『おらおらでひとりいぐも』レビュー:75歳女性、心のジャズセッション!

映画コラム

(C)2020「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

ある程度の年齢にさしかかってくると、老いの問題は他人事ではなくなってきます。

どんなに仲の良い夫婦でも、いずれは別れが来ます。

我が子もいずれは家を出て、新たな家庭を築き上げたりしていくところは多いでしょう。

愛する者に先立たれたり、新たな旅立ちを見送ったりした後も、ひとりで生き続けていく孤独とは一体どういうものなのか……。

しかしながら、この映画はそういった深刻な問題をシリアスに描くのではなく、むしろ飄々としたユーモアと、ファンキーでファンタジックな情緒をもって描いてきます……。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街518》

そう、田中裕子主演『おらおらでひとりいぐも』は、あたかも人生そのものをジャズセッション化してみたかのような快作なのでした!

ひとり暮らしの75歳・桃子さんと3人の“心の声”

(C)2020「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

映画『おらおらでひとりいぐも』は、63歳の新人作家として注目を浴びた若竹千佐子の同名小説を映画化したものです。

彼女は55歳で夫を亡くした後、小説講座に通うようになって、この小説を書き上げた結果、60万部を突破するベストセラーとなり、今では韓国や中国などのアジア圏での翻訳も進んでいるとのことです。

そして本作の主人公は、原作者自身の人生観などを大いに反映させているのであろう、独り暮らしをしている75歳の桃子さん(田中裕子)です。

夫に先立たれて久しい彼女は、毎朝起きて三度のご飯を作り、TVを見て、散歩して、夜になったら寝る。

そんな単調な日々の繰り返しです。

もっとも地球46億年の歴史を調べるなどの趣味はあるようで、あるとき彼女がその調べ物をしているとき、突然3人の“人影”(濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎)が現れました。

彼らは何と桃子さんの心の声“寂しさ1&2&3”が具現化した姿なのだそうです。

その後もずっと桃子さんにつきまとうようにべったりの3人は、東北弁でしゃべり続けています。

日頃標準語を使い続けていた桃子さんですが、ふと自分が捨ててきたはずの過去を思い返していくのでした……。

それは東京オリンピックが開催された1964年、当時東北に住んでいた20歳の桃子さん(蒼井優)は気の乗らないお見合いをするのが嫌で家を飛び出し、上京して蕎麦屋で、続いて定食屋で働きはじめます。

自分のことを「おら」ではなく「私」と言うのが普通な東京の暮らしの中、彼女はお店で「おら」を平気で使うお客の周造(東出昌大)に親近感を抱き、やがて二人は結婚し、家庭を設けます……。

そして今、日々の生活に楽しみも何も見出せなくなっていた桃子さんではありましたが、3人の登場によって少しずつ何かが変わり始めていきます。

まもなくして彼女は、夫の墓参りへと赴くのですが……。

–{鑑賞後、実家の親に連絡したくなる映画}–

鑑賞後、実家の親に連絡したくなる映画

このように本作は、ひとり暮らしの孤独な女性の心情を決して深刻ぶることなくユーモラスに、そして破天荒に、時に素っ頓狂でファンキーなファンタジック空間などを交えながら、あたかもジャズセッションのような情緒を伴わせながら描いていきます。

もっともユニークなのは、ヒロインの心の声として登場する3人が女性ではなく男性であることで、そのちぐはぐな賑やかさもまた、意外なまでに老境に達した彼女の内面を巧みに象徴し得ていると言っていいでしょう。

久々の主演映画となった名優・田中裕子ですが、ここでも肩の力を抜きながら飄々と好演しており、特に多くの同世代女性のシンパシーを得ること必至。

また回想シーンでの若き日の桃子を演じる蒼井優も、いつもながらに達者な存在感を示してくれています。

46億年もの地球の歴史の中で、75年という人生を生き続けてきたこととは、一体どういう意味があるのか?

そんなことを考えているのかいないのか、いずれにしても桃子さんは「おらおらでひとりいぐも(私は私らしくひとりで生きていく)」といった心境に達しつつあるようです。

監督は『南極料理人』(09)で閉ざされた氷の世界で生活する観測員たちの日常を、『横道世之介』(13)ではなぜか忘れられない若き日に出会った青年の面影を、『滝を見に行く』(14)では滝ツアーに赴いたおばさんたちの遭難騒動を、そして『モリのいる場所』(18)では風変わりな老芸術家とその周辺の人々を、それぞれ温かなキャメラアイで描き続けてきた沖田修一。

今回も3人の“心の声”を登場させたり、家の中がいきなり歌謡ショーの空間と化したりといった賑やかな心象風景と日常の淡々とした描写を巧みにクロスさせ、夫の墓参りへ赴くクライマックスでは現在と過去をもシンクロさせた切なくも愛おしい時空超越ファンタジー・ワールドを展開(ここはもうお見事です!)。

老人を主人公にしていることで同世代の方が大いに共感できる作品に仕上がっているのはもちろんのことですが、若者や中高年くらいの世代も鑑賞後ふと故郷の親に想いを馳せてしまう……そんな気分にさせてくれる作品です(うちも母親がこれを見たら喜ぶだろうなあ、とも)。

ぜひ本作をご覧になった後、実家に電話なりメールなりしてみてください。

(文:増當竜也)