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『空に住む』レビュー:絶好調!多部未華子の最新主演作から巧みに窺える“今”
TVドラマ「これで経費は落ちません!」(19)や「私の家政婦ナギサさん」(20)などの好演で、女優・多部未華子に多くの注目が集まっているようです。
映画でも『あやしい彼女』(16)や『日日是好日』(18)『アイネクライネナハトムジーク』(19)など好印象の作品が続き、今や日本の映像演劇界を代表するトップ女優のひとりとして絶好調の彼女、こちらも讃えたいものが多々ありますが、そういった大仰な雰囲気を微塵も発散させることのない彼女の等身大の個性こそが、実は最大の魅力でもあるのでしょう。
さて、今回ご紹介の映画『空に住む―Living in Your Sky―』もまた、ひとりの等身大の女性の日常を好もしく描いた作品です。
しかし、それにしても“空に住む”ってどういうこと……?
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街513》
それは映画を見れば一目瞭然なのでした!
突然、豪華な超高層マンションに住むことになった女性の日常
『空に住む―Living in Your Sky―』は作詞家・小説家として活動する小竹正人の同名小説を映画化したものです。
ヒロインは28歳の小早川直実(多部未華子)。
突然の事故で両親を亡くしたばかりの彼女は、父の弟・雅博(鶴見辰吾)&明日子(美村里江)夫婦の計らいで、雅博が投資のために所有している都心の豪華高層マンションに無償で住むことになりました。
街を一望できるその部屋は、まるで自分が空に住んでいるかのような気にさせられますが、それは一見気持ちのいいようでもあり、でも直実と同居する人見知りな愛猫ハルはどこか居心地悪そうでもあります。
一方で、直実は郊外の古民家をオフィスとするユニークな出版社に勤務しています。
両親の納骨を終えて仕事に復帰した彼女を、先輩の柏木(高橋洋)、出来ちゃった婚を控えて大きなおなかを抱える後輩の愛子(岸井ゆきの)らはいつものように自然に温かく迎えてくれます。
今、社では自社文芸誌に載った作品が大きな文学賞を受賞した作家・吉田(大森南朋)の受賞後第1作を、受賞作と同等のクオリティで仕上げてもらい、出版することを最大のミッションとして抱えていました。
かつて吉田の担当だったものの一度はその座を愛子に譲った直実は、もう一度担当編集に戻してもらいたいという焦りを感じています。
そんなある日、直実はマンションのエレベーターで人気スターの時戸森則(岩田剛典)と偶然にも出くわし、2度目の出会いにして「オムライス作れる?」との彼の一言から、思わず部屋に招き入れてしまい、そこから二人の関係が始まっていくのですが……。
–{高層の部屋に住むヒロインの不安定に揺れ続ける心理}–
高層の部屋に住むヒロインの不安定に揺れ続ける心理
このように本作は、両親を亡くした喪失感や仕事への焦り、そして実らぬ恋とわかっているのにのめりこんでいく恋愛……といったアラサー・ヒロインのさまざまな想いの揺れを、突然分不相応の部屋に住むことになったヒロインの不安定な気持ちと共鳴させながら繰り広げていく作品です。
どこか大人になり切れない幼さを残しつつも、健気に立ち回り続ける直実の姿は、おそらくは同世代の女性の多くに何某かのシンパシーを抱かせてくれるものがあることでしょう。
今、こういった等身大の役柄を演じさせたら、多部未華子の右に出る者はいないのではないか? そう思わせるほどのリアリティが、まるで空に住んでいるかのようなふわふわした浮遊感を伴いつつ、どこかしらファンタジックにも映えていく好演です。
また彼女、猫との相性がいいのか、愛猫のハルと一緒にいるシーンの数々は、どれもこれも印象的で、極端に言えばそこだけを見続けていても2時間持つのではないかと思えるほどの好もしさです。
ドラマとしては、後輩の愛子、若い叔母の明日子、そして時戸といった人々との関係性が微妙な面持ちで綴られていき、そしてクライマックス、彼女にとっての一大事件が起きる……といった図式になっていますが、そのどれもが“今”を生きる女性の、ひいては全ての人々へのエールになっているようでもあり、そこが老若男女を問わず見る側にささやかな感動をもたらす大きな要因にも成り得ている気がします。
監督は『EUREKA ユリイカ』(00)『レイクサイド・マーダーケース』(04)『共喰い』(13)などで知られる才人・青山真治。
本作は彼にとって何と7年ぶりの映画演出となりましたが、当然ながらにブランクなど微塵も感じさせることなく、女(と猫)の映画を通して今の時代を生きることとは何か? を静謐に問いかけてくれています。
(文:増當竜也)