『すばらしき世界』レビュー:斬新な姿勢で元ヤクザの生きざまを描いた人間ドラマ

映画コラム

■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

このところヤクザを題材にした作品が微妙に増えてきている感があります。

ここ数か月だけでも井筒和幸監督の『無頼』、『ヤクザと家族』が公開されたばかり。

そんな中でもっとも異彩を放つとともに斬新なキャメラアイで元ヤクザの生きざまを描いた秀逸な人間ドラマが『すばらしき世界』であると断言できます。

西川美和監督と役所広司の初コンビ、見事なまでに大成功を収めています!

カタギになろうと腐心するもう若くはない男の悲哀と狂気

『すばらしき世界』は、冬の旭川刑務所から一人の男が出所するところから始まります。

男の名前は三上正夫(役所広司)。

13年の長きにわたって投獄されていた彼は、久々のシャバで身元引受人の弁護士・庄司(橋爪功)とその妻(梶芽衣子)に優しくされ、思わず泣き出してしまいます。

人生も後半戦にさしかかり、高血圧の持病もあってこれからはゆっくりと、そしてカタギとして心を入れ替えて、残りの人生をやり直そうと心に誓っています。

そんな折、TV制作会社を辞めて生活に困窮している津乃田(仲村太賀)に、やり手のプロデューサー吉澤(長澤まさみ)から仕事の依頼が。

それは三上が社会復帰していき別れた母親と再会するまでのストーリーを構築した感動ドキュメンタリー番組を作るべく、彼を取材するというものでした。

津乃田は刑務所の受刑者の経歴を記した“身分帳”に目を通して、三上の過去を洗います。

福岡の母と4歳の時に生き別れ、10代半ばで暴力団に入って前科10犯を重ね、13年前にヤクザを日本刀でめった刺しにして殺したという凄絶な三上の過去……。

一方で、下町のおんぼろアパートで始まった三上の新生活。

しかし生来の気の短さや曲がったことが大嫌いな彼は、今の法律や都会の流儀にどうしてもなじめず、ストレスはたまり血圧も上がる一方で、時に多くの面前で声を荒げてしまうこともあります。

そしてある日、津乃田はチンピラふたりに絡まれているサラリーマンを助けようとした三上が、そのふたりを半殺しにしてしまうのを目の当たりにしてしまうのでした……。

結局、普通の生活など望むべくもないことを悟った三上は、昔馴染みの兄貴分で九州の暴力団組長(白竜)とその妻(キムラ緑子)の元へ身を寄せるのですが……。

–{罪と人と社会の関係性を追求し続ける西川美和監督}–

罪と人と社会の関係性を追求し続ける西川美和監督

一言で申せば、打ちのめされました。

これまでヤクザ映画はそこそこ見てきているほうではありますが、こんな斬新なアプローチで前科者と現代社会の関係性を見据えた作品は類がありません。

たとえば最近公開されたばかりの『ヤクザと家族』にしても、反社と激しく非難されるヤクザ社会の“今”にメスを入れた斬新な作品として評されてはいますが、作劇そのものは意外と半世紀以上前の東映やくざ映画のパターンと変わるところはありません。

これならまだ一人のヤクザの50年の人生の歩みを描いた『無頼』のクライマックス、9.11テロの映像を見て仰天しているヤクザたちの表情を捉えた一瞬のショットで、ヤクザの脅威がテロの脅威に移り変わっていく21世紀という者を如実に描いていたと思います。

もっとも、この『すばらしき世界』という作品そのものは、まったくもってヤクザ映画ではありません。

あくまでも元ヤクザの生きざまをスリリングに、熱く、そしてはかなく描いた人間ドラマであり、その点では西川美和監督のこれまでのキャリアと実に呼応し合う題材でもあります。

西川監督作品は犯罪、というよりも罪を犯した者たちの複雑な心理であったり、その背景であったり、また罪を犯した後の社会との関係性などを追求していくものが印象的に見受けられます。

『ゆれる』(06)『ディア・ドクター』(09)『夢売るふたり』(12)などはその代表格でしょう。

彼女の中に“罪と罰”といった人間の深層心理への探求心が強いのか? それとも単なる偶然なのか?

いずれにしましても、本作の主人公・三上もまた実に人情肌で人好きのする、単に友人関係を築くという点においては、とても良い奴であるのでしょう。
(彼よりも性格が悪く陰湿なインテリ系の隠れDVな輩など、本当にうんざりするほどいますしね)

しかし一方では、感情のコントロールが効かないまま、時に狂気の行動すらお構いなしに突っ走ってしまうという、長年染みついた習性は、長年刑務所暮らしを経た後でも払拭しきれるものではないという、人生の非情……。

そんな男の喜怒哀楽を、今やベテランとか名優とかいった言葉では収まりがつかないほどの“すばらしき世界”を常に銀幕で披露し続ける役所広司が、さらなる意欲を以って体現してくれているのです。

–{役所広司が見事に体現する“すばらしき世界”を求める男}–

役所広司が見事に体現する“すばらしき世界”を求める男

これまで役所広司は善悪問わずさまざまな役柄を演じてきていますが、どれひとつとしてパターンにはまったものがないのが大きな特徴であり、魅力であるともいえるでしょう。

たとえば彼が大いに注目されることになった1996年、社交ダンスを題材にしたヒューマン・ラブストーリーの『Shall we ダンス?』と、何とシャブを世の皆様方に使っていただくことが善行であると信じて疑わない驚愕のトンデモ・ヤクザに扮した『シャブ極道』、そして静謐の極みともいえる『眠る男』と、3本の映画が公開されています。

一体どれが本当の彼なのか?(いや、もちろんどれも“役”でしかないのですが)

それでいてカメレオン的な異色派としてのイメージはつかず、あくまでもスターとしての矜持を保ち得ているあたりが、彼の卓抜したところもであます。

西川美和監督は、役所広司が主演した1991年のテレビドラマ「実録犯罪史シリーズ/恐怖の二十四時間 連続殺人鬼 西口彰の最期」を見て以来、彼に惹かれ続けてきての今回のキャスティングだったそうです。

西口彰とは、本作の原案でもあるノンフィクション小説「身分帳」を記した佐木隆三の犯罪小説「復讐するは我にあり」(1979年に今村昌平監督のメガホンで映画化もされてます)のモデルになった人物でもあります。

「身分帳」そのものは今から30年以上前の1990年に刊行されており、西口彰も戦中戦後の闇を引きずって犯罪を重ねてきた男でした。

しかし本作は、ヤクザ=反社と厳しく糾弾されるようになって久しい21世紀の現代、それこそかつての戦争の影響を受ける術もない世代が生きる“今”に設定を据えています。

「前科者の更生は難しい」といったモチーフ自体は決して新しいものではなく、それこそ『ヤクザと家族』でも描かれていますが、あの作品の主人公らは世間の心ない偏見に屈し、結局は元の世界に戻っていかざるを得なくなりました(これも古くからのヤクザ映画のパターンです)。

ところが本作は、そうした難しさの中でひとりの人間が悶え苦しみ、時に元の世界に戻ろうかと思いつつ、実はそれすらも叶わないという現代社会の皮肉の中、健気に、前向きに生を全うしようと腐心し続けていきます。

その生きざまは前科がどうこうのレベルなど優に超越した次元で、見る者に何某かの感動をもたらしてくれます。

タイトルの“すばらしき世界”とは実に皮肉なもので、実は全く素晴らしくも何ともない、それこそ反吐が出そうな現代社会の中、本作の主人公は“すばらしき世界”を見出そうと欲し続けていくのでした。

こういった感慨をもたらしてくれる映画を撮れるのが西川美和監督であり、それを体現してくれているのが役所広司であるという、唯一無二の存在がコンビを組んだことで、本作はまことにもって“すばらしき世界”を銀幕の中に描出することに成功しているのでした。

(文:増當竜也)

–{『すばらしき世界』作品情報}–

『すばらしき世界』作品情報

ストーリー
13年の刑期を終え、目まぐるしく変化する想像もつかない世界に出てきた元・殺人犯の三上(役所広司)は、保護司の庄司夫妻(橋爪功・梶芽衣子)の助けを借りて自立を目指していた。三上が生き別れた母親を探していると、テレビディレクター(仲野太賀)とプロデューサー(長澤まさみ)が接触してくる。彼らの本当の目的は、社会に適用しようと足掻く三上の姿を面白おかしく番組にすることだった。まっすぐ過ぎるが故にトラブルが絶えない三上だったが、次第に彼が持つ無垢な心に感化された人々が集まってきて……。 

予告編

 
基本情報
出演:役所広司/仲野太賀/橋爪功/梶芽衣子/六角精児/北村有起哉/長澤まさみ/安田成美
 
監督:西川美和
 
製作国:日本

製作年:2021

公開年月日:2021年2月11日

上映時間:126分

配給:ワーナー・ブラザース映画