で演出しました。そして二十面相に扮しているそれぞれの役者さんたちには「笑い方」で統一させています。みなさんには見本として『ジョーカー』の主人公の笑い方を参考にしてもらいました。
今回は明智と二十面相が東京駅のホテルで初めて顔を合わせるシーンがあるんですけど、そこは力を入れたというか、あえて違う手法で挑戦していますので、そこもお楽しみに。自分自身、できればこれからも「明智小五郎VS怪人二十面相」の世界は続けていきたいですね。
《新!少年探偵団》第1回「怪人二十面相」より ©NHK
―― 劇場用映画化なんてものも期待したいところですが。
佐藤 実は僕も望んでいます。ただ、それが実現する暁には、劇中で使用する歌の著作権をクリアする作業とか大変になるかも(笑)。
–{普通の映画ファンから脚本家を目指して}–
普通の映画ファンから脚本家を目指して
――ではここからは佐藤監督の映画的キャリアを振り返っていただきたいと思います。
佐藤 僕は関西の出身で、学生時代から普通に映画ファンではありましたが、それでメシを食おうなんて微塵も思ってなくて、大学卒業後は教科書の出版社に就職してました。でも当時は1980年代ビデオ・ブームで、いろいろな作品をレンタルして見ていくうちに、映画に精通している人たちと話をしたいと思うようになっていったんです。
そんなとき、新聞で藤本義一さん主宰の心斎橋大学という脚本スクールの存在を知って、そこに入って脚本を書き始めたら藤本さんに褒めてもらえて、小さな賞までいただいたんですよ。それでもうこの道へ進みたいと思うようになって、何のあてもなく東京へ出てきたんです。
―― そこで当時のキネマ旬報社社長・黒井和男氏と出会うわけですね。
佐藤 ちょうどキネ旬が社員募集をしていたので応募して、最初は書類審査で落ちていたらしいのですが、受かった人がすぐに辞めちゃって、それで面接をやり直すことになり、最終的に僕が受かったのですが……、社員といっても編集部とかではなく映画部。と言ってもそこは実質的には解散した後で、つまりは黒井さんの運転手兼秘書の募集だった(苦笑)。
もう全然話が違うし、初日から逃げようかと思ったんですけど、それも癪というか、逆にこれだけとんでもない人にどこまで仕えることができるかやってみようという気にもなりまして、それで1990年代はずっと……。しばらくして黒井さんは西友映画事業部に移ることになり、そのまま誘っていただいてご一緒することになりました。
―― 90年代後半の札幌映像セミナーなど映像作家の発掘活動もされてました。
佐藤 黒井さんから「お前やれ」ということで(笑)。脚本を募集して、10人ほどを選抜して札幌で合宿させ、その中から良い作品ができたら映画化していこうという趣旨で始めました。実際に『〔Focus〕』(96)『月とキャベツ』(96)などが、ここから映画化することができましたね。
ただ、そうなってくると、もともと脚本家をめざして東京に来たという想いが蘇ってきて、それで周囲に内緒で自分も佐藤佐吉のペンネームで脚本を書いて応募したら、何とそれが受かってしまった(笑)。これが問題になったりしていく半面、犬童一心さんや三池崇史さんと親しくなるきっかけにもなりまして、そうこうしているうちにやはり脚本家の道を歩んでみたいということで、タイミング的にも映画事業部解散と重なって、離れることにしたんです。
–{偶然に偶然が重なっての映画監督デビュー}–
偶然に偶然が重なっての映画監督デビュー
―― その後『金髪の草原』(99)で脚本家デビューを飾ることになるわけですね。
佐藤 そこに至るまで、いろいろと声がけしてもらえた企画が全然通らなくて、1年半くらいは無収入に近い状況だったのがつらかったですね。犬童さんとも『金髪の草原』以前に何本も企画があった中で、ようやくこれだけが通ったんです。もう35歳になってました。
―― その後『東京ゾンビ』(05)で監督デビューに至った理由は?
佐藤 これがもう本当に偶然なんですけど、当時僕は高円寺に住んでいて、行きつけのマッサージ屋さんで「あの待合室にいる人が、花くまゆうさくさんだよ」ということで紹介されて知り合いになり、そこから『東京ゾンビ』の実写映画化企画に関わることになり、もともと映画の中で徹底的に「笑い」に拘ってみたいという気持ちもあったもので、「僕が監督もさせてくれるのなら脚本を書きます」と言っちゃったんです。
そうしたらプロデューサーから「キャスティングは誰を考えている?」となって、あちらから浅野忠信さんを推されて絶対駄目だろうと思ってオファーしてみたら、何と興味を示してもらえた。
ただし組む相手役は誰か?ってことになって、思わず僕が『極道恐怖大劇場 牛頭GOZU』(03)の脚本をやった直後だったもので、哀川翔さんの名前を挙げてしまった。浅野さんは、哀川さんが出るなら自分も出ると。
そこで哀川さんサイドに相談したら、ご本人は当初ハゲ頭になるのが嫌だっていうのですが、事務所社長でもある奥さんが乗ってくれて、お子さんたちも巻き込んで「ハゲのお父さんもかっこいい」なんて説得してもらえて、それで承諾してもらえた。そして僕は何と監督デビューすることになったわけです(笑)。
既成の映画では成し得ないNHKドラマの可能性
―― 最近の映画監督作として『黒い乙女 Q&A』二部作(19)があります。小品ではありますが、美少女サスペンス・ホラーの秀作でしたね。
佐藤 自分の中のホラーに対する想いみたいなものをすべて吐き出してやりたいということと、またカメラマンが優秀で、こちらの希望を全部聞いていろいろ調べながらやってくれたので、とても良い画が撮れたし、主演の浅川梨奈さんと北香耶さんもすごく頑張ってくれました。ただ、諸事情で2部作にしないといけなくなったことで、後編のバランスが悪くなってしまった。今でも僕は1本にまとめて発表し直したいと思っています。
―― ご自身の転機となった作品とかございますか。
佐藤 これが先ほども話したTV「谷グチ夫妻」なんですよ。あのときの栢野直樹キャメラマンが企画にすごく乗ってくれまして、小津映画みたいな面白い画をいろいろ撮ってもらえたんです。それまでは自分の考える面白さを出したいと思っていたのが、この作品を機に、素晴らしいスタッフやキャストに自由にやってもらった方が逆に自分が思っているものに近づけるのではないかと。そう思い始めたときに「心理試験」の話が来たんです。
いずれにしましても、既成の映画ではできないことが「谷グチ夫妻」でも、一連の乱歩シリーズでも実現できている。そういったところでも、NHKのドラマ制作の可能性みたいなものをしかと感じたりしていますし、今回の「怪人二十面相」にもそういった面白さみたいなものが活かされていることを確信しています。ぜひお楽しみにご覧になってみてください!
(取材・文:増當竜也)
–{佐藤佐吉プロフィール}–
佐藤佐吉プロフィール
1964年5月13日、大阪府出身。1999年『金髪の草原』で脚本家デビュー。2005年『東京ゾンビ』で劇場長編映画監督デビュー。その後の映画監督&脚本作品に『平凡ポンチ』(08)『昆虫探偵ヨシダヨシミ』(10)『半分処女とゼロ男』(11)『東京闇虫』3部作(13~15)『奴隷区 僕と23人の奴隷』(14)『黒い乙女』Q&A2部作(19)など。脚本作に『殺し屋1』(01)『スワンズソング』(02)『トーリ』(03)『運命人間』(04)『気まぐれロボット』(07)『彼岸島デラックス』(16)『麻雀放浪記2020』(19)などがある。2011年のオーバーハウゼン国際短編映画祭にて、坂本龍一総合監修《にほんのうた》シリーズの一編として監督した『春の小川』が審査員特別賞を受賞。俳優としても『ヤンヤン 夏の想い出』(00)『キル・ビル』(03)『アフター・スクール』(08)『電人ザボーガー』(11)『破門ふたりのヤクビョーガミ』(17)『スパイの妻』(20)など意欲的に活躍中。
※「シリーズ・江戸川乱歩短編集Ⅳ『新!少年探偵団』」
NHKBSプレミアムで3月23日(火)19時より3夜連続で放送。
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