『本気のしるし〈劇場版〉』レビュー:どダメ女にはまったクール男の顛末とは?

映画コラム

(C)星里もちる・小学館/メ~テレ

まずはストレートに、深田晃司監督の最新作『本気のしるし〈劇場版〉』は2020年度の日本映画を代表する屈指の1本であると断言しておきます。

もともとは星里もちるの同名コミックを原作に、2019年にめ~てれ(名古屋テレビ)ほかでオンエアされた同名ドラマを再編集したものです。

本作は深田監督にとって珍しい原作ものであり、初のTVドラマ演出でもありましたが、オンエア中は視聴者の予想を優に超えたストーリー展開やキャラクターの言動などで話題沸騰となり、こうした支持を受けて深田監督自ら堂々232分のディレクターズカットとしての“映画”を完成させ、何と本年度のカンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション2020にも選出されたのでした!

地方局の深夜ドラマからカンヌへ、そして10月9日から東京のシネリーブル池袋、キネカ大森、横浜のシネマ・ジャック&ベティを皮切りに全国順次公開される本作、では一体何がすごいのかと申しますと……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街510》

これがもうとんでもないくらいすさまじいどダメ女にはまってしまったクール男の怒涛のような転落劇であり、しかもそこから現代における男女の関係性などが巧みに垣間見えていくエンタテインメントの一大快作なのでした!

天然こじらせ女を助けたことが人生の事故の始まりだった!

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『本気のしるし〈劇場版〉』の主人公・辻一路(森崎ウィン)はサラリーマンとして仕事ができて人当りも良く、職場の後輩・藤谷美奈子(福永朱梨)から一方的に好意を寄せられる一方、先輩の細川尚子(石橋けい)と割り切った関係を続けています。

もっとも彼自身の内面はどこかしら冷めきっていて、何事に対してもクールに対峙してしまうことで退屈な日常を過ごしていました。

そんなある夜、辻は車のエンストで踏切に挟まれ、立ち往生していた葉山浮世(土村芳)の命を救いました。

ところが、その後の警察の取り調べで、彼女は運転していたのは自分ではなく彼だったと嘘をついたり、帰宅するお金がないから貸してほしいと頼んだり……。

あまりにも気が弱く、気が小さく、隙だらけでオドオドしまくっている浮世に呆れかえりつつ、その後も辻は妙な因果で彼女と交流を持ってしまうことになります。

ヤクザ絡みの金銭トラブルに男性問題と、浮世は何かと辻を頼るようになり、彼は彼で毎度イライラしまくりながらも、それでも彼女のことを何故か放っておけなくて、ついつい深入りしていきます。

しかし、その繰り返しが次第に辻を地獄の底へ導いていくことになるのを、彼はまだ気づいていませんでした……!?

–{深田晃司監督作品の根幹には、秀逸なエンタメ性がある}–

深田晃司監督作品の根幹には秀逸なエンタメ性がある

いやはや、もう本当にとんでもない映画です。

これまで悪女にはまった男が堕ちていくようなお話は山のようにありますが、ここでのヒロインは圧倒的なまでの気弱なこじらせ女ではあれ、そこに悪意も含みも下心も何もなく、ただただ天然に行動していくことで周りをどんどん巻き込んでしまうという恐ろしさ!

また男のほうも、そんな女のことなど放っておけばよいものを、どうしても「男は女を護るもの!」とでもいった男ならではの上から目線的プライドが頭をもたげてしまうのか、気がつくとその都度彼女に構ってしまっていて、お金はどんどん飛んでいき、女性関係もグチャグチャになり、会社での立ち位置もおかしくなっていき……。

でもその頃になると、男はもうその女なしでは生きていられないほどにのめりこんでしまっているのでした。

ところが、それでも女はまったく悪気なしに、またまた男を裏切ってしまい……!?

とにかくヒロインの浮世は誰の目から見てもイライラさせられっぱなしの女なのですが、何気ない言動のひとつひとつが「あ、これをやられたら男はヤバイ!」の繰り返しで、もし自分が主人公の立場だったとしても絶対はまってしまうのではないかという、慄然とした想いに包まれてしまうのです。

(ここまでくると、もはやホラーの域に突入しているといっても過言ではないでしょう!)

そんな究極のダメダメながらも可愛らしい女を、土村芳が恐ろしいほど魅力的に好演しています。

またそのことによって森崎ウィン、宇野祥平、忍成修吾といった、彼女に振り回されていく男たちの哀れさみたいなものも際立っていきますが、そんな彼らを冷徹に観察しているかのようなヤクザ役の北村有起哉も、実は浮世と辻の関係性が気になって気になって仕方がないという風情を巧みに醸し出しています。

深田晃司監督は、先にも記したようにカンヌをはじめ今や世界中のシネフィルから絶賛されている才人ではありますが、よくよく彼のキャリアを振り返ってみますと、デビュー作が絵画を用いた斬新なアニメーション(=画ニメ)中編『ざくろ屋敷』(06)であったり、本物のアンドロイドを主人公として登場させた画期的な近未来SF『さようなら』(15)があったりと、生来的に根幹として備え持つエンタテインメント性をアーティスティックに発露させることに長けた監督のように私には思えてなりません。

本作のインタビュー記事などを読んでも、実はマンガ好きで、それゆえに星里もちるの同名漫画を映像化することも長年の宿願であったと知ると、俄然彼の秀逸な映像構築センスなどの世界観に興味がわいてきます。

数々のラブコメ・マンガで知られる星里もちるが、そういった世界に出てくるような可愛らしいヒロインを、コメディ要素を抜いた世界へ置いてみたらどうなるか? という原作の実験性に気づいた深田監督は、そこから男社会の中で理想的に(もしくは都合良く)映えるマンガの女性=浮世を三次元の現実に登場させることで、現代社会における男女の立ち位置やそれゆえの哀しみなどを描出することにまで見事な成功を収めているのでした。

およそ4時間の長尺ですが(ちゃんとインターミッション=途中休憩はあるのでご安心のほどを)、あっという間の短さでもなければ、もちろんダラダラ退屈などするはずもない、かなり濃密な4時間をフルに体感できます。

最後まで見終えて、長尺ゆえの疲れと達成感もさながら、それ以上にすがすがしい映画的解放感&愉悦感に包まれることも必至!(ラストシーンの素晴らしさたるや!)

独りで見ても、カップルで見ても、映画仲間同士で見ても、とにかく鑑賞後は誰かと熱く話したくなること間違いなしの快作であり、秀作であり、傑作であり、ケッサクです。くれぐれもお見逃しなきように!

(文:増當竜也)