吉本隆明はエッセイで、孤独な時間こそが人の価値を高めると書いた。自身の娘が小さいころ、一人で没頭している様子を見かけたら、タバコの調達を頼むことも控えたのだそうだ。
パレスチナの映画監督、エリア・スレイマンによる『天国にちがいない』は繊細でエレガントな映像と、そこに紛れませた孤独を感じる映画であった。パレスチナ人である彼のアイデンティティ、すなわち本来なら世界が放っておいてはならないことにも否応なしに直面させられる。だが重たさはなくオシャレで、ユーモアや皮肉も効いている。
あらすじはこうだ。映画の企画を手にしたスレイマンが故郷・パレスチナのナザレを出発し、パリ、ニューヨークを旅し、そして再びナザレへと戻ってくる。自宅に閉じこもっているわけではない。外の世界に出ることで、孤独が深まっていくところに面白さがある。カフェや公園、地下鉄などで多様な場面と人に出くわすがどこか馴染めず、居心地は良くはない。異国の地で外堀がどんどん埋められていく、そんな感覚を観客も一緒に感じることになる。
たとえばパリのカフェ。なぜか席に座っている客はスレイマンひとりきり。街ゆく女性たちはすらりと伸びた脚をさらしながら我が物顔で闊歩している。またはニューヨーク。いつもどおり都会らしいエネギルッシュさがあるが、ここもなんだかおかしい。よく見ると食料品を手にした買い物帰りの女性、ベビーカーを押すママたちなど道ゆく人は皆、銃やライフルを携帯している。まるでスマホを持ち歩いているように。
一つ一つの場面はいうならばちょっと変わったファンタジー。スレイマンの心の目が見ているものである。世の中は見方によっては奇異で理不尽で、こんなにも理解不能なのである。
映画の最初は正直、ややわかりにくかった。消化不良のままシーンは次へ切り替わり、割り切れないほろ苦さがワインの残滓のように残る。映画が進み、余韻がいくつも重なって像を結び始めたとき、メッセージが浮かび上がった。それは主人公が自分とがピタリと同化した瞬間に起こった。出自に関わらず、孤独は誰でにもあり、かつ尊いものだと。
(文:山本陽子)
–{『天国にちがいない』作品情報}–
『天国にちがいない』作品情報
ストーリー
映画監督であるエリア・スレイマンは、新作の企画を売り込むため、そして新たなる故郷を探すため、ナザレからパリ、ニューヨークへと旅に出る。パリでは道行くお洒落なパリジャンや美しい景観に見惚れながらも、街を走る戦車、炊き出しに並ぶ大勢の人、救護されるホームレスを目にする。ニューヨークでは、映画学校の講演会で対談相手の教師から「あなたは真の流浪人ですか?」と唐突に質問をされ呆気に取られ、街で銃を持つ市民、上空を旋回するヘリコプター、セントラルパークで警官に追われ逃げ回る裸の天使を目の当たりにする。そんななか、友人であるガエル・ガルシア・ベルナルの計らいにより映画会社のプロデューサーを紹介されるが、新作の企画はあっけなく断られてしまう。パリからニューヨーク、いかに遠くへ行こうとも、平和と秩序があるとされる街にいようとも、何かがいつも彼に故郷を思い起こさせる。まるで、どこに行っても同じ――。この世界はパレスチナの縮図なのか。そこで彼はある根本的な疑問を投げかける。我々の“故郷”と呼べる場所とはいったい何なのか……。
予告編
基本情報
出演:エリア・スレイマン/ガエル・ガルシア・ベルナル/タリク・コプティ/アリ・スレイマン
監督:エリア・スレイマン
製作国:フランス・カタール・ドイツ・カナダ・トルコ・パレスチナ
公開日:2021年1月29日
上映時間:102分
配給:アルバトロス・フィルム/クロックワークス