『ジョーンの秘密』レビュー:スパイとして逮捕された老女の真相を描く衝撃作

映画コラム

(C)TRADEMARK (RED JOAN) LIMITED 2018

コロナ禍でハリウッド系の超大作が軒並み公開延期となっていく中、イギリス諜報部員007ことジェームズ・ボンドの活躍を描くスパイ・アクション・シリーズ最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』も、当初は4月に世界公開する予定だったものが11月に延期となり、現在待機中となっています。

シリーズ第1作の製作から半世紀を超えた今も作られ続ける人気長寿シリーズ、キャストも当然ながらバトンタッチしながら継続しているわけですが、その中で現在、007の上司Mを演じる名優ジュディ・デンチが主演する『ジョーンの秘密』が8月7日より公開されます。

ジュディ・デンチが演じるのは主人公のジョーンではありますが、ではどんな作品かというと、何と彼女がスパイとして逮捕されてしまう、007ファンならずとも衝撃の内容!?

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街491》

そう、これは第二次世界大戦から東西冷戦期にかけて、実際に起きた事件を基に作られた“最も意外なスパイ”の真相と深層を描いた愛の映画なのでありました!

齢80を超えて逮捕された老スパイの真実とは?

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『ジョーンの秘密』の舞台は世界がミレニアムに沸いていた2000年5月のイギリス郊外。

夫に先立たれ、仕事も引退し、齢80を超えて静かに独り暮らしの余生を過ごしていた温和な老女ジョーン・スタンリー(ジュディ・デンチ)の許を突然MI5が訪れ、彼女を逮捕しました。

罪状は、半世紀以上も前にイギリスの核開発の機密情報をソ連に流していたという、いわゆるスパイ容疑。

先ごろ死亡した外務事務次官W・ミッチェル卿が遺した資料の中から、彼女が当時のソ連KGBと共謀していた証拠が出てきたというのです。

ジョーンは無罪を主張し、弁護士の息子ニック(ベン・マイルズ)も母を信じて立ち会っていきますが、やがて次々と真実が明かされていきます……。

映画は若き日のジョーン(ソフィー・クックソン)が必死に生きていた第2次世界大戦前後の時期と、老いたジョーンが生きる2000年と二つの時代をカットバックさせながら、なぜ、かつてジョーンはソ連と共謀するに至ったかを明らかにしていきます。

そこには激動の時代の中、恋と政治思想の狭間に置かれ、翻弄されていくひとりの女性の意思に基づく勇気とも裏切りともとれる愛の悲劇が隠されていました……。

–{誰もがジョーンに成り得るというメッセージを忍ばせた人間ドラマ}–

誰もがジョーンに成り得るというメッセージを忍ばせた人間ドラマ

実にドラマティックな内容の映画です。

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しかし、これが実話の映画化であるという事実にも驚かされます。
(もっと正しくいうと、実話を基に記されたジェニー・ルーニーの小説の映画化。モデルとなった女性メリタ・ノーウッドは、両親の影響で幼い頃から熱心な共産主義者であり、2005年に92歳で亡くなるまで自分のしたことを後悔してなかったとのことです)。

まずは時代背景となる第2次世界大戦前後の複雑な思想的事情。

当時のナチスドイツという強大な敵に立ち向かうために、米英(資本主義国)とソ連(社会主義国)が共闘しなければいけなかったことのひずみが後の東西冷戦をもたらすわけですが、そこで東西の均衡が保たなければ世界が滅んでしまいかねないという危機感が、この事件の背後に潜んでいます。

またそういった激動の時代の中にも若い男女の恋愛というものも確実に存在していたわけで、そのとき誰と付き合っていたかなどの人間関係もまた、当人の思想体系を形作っていきます。

ジョーン・スタンリーもまた決して特別ではなく、どこにでもいる女性であり、そのときの環境や人間関係によって実は誰もが起こし得る事件であったことが、本作のスリリングな展開の奥底から滲み出ていきます。

その意味では2000年のジョーンを演じるジュディ・デンチの、まさにそこにいるだけで全てが物語れているといっても過言ではない圧倒的存在感もさながら、それを裏打ちする若き日のジョーンを体現するソフィー・クックソンの真摯な熱演も大いに讃えるべきでしょう。
(一方で、彼女に関わる男たちの浅はかさの数々には辟易するほどのものがあります……)

監督はジュディ・デンチ主演の舞台を幾度も演出してきたトレヴァー・ナンで、彼女の実力を知り尽くしているがゆえに、そこを中心としながら本作独自の世界観の構築を見事に成し得ています。

また半世紀前の時代を完璧なまでに再現したかのような美術や衣装、メイクなど、さりげなくも重要かつ徹底すればするほど映画の厚みを増すスタッフ・ワークの見事さにも感嘆させられること必至。

単にスリリングなスパイ暴露ものではなく、実は誰もがジョーンに成り得るという深いメッセージを忍ばせた人間ドラマとしてプッシュしておきたい秀作です。

(文:増當竜也)