(C)2020「On The Edge of Their Seats」Film Committee
はい、いきなりですが見出しに偽りなしの(もちろん個人的見解ですけど)傑作青春映画です!
2020年7月24日(金)から東京シネマカリテほか全国順次公開されるこの作品、見逃し厳禁であると最初に強く訴えてきます!
激動の2020年もようやく後半戦に突入したところでではありますが、今年公開の新作日本映画の中でこの作品を上回る程に面白く感動できるものはそうそうないでしょう。
上映時間75分の小品ですが、どんな超大作にも負けない映画ならではの醍醐味があふれています。
(ってか、もうただただ単純に大好きな映画!)
今の高校生たちの青春群像とはいかなるものかを知りたい方は、ぜひこの映画をご覧ください。
日本映画界の明日を担う逸材・城定秀夫監督に期待している映画ファンの皆様へ、今回もバッチリです!
また最近はファンシーグッズやアニメ映画などで『すみっコぐらし』がブームになってますが、本作も同じような“隅っこの心地よさ”が醸し出されています。
そして今年の夏は甲子園を見られないとお嘆きの方、この作品で悶々とした想いをさわやかに発散させてください!
ただしこの作品、試合そのものは一切映りません……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街486》
そう、この作品はアルプススタンドの端っこのほうで自校を応援させられるはめになった(?)生徒たち(プラス先生も一人)の、5回表から9回裏までの空振り青春讃歌なのでした!
アルプススタンドの端の方で応援をよそにたむろする高校生たち
本作の舞台は、夏の甲子園1回戦。
5回表を迎えた頃、県立東入間高等学校硬式野球部側の観客席=アルプススタンドの端っこのほうに、ようやく演劇部の高校3年生・安田あずは(小野莉奈)と田宮ひかる(西本まりん)がやってきました。
せっかくの夏休みなのに、学校側の意向で生徒全員が強制的に応援に駆り出されてうんざり気分、しかも野球のヤの字も知らないふたりには何がどうなっているのかもよくわからずチンプンカンプンの様子。
そこに同じく3年生の元野球部・藤野富士夫(平井亜門)がやってきます。
少し離れた後ろ側には、インテリの宮下恵(中村守里)が立っています。
彼女は先の模擬試験で、学年トップの座を吹奏楽部の久住智香(黒木ひかり)に奪われたばかり。
久住は今、一生懸命トランペットを吹きながら応援のメインを担っていますが、かたや安田も田宮も藤野も宮下も、その熱気とは無縁でいたいがために、アルプススタンドの端のほうにいるみたいです。
時折、熱血教師の厚木先生(目次立樹)が現れては端っこで佇んでいる生徒らに檄を飛ばしますが、それも彼女らにとってはただただウザイばかり。
しかし、とりとめもなくだべり続けていくうちに、それぞれの秘めた“空振り青春”の鬱屈した想いが徐々に露になっていき、それと並行するかのように、やがて試合は9回裏のクライマックスへと……!
–{空振り青春群像に寄せる温かくも優しいキャメラアイ}–
空振り青春群像に寄せる温かくも優しいキャメラアイ
(C)2020「On The Edge of Their Seats」Film Committee
本作は兵庫県東播磨高等学校演劇部の顧問教師(当時)藪博晶が創作して同校演劇部が上演し、第63回全国高等学校演劇大会で文部大臣賞(グランプリ)を受賞した名作戯曲を原作としています。
実はこの戯曲、2019年6月に劇団献身/ゴジゲンの奥村哲也の演出で浅草九劇にて上演されて好評を博すとともに浅草ニューフェイス賞を受賞しており、このとき出演していた小野莉奈&西本まりん&中村守里&目次立樹はそのままの役柄で映画版へ続投。奥村も映画版の脚本を担当しています。
室内空間の舞台とは異なり、実際のアルプススタンドに座りながら空振りな青春群像を体現していく若き演技陣の姿は、どことなく開放感にも満ち溢れているようです。
その中でなぜか「しょうがない」を口癖にする安田、何かと周囲に気を使いすぎる田宮、部活を辞めた忸怩たる想いを隠しきれない藤野、そして友達のいない宮下は一体誰を見つめているのか……。
本作はどこか心が折れて久しく、一生懸命に頑張ることに疲れてしまったかのような(そのくたびれ感も手伝ってか、本作の全体的な雰囲気は華やかな甲子園本チャンというよりも地区予選的ではありますが、まあ、そのあたりはご愛敬ということで!?)、いわばどこにでもいる普通の高校生たちが、ふとしたことから徐々に一所懸命になっていく姿が自然に、そして微笑ましくも温かいキャメラアイによって描出されていきます。
(しかもこの作品、真ん中で立ち回る子のしんどさまで、さりげなく肯定してくれているのも嬉しいところ)
もし集団演技賞みたいなものがあるとしたら、本年度の受賞は本作のキャスト陣以外にありえない!(というか、とても一人に絞れないほどそれぞれが好演しています)
無理に一生懸命でなくても、一所懸命になれる瞬間があればいい。
あたかも彼女たちはそのことを示唆しているかのように、銀幕の中で映えわたっているのです。
監督の城定秀夫はピンク映画やVシネマを中心に精力的に活動し続ける俊英ですが、その作品群はダメダメな人生を送る主人公たちへ切なくも優しいエールを送るものが大半を占めています。
そんな彼の世界観と卓抜した映画的センスにシンパシーを抱いて夢中になる映画ファンは年々増加。
そして今回、こうしてダメダメ(というか、実は誰もが体験してきたことがある挫折のキャリアを隠そうとしている)高校生たちに優しいエールを送る一般映画への登板となったことで、恐らくはまだ彼の存在をよく知らないであろう多くの女性客や10代の子どもたちにも、その実力の程を大いに知らしめてくれること必至でしょう。
演者の一人一人が発する何気ない台詞の一言一言や行動の数々が実にテンポよく繰り出されることでユニークな笑いが醸し出されるとともに、プチ長回しを基本にロング&ミディアム&アップと「そこで画が転じてくれると心地良い!」と思われるところで見事に切り替わる編集(担当は城定監督自身)の妙味は映画全体のリズムを巧みに醸し出し、いつしか自分までも観客席にいるかのような極上の臨場感をもたらしてくれています。
登場人物のフレームイン、フレームアウトのタイミングなども含めた画の構図も素晴らしく、始めはそれぞれ離れたところにいる者たちの位置関係が、気がつくと接近しているといった過程も、実に自然に描出されているのにも驚かされます。
また、何故そこで彼女はそういう微妙な表情をするのか? といったリアクションの数々も、全てはそのつどそのつどの感情の繊細な揺れに応じて露になっていたことにも後から気づかされ、改めて驚嘆&感嘆させられることでしょう。
余談ですが、一見ウザさ極まりながらも人間味あふれる存在感を醸し出していく厚木先生は、NHKの名物視聴者参加バラエティ番組だった「着信御礼!ケータイ大喜利」に登場する熱血体育教師“元気田イクゾー”を彷彿させるものがあり、同番組を長年親しんできた方ならばホクホクしてしまうことも必定!(司会の今田耕司&千原ジュニア&板尾創路にもこの作品をぜひ見ていただきたい!)
–{2020年夏の幻の甲子園と青春群像を描いた映画}–
2020年夏の幻の甲子園と青春群像を描いた映画
(C)2020「On The Edge of Their Seats」Film Committee
一方で、本作を大いに堪能しながら、ふと不可思議な想いを馳せてしまう瞬間もいくつかありました。
それは、今年=2020年の夏は甲子園が開催されないという、厳粛たる事実です。
もちろん本作自体は特に劇中の年度を設定しているわけではなく、その意味では普遍的な青春映画として屹立して見られる秀逸な作品です。
ただし、たとえば2020年の現在を生きる高校3年生にとって、この映画はどのように映えることでしょう?
いわば幻の2020年夏の甲子園を応援する高校3年生たちを描いた、現実にはあり得なかったファンタジーとして、どこかしら複雑な想いを抱かせてしまうかもしれません。
(ちなみに本作の公開日が、本来東京オリンピックが開催されるはずだった初日=7月24日というのも、偶然ではあれ何やら意味シンです)
2019年までは確実にあったであろう、そして2021年以降は復活してほしいアルプススタンドにおける高校3年生たちの一所懸命な青春のやりとりは、2020年の今年に関してのみはリアルに当てはめることができない。
しかしながら必ずや別なところでの普遍性によって、何某かの希望の光を見出すことができる作品であるとも確信しています。
その意味でも、奇しくも甲子園が開催されない2020年の夏に劇場公開される本作は、だからこそ2020年を象徴する作品としてもその存在感を際立たせていくのではないかと、そんな気もしてなりません。
いろいろな、さまざまな、それぞれの想いに囚われつつ、出来得ればやはり2020年の夏にこそ見ておいていただきたい傑作です。
必見です!
(文:増當竜也)