一度目にすると、釘付けになる。痛みを感じて目を逸らしたいのに、なぜか吸い寄せられるようにまた見てしまう。メキシコを代表する現代美術の女性画家・フリーダ・カーロの絵には、人の感情をえぐる何かが凝縮されている。
芸術家を一人ずつピックアップし、作品と人生を微細に、かつ鮮明な映像で綴るドキュメンタリー映画『アート・オン・スクリーン』が相次いで公開されている。その一作品である『フリーダ・カーロに魅せられて』(2021.1.29公開)では、女性に人気が高いフリーダ・カーロが登場する。数奇ともいえる彼女の人生を紐解きながら絵に込められた魅惑の秘密を探ることができる。
愛に命を燃やしたフリーダ・カーロってどんな人?
振り返ればあの時がフリーダ・カーロとの接点だった。20数年前、メキシコシティのある美術館に描かれた壁画に対面したとき、圧倒的なスケールと迫力に度肝を抜かれた。それはメキシコ革命に揺れる20世紀初頭に描かれ、のちに岡本太郎も影響を受けたといわれる「メキシコ壁画運動」から生まれた作品である。メキシコ人にとっての革命の意義を文字が識別できない人にも伝わるよう、絵として壁に大きく描き訴えたという。この壁画画家として活躍した一人が、フリーダの夫であったディエコ・リベラであった。さまざまな民衆や文化などが入り混じる壁画には、当時のエネルギーが満ちあふれている。まさしくあの絵の時代のなか、フリーダは命を燃やした。
フリーダは自由奔放で早熟、あふれる愛情と輝かしい美、そして果敢な勇気をもってこの世に生まれた。しかし彼女の人生はいつも波風が立ち、安寧な日などはなかったようだ。「私は生涯に2度、大きな事故に遭いました」と残しているように、10代の時に受けたバスの大事故は、彼女の体に一生痛みを与え続けるほどの障害を刻んだ。また女性関係が絶えることがなかったディエコの度重なる裏切りにより、心に傷を負い続けたのだった。
痛みと孤独を絵に解き放ち、人の感情やタブーを描ききる
しかしながらフリーダが描く芸術は、皮肉なことに苦痛や孤独から生まれてきたものであった。終わることのない手術と別居を繰り返すディエゴとの生活を続けながら、フリーダは絵を描き続ける。自画像や夫、家族の絵、事故などをモチーフに抱える闇や切なる主張をキャンバスにぶつけていった。
ディエゴはフリーダの才能を早いうちから認めた。政治活動という自分の外側に題材を求めたディエゴは、フリーダの内からあふれる、芸術に心底憧れたのだろう。
過日のメキシコ訪問中、最後に訪れた美術館ではフリーダの自画像に鮮烈なインパクトを受けた。こちらの心の内の見透かすような強いまなざし。作品の前を素通りすることはできず、また見れば見るほど、胸がざわめき落ち着かなくなる。「あなたはどうなの?」と問いかけられているようなそんな感覚を覚えた。
–{映画『フリーダ・カーロに魅せられて』の見どころは?}–
映画『フリーダ・カーロに魅せられて』の見どころは?
美術館やギャラリーが所蔵する数々の名作を、スクリーンの大画面で鑑賞できるのがこの映画シリーズの最大の見どころだ。『フリーダ・カーロに魅せられて』でもさまざまな作品が登場する。
現在はフリーダ・カーロ博物館となっている彼女の生家「青い家」のほか、メキシコシティの美術館やギャラリー、各国で開催された展覧会の模様も収録している。美術館の学芸員や大学教授など複数の専門家がインタビュイーとして登場し、解説や主題、技法について語るのは興味深いし、フリーダを初めて知る人にもわかりやすいだろう。
流産後に描き、この作品をもって作風が変わったといわれる石版画についての解説には特にひかれた。また写真家でフリーダの親戚という女性も登場し、生い立ちについても語っている。今シリーズはアートをグッと身近にする映画である。
こちらも観たい!伝記映画の『フリーダ』
フリーダの芸術に触れたのなら、2003年に公開された、ジュリー・ティモア監督の『フリーダ』(2002年)も、ぜひ観ておきたい。自由奔放な少女時代から、九死に一生を得た事故、ディエコ・リベラとの出会い、愛情や葛藤がフリーダ役のサルマ・ハエック、ディエゴ役のアルフレッド・モリーナなどにより、深く強く描かれる。劇中に流れるメキシコの伝統音楽をベースにしたトラックは名曲ばかりだ。躍動感にあふれかつ郷愁的で、フリーダの心の揺れに似たものを感じ取れる。ほかにも舞踊やテキーラなどメキシコ文化に多数触れられるのもいい。
フリーダはアイデンティティの象徴としてアメリカなど海外を訪問した際も、自国の伝統のテワナ衣裳を身につけていたことでも知られる。スクリーンではそんな彼女の衣裳も見どころである。ディエゴのため、いつも身なりを美しく整えていたともいわれているフリーダ。ヘアスタイルやアクセサリー、少女期の男装なども注目したいところだ。
監督のジュリー・ティモアは日本では特に『ライオン・キング』などブロードウェイの舞台や映画製作などの演出で有名だろうか。フリーダの作品をモチーフにしたスクリーン上の演出も見ごたえがある。そこには監督ならではの彼女の作品の解釈に触れることができるともいえる。
前述の映画『フリーダ・カーロに魅せられて』で登場する数々の作品が、今度はドラマという表現方法で描かれる。2つの映画を見ればフリーダについての理解がさらに深まるだろう。
フリーダの絵はまるで雄弁な詩のようである。みなさんはそこにどんなものを掴みとるだろうか。
世界的な芸術を映画館のスクリーンで楽しめる本シリーズでは、レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500年記念として制作され、「モナ・リザ」、「最後の晩餐」などの傑作をハイビジョンカメラによる映像でとらえた『天才画家ダ・ヴィンチのすべて』、スペイン、バルセロナ、パリを巡りながらピカソの青春時代にスポットをあてて、彼の芸術家への道を探る『ピカソがピカソになるまで』も同日に公開される。世界的な芸術作品の数々を、美術館の現地であってもありえない近距離、またアングルで見られるまたとないチャンスをお見逃しなく。
(文:山本陽子)