(C)2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS – JOUR2FETE – CREAMINAL – CALESON – CADC
今、私たちは普通に暮らし、普通に遊び、普通にオシャレをし、映画でもライヴでも何でも普通に見に行けたりしています(コロナ禍ということは、とりあえず置いといて……)。
しかし、その“普通”がなくなってしまう不安と恐怖を考えてみたことがあるでしょうか?
本作『パピチャ 未来へのランウェイ』は、私たちが通常知っている“普通”が失われていた1990年代のアルジェリアで青春を謳歌しようと前向きにもがき続ける少女を主人公とした映画です。
さまざまな規制や検閲による恐怖に支配されていた暗黒の社会の中、彼女がやろうとしていたこととは……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街516》
ファッションショーなのでした(しかも命がけの!)
動乱の1990年代アルジェリアで抑圧&迫害される女性たちの青春
(C)2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS – JOUR2FETE – CREAMINAL – CALESON – CADC
『パピチャ 未来へのランウェイ』のストーリーを記す前に、この作品は舞台となる“暗黒の10年”と呼ばれていた時期のアルジェリアの状況を知ってから触れた方が得策かとも思われます。
アルジェリア民主人民共和国は北アフリカのマグリブに位置した共和制国家で、地中海を隔てて北にフランスが存在しています。
かつてアルジェリアは1830年よりフランスの侵攻を受けて植民地となっていましたが、やがて独立運動が激化し、1954年よりアルジェリア戦争が勃発。そして1962年、ついに独立を達成します。
この後、同国は社会主義政策を敷きますが、1980年代の後半になって石油価格の下落による経済闘争から民主化を求める声が高まり、反体制運動が激化。
そしてついに社会主義を放棄して一党独裁から複数政党制を導入するのですが、このとき台頭したのがイスラーム原理主義を信条とするFIS(イスラーム救済戦線)で、90年の地方選挙と91年の国民議会選挙で圧勝。
しかし当時の軍部主導の政府はこの選挙を無効化し、FISを非合法化し、弾圧してしまいます。
これに憤ったFISからMIA(武装イスラーム主義運動)が生まれて武装化が始まり、まもなくしてそれはGIA(イスラーム武装化集団)とAIS(イスラーム救済軍)に分裂。
双方は派閥争いを含む暗殺や誘拐などのテロを繰り返し、結果として1999年までに15万人もの一般市民の犠牲者を出していくのでした……。
『パピチャ』は、こうした不穏な時期にファッションデザイナーを目指す大学生ネジェマ(リナ・クードリ)を主人公としたものです。
大学の女子寮に住む彼女は、ナイトクラブでドレスのオーダーメイドの依頼を受けるバイトをしていましたが、女性の自立はおろか人権をもないがしろにする当時の過激派や、彼らの思想に感化されて原理主義に傾く多くの民衆の目を盗みながら、こうした行動を取り続けるのは、非常に危険を伴うものがありました。
そんなあるとき、ジャーナリストの姉リンダが過激派原理主義者の女性に殺害されてしまいます。
悲しみに暮れるネジェマは、姉が絶命するときにまとっていた血まみれの白いハイク(北西アフリカのムスリム女性が着用するシルクでできた伝統的な衣服布。白いハイクは年配女性の日常着で、リンダが持っていたものは母親のものでした)に触れているうちに、このハイクだけを用いたファッションショーを催そうと決意し、寮の友人らと準備を進めていくのですが、これもまた彼女たちにとっては命の危険すら伴いかねない行為でもあったのです……。
–{ジェンダーギャップ指数でアルジェリア132位、日本は?}–
ジェンダーギャップ指数でアルジェリア132位、日本は?
このように本作は、“暗黒の10年”と呼ばれた1990年代アルジェリアに生きる女性たちの、過酷ながらも輝こうとしていた青春像を描いていきます。
過激な原理主義が蔓延して「女はただ家にいればいいんだ」などと自由を奪われる言動の数々を浴び、オシャレしようとするだけで「あばずれ」とか「尻軽女」などとののしられる、偏見に満ち満ちていた時代。Gパンを履いているだけで「裸のようだ」と非難されていた時代です。
その他、女性に対するさまざまな抑圧と迫害がこの映画の中で描かれていますが、こうした迫害は男だけでなく、同性たる女からも受けていた(むしろ女のほうがタチが悪い? ちなみに内戦時のFIS党員200万人のうち80万人が女性だったとのこと)、そんな過酷な状況下でヒロインのネジェマは、狂おしいまでにファッションショーの開催に腐心していきます。
(タイトルの“パピチャ”とは、アルジェリアのスラングで「愉快で魅力的で常識にとらわれない自由な女性」という意味とのこと)
しかし、こういった状況下でファッションショーなど開くことができるのか? 仮に開けたとしても、それは安全なのか?
こうした辛辣なサスペンスを伴いながら、本作はそれでも自由を追い求めてやまない女性たちにエールを贈っているのです。
監督は1978年にロシアで生まれ、アルジェリアで育ったムニア・メドゥール。
1997年(内戦が最も激化した年)の暮れ、地元の大学に通っていた18歳の彼女は、家族(父親も映画監督で、過激派から殺害の脅迫を受けていたとのこと)と共にフランスへ移住することが叶い、パリで映画を学び、数々の短編やドキュメンタリー映画の演出を経て、本作で長編映画監督デビューを果たしましたが、まさに本作には彼女自身の忸怩たる青春の想いが如実に反映されているものと捉えてよいでしょう。
ちなみにアルジェリア内戦は1999年に沈静化し、民主化による国家再建を目指しますが、過激派残党によるテロはその後も続いていくのでした。
そして本作はアルジェリアで撮影されたアルジェリア映画として、フランスのセザール賞新人監督賞&有望若手女優賞を受賞する栄誉に預かったものの、アルジェリア本国では予定されていたプレミア上映は、何の説明もなしに突如中止。
同時に、米アカデミー賞国際長編映画賞アルジェリア代表としてのエントリーも叶わない危機に見舞われましたが、こちらに関しては制作陣の決死の訴えで何とか特別措置が図られ、代表として選出されることにはなりました。
それにしても、本作を鑑賞しながら、日本はまだ何とか自由が保たれていることを痛感させられますが、同時にこの自由がいつまで続くのであろうかといった不安にも苛まれてしまいます。
2020年度の世界経済成長フォーラム発表のジェンダーギャップ指数でアルジェリアは153か国中132位となっていますが、実は日本も121位なのです……。
(文:増當竜也)