以前、ラーメンが出てくる映画ってどんなものがあるだろう? とふと思い立ち、本サイトで記事にしたことがありました。
では、ラーメン以外の麺類が出てくる映画は?
というわけで、今回は日本を代表するお蕎麦とうどんが出てくる映画をピックアップしてみてみようかと……
Photo by Masaaki Komori on Unsplash
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街466》
現代劇&時代劇を問わず、アイテムとしても舞台としても登場することが多い二大和食麺、「あ、そういえばあの映画にも、このドラマにも!」みたいに、いろいろ思い起こされます。
感動ブームを巻き起こした『一杯のかけそば』日中合作蕎麦映画『コンプリシティ』
蕎麦が出てくる映画と聞くと真っ先に『一杯のかけそば』を思い出す方は、おそらくは昭和世代(って私のことですけど)でしょう。
北海道・札幌を舞台に、毎年大みそかの夜遅くになると母と二人の小さな息子が蕎麦屋を訪れて、かけそば一杯を注文して3人で分け合って食べるという、マコトかウソかの感動エピソードが昭和末期から平成初頭の日本を駆け抜けたことがありました。
このエピソード、『伊豆の踊子』(74)などの名匠・西河克己監督のメガホンで1992年に映画化されています。
母親に泉ピン子、蕎麦屋の主人に渡瀬恒彦、その妻に市毛良枝というキャスティング。
で、真っ先に記しておきながら申し訳ない限りではありますが、この作品、公開後にビデオ化はされたものの、その後DVDなどのソフト化はされておりません。
映画化が発表された当時は企画の安易さを批判されながらも、いざ公開されるとその出来の良さに多くの映画マスコミが感服し絶賛した作品で、非常にオーソドックスな語り口の中から古き良き日本映画の味わいをしんみり醸し出し得た隠れ名編です。
(西河監督は日活青春映画の雄で、その後も山口百恵&三浦友和のコンビ映画を大ヒットさせたり、後年も歌謡曲を原作にした『花街の母』79、戸塚ヨットスクール校長を主人公にした『スパルタの海』83、難病に侵されたDJの実話の映画化『チーちゃんごめんね』84、日大創立100周年記念映画『マイ・フェニックス』89など、正直企画的にはムムム……と思われるものもことごとく見事な“映画”に仕立て上げる名人でもありました。小泉今日子の初主演映画『生徒諸君!』84も彼のメガホンです)
何とかソフト化もしくは配信などをお願いしたいところです。
ちなみにこのエピソード、2010年に韓国で『うどん一杯』というタイトルで映画化されています(蕎麦からうどんに代わっているのがミソです)。
最近の映画で蕎麦屋をメインの舞台に据えたものとしては日本と中国の国際共同企画で制作された『コンプリシティ 優しい共犯』(18)が挙げられるでしょう。
(C)2018 CREATPS / Mystigri Pictures
中国から技能実習生として日本に働きに来ながらも研修先から逃げて不法滞在の身となった若者(ルー・ユーライ)が、ひょんなことから山形県の蕎麦屋で働くことになり、そこの孤独で厳格な主人(藤竜也)と徐々に絆を深めていくものの……といった内容。
2018年度の東京フィルメックスで観客賞を、2020年度オランダのアムステルダムで開催された“CinemAsia Film Festival”でヤング批評家賞を受賞。またトロントや釜山、ベルリンといった国際映画祭でも絶賛された近浦啓監督の秀作で、主題歌となるテレサ・テンの《時の流れに身を任せ》中国語ヴァージョンも印象的です。
蕎麦という点では、蕎麦打ちのシーンなどが名優・藤竜也のいぶし銀の貫禄で魅力的に描出されています。
(藤さんは撮影前に山形県大石町の職人さんから猛特訓を受け、撮影前には卒業記念の意を込めて、朝3時に起きて職人さんやご近所へ50人前の蕎麦を打ったとのこと)
今年の1月に公開されたばかりで、コロナ禍によって現在は地方などの上映がストップされたままですが、自粛の解除とともにぜひ見ていただきたい作品です。
–{『舟を編む』での蕎麦をすする名シーン}–
『舟を編む』での蕎麦をすする名シーン
先ごろ惜しくも亡くなった大林宣彦監督が代表作『転校生』(82)をセルフリメイクしたことで話題になった『転校生 さよならあなた』(07)では、一美(連佛美沙子/これが彼女の初主演作で、その年の新人賞を多数受賞)の実家が蕎麦屋という設定になっています。
これは舞台となるのが蕎麦処の信州長野県であることとも大いに関係していて、ロケに使われた長野市大門の蕎麦屋「かどの大丸」は元禄16年創業との名店です。
蕎麦そのものは出てきませんが、小泉今日子と二階堂ふみの競演が話題になった『不機嫌な過去』(16)は元蕎麦屋のエジプト風豆料理屋「蓮月庵」が舞台になっていて、日本古来の佇まいにアジアンチックな要素を共存させることで、家族の不可思議な関係性などを醸し出される作りとなっていました。
(この店も東京大田区池上本門寺の近くにあった元蕎麦屋を借りて撮影したもので、現在は古民家カフェになっているとのことです)
蕎麦を食べるシーンが印象的だったのは、辞書の編纂に情熱を傾ける編集者たちを描いた石井裕也監督の名作『舟を編む』(13)。
(C)2013「舟を編む」製作委員会
ここでは主人公(松田龍平)の恋人で後に妻となる女性(宮﨑あおい)が日本料理の板前という設定ということもあって、劇中いろいろ印象的な食事のシーンが出てきますが、その中で辞書監修の責任者(加藤剛)が完成を前に他界し、憮然としながら自宅に戻った主人公に妻が蕎麦をふるまいます。
窓の外は雪で、主人公は蕎麦をすすりながら涙をこらえきれなくなっていき、妻はそっと彼の背中をさすります。
映画の最初のほうで主人公らは「憮然(自分の力が及ばず失望、落胆して表情のない様子)」とはどういう様子を表す言葉か?についてやりとりするシーンがありますが、ここで彼は身をもって「憮然」を体現し、蕎麦がその状態を打ち崩していくのでした。
–{時代劇アイテムとして欠かせない蕎麦}–
時代劇アイテムとして欠かせない蕎麦
時代劇に蕎麦は、特に江戸時代を舞台にしたものは必要不可欠のアイテムといってもよいでしょう。
食通で知られる作家・池波正太郎の時代劇小説及びその映像化作品には、蕎麦を用いた描写が幾度も出てきます(TV時代劇『鬼平犯科帳』シリーズのエンドタイトルで映し出される江戸庶民の様子の中にも、蕎麦を食べている人が)。
赤穂浪士が討ち入り前に両国で蕎麦を食べてから吉良邸に討ち入ったというのも有名な俗説で(実際は違ったようですが)、昭和期に作られた映画やドラマにもそういった描写がよく出てきますが、実際に討ち入りまでにいくら費用がかかったかを描く中村義洋監督の『決算!忠臣蔵』(19)では、まず当時の貨幣価値を蕎麦一杯16文(≒480円/つまり銭1文は現代の30円。1両≒銭4000文なので12万円ということになります)で紹介し、いろいろなものの値段が比較&計算されていきます。
(C)2019「決算!忠臣蔵」製作委員会
修学旅行中の教師(石原さとみ)と3人の生徒(柄本時生、川口春奈、千葉雄大)が幕末の江戸にタイムスリップしてしまう李闘士男監督の『幕末高校生』(14)では、主人公たちが勝海舟(玉木宏)や西郷隆盛(佐藤浩市)など幕末の偉人らと一緒に蕎麦屋で蕎麦を食べるシーンが幾度も出てきて、その食べ方などで彼らのキャラクターが見え隠れするというユニークな描かれ方がなされていました。
–{押井守監督と立ち喰い蕎麦}–
押井守監督と立ち喰い蕎麦
蕎麦に映画作家的こだわりを示し続けているのが押井守監督です。
しかも普通の蕎麦というよりも、立ち食い蕎麦!
押井監督はTV『うる星やつら』(81)の頃からたびたび立ち食い蕎麦にまつわるウンチクを披露し、OVA『御先祖様万々歳』(89~90)を再編集した映画『麿子』(90)では立ち食い蕎麦屋を基軸に回想のドラマが描かれていく構成を採っていました。
そして初の実写映画『紅い眼鏡』(87)などにも登場した立喰師(立ち食い蕎麦のウンチクや説教を垂れながら無銭飲食する伝説の食い逃げ犯)をモチーフにしつつ、何と日本の闇の戦後史をナレーターの山寺宏一が延々とひたすらしゃべり続けるという(収録中、酸欠状態になったとの逸話も!?)前代未聞の壮大なる構想のスーパーライヴメーション(要は3DCGの紙人形アニメです)『立喰師列伝』(06)を発表します。
続いて、同作にも登場する伝説の立喰師“ケツネコロッケのおぎん”(兵藤まこ)の行方を追い求めるというスピンオフ実写作品『女立喰師列伝 ケツネコロッケのお銀―パレスチナ死闘編―』(06)を、さらにはそのシリーズ化をはかって仲間たちと分担して撮った6話の実写オムニバス映画『真・女立喰師列伝』(07)を発表するのでした。
押井監督の立ち食い蕎麦に対するこだわりとは、一体何なのか?
正直私には皆目見当もつかないのですが(実は昔、取材でご本人に質問したこともあったのですが、何とも難解な答えが返ってきたような思い出が……。押井マニアの方々にも一度レクチュアをお願いしたいところです)、ただし立ち食い蕎麦ファンのひとりとしては、何となく肌で実感できるところはあるのでした。
–{関西ならではのアイテムとなるうどん}–
関西ならではのアイテムとなるうどん
さて、蕎麦ときたら日本が誇るもうひとつの和の麺類はうどんになるわけですが、その代表格は本広克行監督の『UDON』(06)に他ならないでしょう。
(C) 2006 フジテレビジョン ROBOT 東宝
うどん県としても有名な香川県を舞台に、コメディアンになる夢をあきらめて讃岐うどんの製麺所を営む実家に戻り、地元タウン誌に就職した主人公(ユースケ・サンタマリア)とその周囲の人々の交流を描くハートフルなヒューマン・コメディ映画です。
ほぼ全編にわたって香川県ロケを敢行。実は本広監督自身が香川県の出身ということもあって、思い入れもひとしおといったこだわりの作品になっています。
そう、蕎麦が関東ならば関西はやはりうどん。
その意味では関西を舞台にした映画やドラマのほうがうどんが登場する頻度は高いともいえます。
個人的には大阪を舞台にしたはるき悦巳の伝説的コミック『じゃりン子チエ』およびそのアニメーション作品で、主人公チエちゃんの父親テツが大のうどん好きで(特に天ぷらうどんが好物)、それにまつわるエピソードもあったりしました。
吉本興業のお笑い芸人たちが短編映画を監督する企画“YOSHIMOTO DIRECTERS 100/100人が映画撮りました”の中には、内場勝則が監督した『スキヤキのうどん』(07)なんてものもあります。これは大阪下町で暮らす父(内場)が、離婚した妻(未知やすえ)とともにアメリカで暮らしていた娘(岸由紀子)を一時預かることになっての人情喜劇でした。
日本の刑事ドラマでは大概刑事たちがざるそばを食べる風景が見られたりしますが、リドリー・スコット監督による大阪を舞台にした刑事アクション映画の名作『ブラックレイン』(89)では、マイケル・ダグラスと高倉健の米&日刑事コンビが、松田優作扮する殺し屋の愛人(小野みゆき)を張り込みしながら、市場の屋台でビールを飲みながらうどんを食べるシーンがあります(ここでマイケル・ダグラスは箸の持ち方を直されます)。
このシーンでどことなく同じリドリー・スコット監督のSF『ブレードランナー』(82)を思い出してしまった映画ファンも多かったことでしょう。
最後にうどんと蕎麦の融合例とでも言いますか、中村義洋監督のミステリ映画『チーム・バチスタの栄光』(08)では、主人公の厚生労働省の役人(阿部寛)がうどんと蕎麦を同時に食べていて、ヒロインの心療内科医師(竹内結子)に驚かれるのですが、このとき彼は「うどんをおかずに蕎麦を食べているんです」と答えたのでした……。
(でも、うどんと蕎麦の相盛り弁当みたいなものって、うちの近所のスーパーにも売ってた時期があったので、個人的にはそんなに驚かなかったのですけどね)
市川崑監督のヒューマン刑事映画『幸福』(81)では、関東と関西の蕎麦とうどんにまつわる認識の相違が事件の謎を解く大きな鍵となりますが、これ以上書いてしまうとネタばれになってしまうので、ぜひご自身の目と耳でお確かめください。
などなど、今回はちょっと蕎麦に力点が傾きすぎちゃいましたかね。実は個人的には蕎麦派なもので……(うどん派のみなさん、ごめんなさい。テツにどつかれませんように!)。
(文:増當竜也)