『海辺のエトランゼ』ネタバレレビュー|純愛を豊かな自然と色と光で魅せる

映画コラム

2020年、夏の終わり。新型コロナウイルスのせいで気軽に旅に行けない寂しさやもどかしさを抱えていた私を、ある映画が連れ出してくれました。

私を沖縄の離島へ連れて行ってくれたのは、映画『海辺のエトランゼ』。そしてその旅先の豊かな自然とのんびりとした日常の中で見たふたりの青年の純愛に、心が洗われたのです。

序盤とラストで正反対の顔を見せる海と風

映画の冒頭でこの物語の主人公の1人 知花実央(ちばなみお・以下、実央)は、海辺のベンチで向かい風を浴びながら真っ暗な海を一人眺めていました。この描写に、実央が「生涯孤独」であることを突きつけられた気がしたのです。

実央は幼い頃に、海の事故で父親を、高校生の頃に母親を亡くしています。そんな彼にとって海は、大切な人との別れを実感し、今目の前にある孤独と対峙しなければならない辛い場所でしょう。しかもそこに吹くのは、前に進むのを阻む向かい風。お前は「孤独なんだ」と言わんばかりの真っ暗な海を眺めるシーンは、実央が抱える大きな寂しさを物語っていました。

しかしその海はラスト、表情を180度変えます。

それは恋人の橋本駿(はしもとしゅん・以下、駿)が、地元の北海道に帰ると決めたシーンでのこと。再び1人になることを覚悟した実央に駿は、「一緒に行こう」と声をかけます。その時実央は「海入ろう」と言って駿の手を取り、これまで孤独を突きつけるだけの場所だった海に自ら飛び込んでいったのです。白い水しぶきが上がるキラキラと輝く海で、駿と手を重ね喜びを爆発させる美央からは、孤独から解き放たれたことが伝わってくるようでした。

そして北海道に向かう日。両親のお墓に向かって新たな旅立ちを報告した実央に吹いたのは、追い風。お墓から実央の背中を押すように風が吹いたのです。この風に、実央の両親からの深い愛を感じずにはいられませんでした。

▲ラストの海のシーンは動画の1:37あたり 追い風のシーンは1:08あたり

実央は、書面上では生涯孤独なのかもしれません。ただこれから先どんなにつらいことや苦しいことと向かい合う時が来ても実央は、両親と過ごした時間と「ふたりで一緒にいよう」と確かめあった駿とともに生きていくのだろう――。『海辺のエトランゼ』で描かれた沖縄の離島の海と風は、そんな希望を見事に表現していたと思います。

–{ふたりの心を結ぶ沖縄の花々}–

ふたりの心を結ぶ沖縄の花々

『海辺のエトランゼ』には、生命力にあふれた色鮮やかな花もたくさん登場します。中でも、駿と実央の関係が一気に近づくシーンの背景にあった3つの花に、目を奪われた人も多いのではないでしょうか。

パンフレットによると、ふたりの背景にあった花は赤紫と白のブーゲンビリアと赤色のニトベカズラ。これらの花々の花言葉とその配置を紐解くと、背景にも深い意味が見えてくるのです。

駿の背景に描かれていたのは、「情熱」「あなたしか見えない」という花言葉を持つ赤紫のブーゲンビリア。同性愛者の駿は過去に世間の冷たい目にさらされてきた経験から、好きになった相手に好意を向けることに恐怖を抱いていました。そんな彼が実央にだけは、その恐怖を忘れて「単純に気になって話してみたかった」と純粋な好意で声をかけるのです。赤紫のブーゲンビリアは、実央への“ただの下心”を抑えられなかった駿のための花と言えるでしょう。

そして駿と対面する実央のバックにあるのは、白のブーゲンビリア。「熱心な気持ち」「あなたは素敵」という花言葉を持つ花です。高校生の頃の実央は、周囲から周囲に「独りでかわいそうな子」だとレッテルを貼られることに嫌気がさしていました。ただ駿だけは、純粋な好意で自分に興味を持ってくれたわけです。その事実は実央にとって、大きな救いだったに違いありません。自分にまっすぐな好意を向けてくれた駿に対する、「君だから好きなんだ」という実央の想いを具現化した花が、白のブーゲンビリアだったのではないでしょうか。

そしてふたりの間に咲き誇るのは、「愛の鎖」を花言葉に持つ赤色のニトベカズラ。「実央しか見えていない駿」と「駿が素敵だと思う実央」が、「愛の鎖」で繋がれる……。このシーンでふたりの距離が一気縮まったと感じるのは、必然なのかもしれません。

また公式Twitterによると、実央が3年経って島に戻ってきたシーンで海辺のベンチに咲き誇っていたのは、オオバナアリアケカズラという花なのだそう。しかもその花言葉は「恋に落ちる前」「永遠の幸せ」「楽しい追憶」。3年離れている間に駿の“ただの下心”を真剣に受け止め考えた実央は、改めて駿に好きだと、一緒にいたいから戻ってきたと伝えます。まさにこれから恋を始め、寄り添って生きていくふたりのための花ではないでしょうか。

–{孤独と深い愛を表す月}–

孤独と深い愛を表す月

駿と実央の距離が縮まっていく描写は、夜空に浮かぶ月にも見られます。

映画の冒頭で実央が1人で座っていた海辺のベンチ。その上に浮かんでいるのは、半月でした。そしてブーゲンビリアとニトベカズラのシーンを経てふたりの距離は縮まりますが、そのあとすぐに実央が島を出ることが発覚します。離れてしまう寂しさを胸に海辺のベンチに並んで座るふたりの上に輝いていたのは、柔らかな光を注ぐ満月でした。

これらの描写が示すのは、この作品における半月が孤独の象徴であるということ。

ゲイで好きになった相手と心も体も通じ合うことは叶わないと諦めてきた駿と、家族がいなくなる寂しさを痛感してきた実央は、ベクトルは違うものの「孤独」=「半月」を抱えて生きています。その半月と半月が合わさって満月になったから、想いが通じ合った、惹かれ合ったと考えるのは、ごく自然なことでしょう。

ただこのふたりの場合は、その満月の完成度が高いと感じるのです。

駿は「好きになった相手と通じ合いたい」という半月を、実央は「家族のように誰かとずっと一緒に生きたい」という半月を、心の奥底に大事に大事にしまっていたように思います。ふたりにとってその「本当は心のそこから欲しいもの」を隙間なく満たしてくれる相手が、駿であり実央なのです。

ふたりの上に輝く美しい満月は、惹かれ合うべくして惹かれ合った駿と実央の深い愛を感じさせてくれるシーンだったと思います。

人生の光となる存在を示唆する街灯

夜はほぼ真っ暗になる、駿と実央が生きる沖縄の離島。その暗闇の中でひと際目立つのが、数少ない街灯の光です。この光にも、ふたりの未来の関係性を仄めかすメッセージが隠されていました。

映画の序盤で駿は、海辺のベンチに座る実央を遠いところから見ていました。その時に実央を照らしていたのは、街灯のライト。その様子はさながら、舞台のキャストにスポットライトがあたっているかのようでした。また街灯の光は駿にもあてられます。実央にお店のパンをおすそ分けするシーンで駿は、舞台に立つ役者のごとく暗闇に浮かんでいました。

この街灯スポットライトのシーンでとられていたのは、街灯に照らされていない方は暗闇にいるという構図。この構図は、駿と実央にとって互いが互いの「光」「道しるべ」となることを示唆していたのではないかと考えられます。

スポットライトのシーンは、まだ駿が実央に“下心”で声をかける前。街灯と暗闇のコントラストは、駿と実央が互いにとって「光」のような存在と出会ったことを印象づける描写だったと思います。

–{モノクロに浮かぶ真っ赤な恋心}–

モノクロに浮かぶ真っ赤な恋心

全編通して、生命力みなぎる鮮やかな色彩と背景が印象的な作品だった『海辺のエトランゼ』。しかしある場所を描くときだけは、その色鮮やかな景色とは正反対の風景が広がっていました。それは、駿の生まれ故郷である北海道のシーンです。

駿にとって北海道は、生きづらさを感じていた苦しい思い出がある場所。そのため幼なじみであり婚約者でもあった桜子との結婚式当日や高校時代のシーンは、限りなくモノクロに近い、彩度を落としたセピアな風景でした。

そんな世界の中で異様なほどに浮かんでいたのが、桜子の赤ふきの白無垢とバレンタインチョコです。

桜子には、駿から結婚式当日に破談されたという過去があります。桜子は駿が女の人を好きになれないこと、家族を安心させるためだけに結婚すると決めたことを知りつつも、好きだからという理由で婚約するくらい彼のことを愛していました。そんな桜子の駿への想いの強さが、彩度を落とした景色の中に異様に浮く赤色だったのだろうと思います。

きっとこの“赤色”に秘められた想いを想像した人はきっと、沖縄にやってきた桜子に対して駿が言い放った「お前関係ないだろ」というセリフに腹立たしさを覚えるでしょう。

沖縄の離島の日常と、ふたりの純愛

豊かな自然や光、色の描写を通して見る駿と実央の純愛は、「ふたりなら、きっと大丈夫。」「特別じゃない、ただ恋をしている。」という映画のキャッチコピーの伏線をしっかりと回収したと思っています。

ふたりにとって「恋をする」「大好きな人と一緒にいる」は、食べる、働く、遊ぶ、寝るという生きる要素のあくまで1つ。

『海辺のエトランゼ』で「ふたりが沖縄の離島で、ともに生きている」という実感が味わえるのはきっと、表情やセリフだけでなく風景などの日常描写からも駿と実央の心情や関係性の変化を感じ取れたからこそだと思うのです。また自然や光、色だけでここまで人の心理が描けているところに、この作品が映像化された意味を強く感じました。

とここまで長々と書いてきましたが、お伝えしたいことはただ1つ。『海辺のエトランゼ』のBlu-ray/DVDが2021年2月24日に発売されるので、ちょっと旅行気分が味わいたい人、荒んだ心を癒したい人は観てほしい、ということです。沖縄の離島の日常の中でゆったりと淡々と育まれていく駿と実央のあたたかな恋はきっと、疲れた心に染み渡り、癒してくれるでしょう。

(文:クリス)

–{『海辺のエトランゼ』作品情報}–

『海辺のエトランゼ』作品情報

ストーリー
小説家を目指す青年・橋本駿(声:村田太志)は、ある事情で実家を飛び出し、沖縄の離島の民宿に身を寄せている。ある日、海辺で物憂げに佇む少年・知花実央(松岡禎丞)を見かけ、思わず声をかける。若くして両親を失い、親戚の家に預けられていた実央は、それをきっかけに駿のことを意識し始めるが、彼は島を離れなければならなかった。「はやく大人になりたい」と言い残し、実央は去っていく。3年後、少し大人になった実央が、駿のもとに戻ってくる……。 

予告編

 
基本情報
声の出演:橋本駿/村田太志/知花実央/松岡禎丞 ほか
 
監督・脚本・コンテ:大橋明代

原作:紀伊カンナ
 
製作国:日本

製作年:2020

公開年月日:2020年9月11日

上映時間:59分

配給:松竹ODS事業室