『バルーン 奇蹟の脱出飛行』レビュー:国の分断を背景にした見事な冒険映画!

映画コラム

 (C)2018 HERBX FILM GMBH, STUDIOCANAL FILM GMBH AND SEVENPICTURES FILM GMBH

20世紀は戦争の世紀と呼ばれて久しいものがありますが、それに伴う国や社会の分断なども今なお深刻な影響を色濃く残し続けています。

第2次世界大戦後に東西分断となったドイツでも、ベルリンの壁が崩壊するまでのおよそ40年、さまざまな悲劇がもたらされ、またそのことを訴える書物や映画&ドラマなども数多く存在します。

7月10日よりTOHOシネマズシャンテをはじめ全国順次公開予定の『バルーン 奇蹟の脱出飛行』(18)も、東ドイツから西ドイツへ気球で決死の脱出を図った家族の実話の映画化です。

当時は西側メディアが「東ドイツからの最も華々しい亡命」と報じた奇跡……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街484》

ようやくドイツ本国で、秀逸な実録エンタテインメントとしてのお目見えとなりました!

1979年に実際に起きた決死の亡命事件の映画化

『バルーン 奇蹟の脱出飛行』は、1979年の夏、東ドイツのテューリンゲン州ペスネックが舞台となります。

社会主義体制の圧政のもと、電気技師ペーター・シュトレルツィク(フリードリヒ・ミュッケ)と妻ドリス(カロリーヌ・シュッヘ)、15歳の長男フランク(ヨナス・ホルデンリーダー)、11歳の次男フィッチャー(ティルマン・デブラー)の家族4人は、準備に2年を費やした熱気球による西ドイツへの国境越えを目論み、今夜まさに決行しようとしていました。

しかし当日、共に脱出するはずだった親友のギュンター(デヴィッド・クロス)とその家族は、設計上の大きなリスクが発覚して同行を断念。

深夜、ペーターたちはいよいよ気球に乗り込み、高度1700メートルの雲の上まで浮上しますが、まもなくして防水加工していない布製の球皮が湿って急降下し、国境の手前数百メートルの森の中に不時着。

やむなく家族は夜明けを待って自宅へ戻り、何事もなかったかのようにふるまいますが、事件はすぐさま西側への亡命を図る国民を厳しく取り締まる国家保安省“シュタージ”に知らされ、ザイデル中佐(トーマス・クレッチマン)の指揮で捜査が開始されます。

一方、万策尽きたと落ち込むペーターでしたが、ドリスの励ましでもう一度気球を作ることを決意。

ザイデルらの追及が刻一刻と迫っていく中、ペーターの家族とギュンターの家族、合わせて8人の再度の挑戦が始まりました……!

–{自由を奪われた社会の恐怖を巧みにエンタメ化!}–

自由を奪われた社会の恐怖を巧みにエンタメ化!

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本作は実話の映画化であることを最初から謳っているので、この決死の冒険が大成功を収める結末は当然ながらわかっているわけですが、にも関わらずそこに至るまでのサスペンスの持って行き方が実に秀逸で、いわゆる“手に汗握る”緊迫感が最初から最後まで持続し、いささかも見る側を飽きさせるところがありません。

実はこの事件、かつてアメリカのディズニーで1982年にいちはやく『気球の8人』として映画化されています(主演の『エレファントマン』で注目を集めていた頃のジョン・ハートをはじめ、ジェーン・アレクサンダーやグリニス・オコナーなど魅力的キャスティング。ジェリー・ゴールドスミスの音楽が秀逸でした)。

ただし、いわゆるハリウッド型ファミリー冒険エンタテインメントとしての作りであった『気球の8人』に比べて、こちらは東西冷戦の深刻な時代の空気を見事に再現し、当時を生きる人々の圧迫感なども巧みに描出されているあたり、やはり「ドイツ本国の事件はドイツ本国で映画化すべき」とでもいった自国の映画人たちの誇りと気概、そしてこだわりを大いに感じさせるものがあります。
(実はこの事件、映画化権が長らくディズニーにあり、『インディペンデンス・デイ』などで知られるドイツ出身の映画監督ローランド・エメリッヒの口添えで、ようやく自国での映画化が可能となったのでした)

現在ドイツ映画界はさまざまな俊英スタッフや実力派キャストを揃えながら、さりげなくも着実に隆盛を続けていますが、本作も『マニトの靴』(01/DVD邦題『荒野のマニト』)『小さなバイキング ビッケ』(09)などの秀作で知られるミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ監督(この事件が起きたときは11歳だったとのこと)は、秘密警察の不気味な追求によって家族がじわじわと危険にさらされていくサスペンスを通して、自由を奪われた社会における恐怖を極上のエンタテインメントとして訴えていきます。

キャスト陣それぞれの上手さにも唸らされっぱなしですが、特に体制側のザイデル中佐を演じる国際派スターのトーマス・クレッチマンは、1983年に東ドイツから実際に脱出して亡命に成功した奇蹟のキャリアの持ち主で、その意味でも今回あえて体制側を演じることで当時のリアリティを色濃く体現してくれています。

一方では気球作りのノウハウを知ることができるお楽しみもあったり、また気球が夜空に上っていく際の昂揚感など、映画的なカタルシスも多々あり。

単に実話の映画化の域に留まらず、社会派映画として、家族の映画として、冒険映画として、サスペンス映画として、どの側面から斬っても、さりげなくも一級のエンタテインメント。

諸々の状況でストレスが溜まりがちな2020年夏の憂さを晴らすに大いに足る快作として、強く推しておきます。

(文:増當竜也)