『17歳のウィーン』レビュー:激動の時代でもフロイトに恋愛相談してみたい!

映画コラム

今振り返ると、思春期に出会った人たちのことはよく覚えています。

ものすごく影響を及ぼした人のことも、どうでもいいような人のことも。

10代とはやはり、これからの長い人生を歩んでいくためのノウハウを収集し、自分の脳と体にしみこませていく時期なのかもしれません。

それは平和な時代でも、戦禍など混乱に見舞われた時代でも全く変わらないようです……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街487》

7月24日から公開される『17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン』は、戦前のオーストリアを舞台に、何と心理学でおなじみフロイト博士と知り合いになった青年を主人公に据え、激動の時代の中の思春期の心の揺れを描いた青春映画の秀作です。

上京してきた青年の恋とファシズム浸透の危機

映画『17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン』は、ローベルト・ゼーターラーのベストセラー小説「キオスク」を原作に、オーストリア出身のニコラウス・ライトナー監督が手掛けたものです。

舞台は、1937年のオーストリア、ウィーン。

隣国ドイツはヒトラー率いるナチス党に支配され、そのファシズムの思想がオーストリアにも浸透し始めていた危うい時期、ひとりの青年がウィーンに上京してきます。

彼の名はフランツ・フーヘル(ジーモン・モルツェ)。

自然豊かなアッター湖のほとりで母親とふたりで暮らしていた彼でしたが、母が昔から知るウィーンの煙草屋(キオスク)の見習いとして働きに出ることになったのでした。

店の主人オットー・トルスニエク(ヨハネス・クリシェ)は厳しくも優しいリベラルな思想の持ち主で、ナチスには反発しており、ナチズムにはまった隣人夫婦から嫌がらせを受けることもしばしばですが、決してひるんだりはしません。

そんな店をさまざまな人々が訪れますが、その中の上客の中に心理学の権威ジークムント・フロイト教授(ブルーノ・ガンツ)もいました。

当時の街の人々からは“頭を治す医者”といった認識の彼とフランツは懇意になっていき、人生を楽しみ、恋をするように勧められます。

まもなくしてフランツはアネシュカ(エマ・ドログノヴァ)と知り合い、初恋のときめきを覚えて動揺するようになっていきます。

一見はすっぱで謎めいたアネシェカに翻弄されまくっていくフランツの思春期は、フロイトのアドバイスも役に立っているのかいないのかもわからないほどに、切なくも甘酸っぱい普遍的なものであったはずでした。

しかし1938年、ついにオーストリアはナチス・ドイツと統合することになり、一気にファシズムの波がウィーンにも押し寄せてきて、街の空気は一変。

リベラルなオットー、ユダヤ人のフロイト、移民のアネシェカ、そしてフランツもその激動の波に巻き込まれていき……。

–{思春期の青年に寄せる大人たちの慈愛の目}–

思春期の青年に寄せる大人たちの慈愛の目

本作は邦題のサブタイトルから、17歳の青年フランツとフロイト教授の年齢差を越えた友情を主軸に展開されていくようなイメージをもたらされがちですが、実質的にはフロイトとの友情も含めた激動の時代の思春期青春映画として接したほうが得策のように思われます。

特に映画の前半部は思春期の青年ならではの性的な衝動なども微笑ましく描かれていき、そこに助言するフロイトやオットーら大人たちの存在感が加味されながら映画全体が豊かな世界へ導かれていきます。

しかし後半、ナチスの台頭に伴う差別的かつ弾圧的な空気が街に蔓延していくことによって、本来普通に繰り広げられてしかるべき思春期の甘酸っぱさまでもが奪われようとしていく中、それでもフランツは己の青春をまっとうしようともがき苦しんでいく姿……。

これこそが従来の思春期映画と一線を画した本作ならではの美徳ともいうべきでしょう。

特に彼がのめりこんでしまうアネシェカのキャラクターは一見悪女的でありつつ、その奥に秘められたピュアなものをフランツは見初めてしまったがゆえに諦めきれないという、実に複雑怪奇な10代の悶々とした想いと、やがて来る激動の時代のうねりが大いにシンクロしながら、実に切ないエモーションを発動してくれるのでした。

また、ある程度トシを食ってしまい、今や青年を見守る側にいるこちらとしては、やはりフランツを見守る大人たちの慈愛に目が向きます。

フロイト役に扮するのは先ごろ亡くなったドイツ映画界の名優で、日本映画『バルトの楽園』(06)にも出演したことのあるブルーノ・ガンツですが、今なお語り草となっている『ヒトラー 最期の12日間』(04)での鬼気迫るヒトラー役から一転し、ここではヒトラーがもたらすファシズムの惨禍に恐怖の念を抱くユダヤ人としての目線と、心理学者としてのみならず若い友人の恋と人生をバックアップしてあげたいという年長者ならではの人生のゆとりみたいなものを体感させてくれています。

一方でヨハネス・クリシュがさりげなく放ついぶし銀の魅力にも、ブルーノ・ガンツに負けず劣らず、大いに惹かれるものがありました。

オットーのもとで人生修行できたからこそのフランツの青春も成り立っていくわけですが、いくつになっても恋を謳歌し続けている彼の母とオットーとの関係性も何やら意味シンで、突き詰めていくと彼らの世代にも確実に若き青春の時代があったことまで示唆されていきます。

さらにはそんな母のもとで育ったフランツだからこそ、アネシェカに魅せられて言った理由も何となく肌で感じ取れ、その伝でも彼女の複雑な魅力をみずみずしく体現したエマ・ドログノヴァの好演も讃えるべきでしょう。

現在公開中の『バルーン』なども含め、さりげなくも秀作を連打し続けるドイツ映画界、今回も絶好調です。

(文:増當竜也)