戦後日本初の長編カラー映画『カルメン故郷に帰る』

映画コラム

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2月10日、アカデミー賞授賞式が開催され、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が作品賞をはじめ4部門を受賞するなど、今回は様々な快挙が見受けられましたが、全編1カット(に見える)映像を構築した『1917 命をかけた伝令』の撮影監督ロジャー・ディーキンズに撮影賞がもたらされたことも特筆しておくべきでしょう。

1990年代あたりだったか、当時の若手を中心とする映画人たちの間で「映画でできる新しいことは既にやりつくされた」とでもいった諦めとも嘆きともいえるコメントをよく見聞きしたものですが、いやいや今も新たな技術を駆使しての映像革命はいくらでも成し得ることを『1917』は証明してくれているような気もしてなりません。

さて、100年を優に超える映画の歴史の中でエポック的な映像革命といえば、サイレントからトーキーへ、そしてモノクロからカラーへ、といったところでしょう。

というわけで、今回は日本で初めて国産カラー・フィルムで撮影された映画『カルメン故郷に帰る』をご紹介したいと思います。

ストリッパーが芸術家として故郷の田舎に凱旋!?

『カルメン故郷に帰る』は日本映画界が誇る名匠・木下惠介監督が1951年に発表したヒューマン・コメディ映画です。

舞台は上州北軽井沢の浅間山のふもとにあるのどかな村。

そこにかつて家出して東京へ行ったきりの娘おきん(高峰秀子)が、仲間のマヤ(小林トシ子)を連れて帰省してきました。

おきんは東京でストリッパーのリリィ・カルメンとして働いていましたが、自身はアートだと信じて疑っておらず、今回の帰省も故郷に錦を飾るとでもいった気分なのです。

何も知らない村の人々は彼女を芸術家とみなして歓迎するのですが、徐々にその素性が明らかになっていき……?

ここでは戦後まもない日本の保守的な田舎にストリップというアヴァンギャルドな要素を導入しての、いわば若者を中心とした自由主義思想と旧来の大人たちによる保守主義の対立といった、当時問題にもなっていた要素を意識したドタバタ騒動を、時に微笑ましく、時にシニカルに、時に人情味たっぷりに描出していきます。

そのセンセーショナルな雰囲気をさらに際立たせるべく、本作は総天然色=カラー映画として製作されることになったともいえるでしょう。

–{実験精神旺盛だった木下惠介監督}–

実験精神旺盛だった木下惠介監督

日本初のカラー映画は1937年に製作された『千人針』とされていますが、こちらは海外のカラー・フィルムを使用したもので、尺も39分(現存するフィルムは23分)の中編でした。

『マダムと女房』(31)で日本初のトーキー映画を成し得た松竹では戦後、日本初の国産フィルムを用いたカラー長編映画の製作をめざし、富士写真フィルム(現・富士フィルム)と提携して本作の撮影を敢行。

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もっとも当時のカラー・フィルムは技術面やコストなどさまざまな問題が多かったため、本作はまずカラーで撮影した後、モノクロ・フィルムでも撮影するという二重の手間をかけて制作(なお本作のカラー撮影は外型反転カラー・フィルムを用いており、ネガ・フィルムではありません)。

フィルムそのものの問題はもとより、大量の照明が必要とされ(そのためほぼ全編をセットではなく、昼間のロケで撮影)、さらにはカラー映像に見合ったメイクの開発など、撮影現場の労苦もかなりのものがあったようで、カラー撮影を終えてモノクロ撮影に切り替えるとスタッフもキャストも一気にリラックスしていたとのことです。
(そのせいか、役者の演技そのものはカラー版よりモノクロ版のほうが良好といった意見もあります。現在、モノクロ版もBlu-rayで見ることができます)

また上映用フィルムの製造にも手間がかかるという理由で、本公開時は東京や大阪など都市部ではカラー版、地方ではモノクロ版を公開しました。

木下惠介監督は『二十四の瞳』(54)『喜びも悲しみも幾歳月』(57)などヒューマニズムに根差した名匠として語られがちですが、実は実験精神旺盛な映画人で、全編の大半を占める回想シーンを卵型サイズの画面で構築した『野菊のごとき君なりき』(55)や、ラスト以外をオール・セットで撮影した『楢山節考』(58)、モノクロで撮影されたフィルムに部分着色していく戦国絵巻『笛吹川』(60)、ドキュメントとドラマとアニメを融合させた『父よ母よ!』(80)など、さまざまな技法を駆使して斬新な映像を発表し続けていきました(ちなみに、いちはやくTVドラマの世界に乗り込み、TVホームドラマの基礎を築いたのも彼です)。

本作の場合、まだ発展途上段階のカラーフィルムということで、結果論ではありますがどこか人工的で鮮やかな色味がヒロインらのかっとんだ言動などを見事に描き得ているように思えます(これが現在の自然な発光がなされたカラーだったら、面白さは若干薄れていたことでしょう)。

なお、こうした木下監督の最後の弟子となった本木克英監督はデジタル特撮を駆使した『ゲゲゲの鬼太郎』2部作(07・08)や『鴨川ホルモー』(09)、3D映画『おかえり、はやぶさ』(12)など新たな技術を導入しての作品を次々と打ち出しています。

鴨川ホルモー

師匠の実験精神が確実に後進に受け継がれていることがわかる嬉しい事象でもありますね。

(文:増當竜也)