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今回は秋の到来にふさわしい、芸術性と娯楽性の双方を併せ持つドイツ映画の傑作『ある画家の数奇な運命』をストレートに採り上げたいと思います。
戦前から戦後にかけてのドイツの激動の流れの中、ひとりの画家の人生が、まさに邦題に偽りなしのテイストで見事に綴られていきます。
上映時間189分という長尺ではありますが、その分見応えも十分!
むしろ人ひとりの人生を語るのに、そのくらいの時間は優に必要であろうかと思われます……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街508》
何はともあれ、この作品が今年度に公開される外国映画の中でも屈指の傑作であることを、まずは強調しておきます!
叔母を殺した男の娘と愛し合う芸術家の激動の生涯
『ある画家の数奇な運命』は1937年の第二次世界大戦前夜、ナチス政権下のドイツから幕を開けます。
主人公クルトはこのときまだ子どもですが、芸術を愛する若く美しい叔母エリザベト(ザスキア・ローゼンタール)に惹かれるとともに、絵画に興味を覚えるようになります。
しかしナチスのパレードの最中、精神のバランスを崩したエリザベトは総合失調症と診断され、そのまま強制的に入院させられます。
1940年、ナチスによる精神病患者や障碍者の安楽死政策が強化され、親衛隊名誉隊員でもある婦人科医ゼーバント教授(セバスチャン・コッホ)は彼のもとに送られてきたエリザベトを“無価値な命”と判定。
1945年2月、エリザベトはガス室へ。それはドイツ降伏のおよそ3か月前のことでした。
ドイツ降伏後、ゼーバンツはソ連軍に拘束され、安楽死政策についての尋問を受けますが、このとき偶然にも同軍少佐の妻が難産で苦しんでいるところに遭遇し、妻子の命を救ったことから無罪放免となったのでした。
まもなくしてドイツは東西に分割。
少し時が過ぎて1951年、成長したクルト(トム・シリング)は東ドイツの美術学校に入学します。
しかし、家族の安全のために主義を捨ててナチ党員に転向したものの、戦後はそれを理由に教職を追われた父が、失意のうちに自殺。
クルトは哀しみを癒すためにも絵画に没頭していきます。
そんなある日、彼は同じ学校に通うエリー(パウラ・ベーア)と出会い、恋に落ちます。
しかし彼女の父は、ドレスデンの病院長に返り咲いていたゼーバンツなのでした。
1956年、卒業して歴史博物館の壁画を任されたクルトですが、画家の肩書や父親が自殺している彼はエリーの結婚相手にふさわしくないと思っていたゼーバンツは、彼女の妊娠を知り……。
と、ここまでのストーリーはまだまだ前半戦にすぎません。
この後もクルトは戦後の流れとともに、どんどん数奇な運命を歩んでいくことになるのです!
–{それぞれの時代と環境の中、人々の生きる営みが描出}–
それぞれの時代と環境の中人々の生きる営みが描出
ナチス独裁から戦後の東西分断と激動の歴史を歩んできた20世紀のドイツですが、それは当然ながら国民のひとりひとりの人生にも多大な影響を及ぼしていきます。
本作の主人公クルトもまた、いわゆる初恋の女性と思しき叔母をナチスに殺され、戦後の東西分断後は社会主義国たる東ドイツでの日常、ベルリンの壁が構築されることでの決断、芸術家としての試練、義父との葛藤……などなど、様々な試練と対峙していきます。
しかし、幼い頃に叔母から聞かされた言葉が、彼の苦悩と葛藤の多き人生の支えとなっていくのです。
「目をそらさないで。真実はすべて美しい」
本作の監督フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクは、東ドイツの秘密警察“シュタージ”に属する主人公が芸術家を監視していく中での心の揺れを描いた『善き人のためのソナタ』(06)でアカデミー賞外国語映画賞を受賞した俊英で、本作も第91回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされました。
実は本作にはモデルがいます。
現代美術界の巨匠ゲルハルト・リヒターです。
もっとも映画化にあたり、リヒターは登場する人物の名前はすべて変えること、何が事実で何が事実でないかは絶対に明かさないことを条件にしたとのこと。
このことによって映画ならではの虚実交えた膨らみがもたらされるとともに、人生そのもののファンタスティック性まで醸し出されることに繋がった感もあります。
現代ドイツ映画界の俳優陣の層の厚さにも毎回うならされるものがありますが、今回もキャストひとりひとりの名演は強調しておきたいところで、特に義父を演じたセバスチャン・コッホの存在感には目を見張らされるものがあります。
さらには撮影監督がキャレル・デ・シャネル!
古くは『チャンス』(79)や『ワイルド・ブラック 少年の黒い馬』(79)、『ライトスタッフ』(83)『ナチュラル』(84)などで当時の映画ファンを熱狂させ、その後も『パトリオット』(00)『パッション』(04)『リンカーン 秘密の書』(12)、そして昨年の『ライオンキング』(19)と、この人の名前がクレジットされていれば何はともあれ見てみたくなるほどの名匠です。
今回もナチス、東ドイツ、西ドイツといった、時代と環境の変化が巧みな空気感をもって描出されており、そのことでどの時代にも人々の生活の営みがあったことまで訴えられています。
まもなく年末になるとともに恒例の映画賞やベストテンなどが発表されますが、本作もまた海外映画部門の中でどれだけの支持を得られるか、実に楽しみな一作ではあります。
私? 今のところ2020年に見た洋画の中で、これがベスト1です!
(文:増當竜也)