『椿の庭』レビュー:静謐な時間の流れがそのまま映画に

デフォルト

70年代後半に写真を学び80年代から数多くの広告写真を手掛け数多くの賞を受賞してきた写真界の巨匠・上田義彦。そんな彼が構想15年ののちに、監督に加えて脚本・撮影・編集も手掛けた映画が『椿の庭』。本作が初監督作品となる上田義彦ですが、写真家特有の美意識が詰まった美麗な映像と穏やかに流れる時間への愛情を感じることができます。

 
主演は1960年代から第一線で活躍し続ける大ベテランの富司純子とシム・ウンギョン。シム・ウンギョンは映画『新聞記者』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞するなど日本でも活躍の場を拡げ、映画では『ブルーアワーにぶっ飛ばす』『架空OL日記』、ドラマでは「アノニマス~警視庁“指殺人”対策室~」になどに出演しています。

共演に鈴木京香、田辺誠一、清水綋治、三浦透子、宇野祥平、不破万作などベテランから若手までが揃い、さらに台湾の実力派俳優チャン・チェンも顔を出して、国際色の豊かな並びになっています。

あらすじ

「もし私がこの地から離れてしまったら、ここでの家族の記憶や、そう言うもの全て、思い出せなくなってしまうのかしら…?」

春:葉山の海を見下ろす坂の上の古民家を移築した一軒家、手入れの行き届いた庭には花々が綺麗に咲いています。老女・絹子の夫の四十九日法要のあと、東京から参列したその娘・陶子(鈴木京香)は、母の絹子が姉の娘の渚(シム・ウンギョン)と二人きりでこの家に暮らし続けていることが気が気でありません。

陶子は東京のマンションで一緒に暮らさないかと勧めますが、絹子は長年家族で暮らした思い出深いこの家から離れるつもりはないと言います。よく丹精されたその家の庭では、四季の移り変わりにあわせ、花が変わり、海からの風も変わり、季節を全身に浴びるように感じることができます。近づく夏の気配を感じながら、絹子と渚は朝食を共にします。

梅雨の季節:激しい雷雨に藤棚の花が散り、やがて雨蛙が現れだした頃、渚が家に帰ると、玄関に見慣れない男物の靴がありました。絹子は相続税の問題で、訪ねてきた税理士からこの家を手放すことを求められていたのでした。絹子の悲痛な表情に渚は胸を痛めます。

盛夏:お盆に訪ねてきた夫の友人と、若い頃の思い出話に花を咲かせる絹子。渚は、このところ元気のなかった絹子が久しぶりに見せた笑顔に安堵します。しかし、その直後、絹子は過労から倒れてしまいます。

そして季節は秋から冬へ……絹子にも、渚にも人生の新しい局面が迫ってきます。

–{住む人の映し鏡としての家屋の在り方}–

住む人の映し鏡としての家屋の在り方

物語はこの古民家かからほとんど外に出ることはありません。映し出されるのは手入れの行き届いた庭と、これも手入れが行き届いた邸宅の中だけ。外に出るのは散歩のシーンぐらいです。

これはそのまま今の絹子の生活を現していると言えるでしょう。日本文化に慣れていない孫の渚と、東京から何かと世話を焼きに来てくれる陶子が絹子と外界を繋ぐ存在です。

あとは月に訪ねてくる茶道の教え子とごくたまに遠方から訪ねてくる古い友人ぐらいです。これは人が老いることが孤独になることであることを示してくれています。このことが良いことなのか悪いことなのかという話ではなく、ただ、自然の流れとしてそうなるものだと映画『椿の庭』は語っています。

その一方で家の美しさ、庭の手入れの良さはそのまま絹子という人の人生(時の流れ)の“これまで”と“今”がとても輝いている、美しくあるものだとも映画は示しています。時の流れ、ある種の自然の在り方をそのままに穏やかで慈愛に満ちた視線で描き、切り取った映画、『椿の庭』はそんな映画と言えるでしょう。富司純子の凛とし佇まいがあるがゆえにそんな部分がより一層際立って見えます。

–{写真家が映画監督となる時}–

写真家が映画監督となる時

写真家として知られている人たちが映画を手掛けると言うこと過去にも例があります。すぐに思いつくのは蜷川実花でしょうか?『さくらん』で2007年に長編監督デビューするとその後、『ヘルタースケルター』『Diner ダイナー』『人間失格 太宰治と3人の女たち』とこれまで4本の長編映画を手掛けています。また多くのPVなども監督。AKB48の「ヘビーローテーション」などは有名ですね。

紀里谷和明も写真家であると同時映像作家としての顔を持っています。『CASSHERN』『GOEMON』の煌めくようなCGの嵐は今も強い印象に残っています。海外資本で忠臣蔵を翻案した『ラスト・ナイツ』という映画も撮っていましたね。他にも若木信吾、操上和美などなど調べ始めればきりがありません。

海外の例で言えばさらに深くサイレント時代のマン・レイなどまでさかのぼってしまいます。ヴィム・ヴェンダースやソフィア・コッポラなども写真家としての顔を持っていますね。ジャーナリストとしての視点からドキュメンタリー映画を手掛ける監督も少なくありません。

素人感覚では一瞬を一枚に切り取る写真と動画の連続である映画とでは大きな違いがあるように感じますが、写真家の多くは一枚の写真の裏側に多くのバックグランド・背景を込めているもので、映画監督という職業と写真家という職業は、実は遠いようで近いような存在なのかもしれませんね。

本作『椿の庭』では上田義彦監督が本編撮影も担当、自ら写真と映画の橋渡し役を担っていると言えるかもしれません。

–{ 人間の生きていることの儚さと美しさと}–

 人間の生きていることの儚さと美しさと

あらすじにも書いたとおり、本作『椿の庭』は劇中で、特段大きな出来事があるわけではありません。ただ移ろう季節を背景に古民家でのミニマムな家族のきずなと、老女の人生の一つの時間を切り取って語っているだけです。

ただ、そこに富司純子とシム・ウンギョン、そして鈴木京香という、三世代のそれぞれ“凛とした美しさの部分”を持ち合わせた女優を得たことで、ドラマに大きな縦軸、しっかりとした柱が生まれ、結果としてこの静かな物語を最後まで目が離せなくなります。

舞台となる古民家とその美しい庭の木々と花々、その先に見える海の映像は美麗という言葉以外にちょっと表現のしようがない美しさで、写真家として上田義彦の顔を見ることができるといえるでしょう。

映画『椿の庭』は儚いけれど美しい、(自然の一部である)人間の生きることの在り方を緩やかな時間の流れに乗せて感じることができる、そんな作品に仕上がっています。

(文:村松健太郎)

–{『椿の庭』作品情報}–

『椿の庭』作品情報

ストーリー
「もし私がこの地から離れてしまったら、ここでの家族の記憶や、
そういうもの全て、思い出せなくなってしまうのかしら」


葉山の海を見下ろす坂の上の古民家を移築した一軒家。絹子の夫の四十九日の法要が行われた。法要のあと、東京から参列した娘・陶子は、年老いた母がいまだ、姉の娘の渚と二人きりでこの家に暮らし続けていることが気が気でない。東京のマンションで一緒に暮らそうと勧めるが、絹子は長年家族で暮らした思い出深いこの家から離れるつもりはない、と言う。

よく丹精されたその家の庭では、四季の移り変わりにあわせ、花が変わり、海からの風も変わり、季節を全身に浴びるように感じることができる。今日も近づく夏の気配を感じながら、朝食をとる二人。

梅雨
激しい雷雨に藤棚の花が散り、やがて雨蛙が現れだした頃、渚が家に帰ると、玄関に見慣れない男物の靴が……。絹子は相続税の問題で、訪ねてきた税理士からこの家を手放すことを求められていた。絹子の悲痛な表情に胸を痛める渚。

盛夏
お盆に訪ねてきた夫の友人と、若い頃の思い出話に花を咲かせる絹子。渚は、このところ元気のなかった祖母が久しぶりに見せた笑顔に安堵する。だが、その直後、絹子は過労から倒れ込み、病院に担ぎ込まれる。

そして季節は秋から冬へ……絹子にも、渚にも、人生の新しい決断の時が迫っていた。
 
予告編

   

基本情報
出演:富司純子/シム・ウンギョン/鈴木京香/チャン・チェン/田辺誠一/清水綋治 ほか
 
監督:上田義彦
 
製作国:日本

公開日:2021年4月9日

上映時間:128分