タランティーノも愛した和製SFホラー『吸血鬼ゴケミドロ』

映画コラム

(C)1968 松竹株式会社

日本時間の2020年2月10日(月)に第92回アカデミー賞授賞式が開催されます。

今年度の本命は『ジョーカー』で、対抗馬として『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が挙げられますが、アカデミー賞の行方を占うとされる英国アカデミー賞では『1917 命をかけた伝令』が作品賞など7部門を制覇したり、また『パラサイト 半地下の家族』が韓国映画として初めて作品賞候補に上るなど、意外や意外な結果になる可能性も大であります。

さて、今回の《金曜映画ナビ》は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のクエンティン・タランティーノ監督がこよなく愛する日本のSFホラー映画『吸血鬼ゴケミドロ』(68)をご紹介したいと思います。

映画マニアのタランティーノ監督は当然日本映画への造詣も深いものがありますが、かつて自作『キル・ビルVol.1』にも本作へのオマージュを込めたショットを構築するなど、その偏愛ぶりもハンパではありません。

では、そんな『吸血鬼ゴケミドロ』とは一体どんな内容なのか……?

宇宙生命体ゴケミドロによる地球侵略の恐怖

羽田空港から飛び立った小型旅客機が伊丹空港へ向かう中、ブリタニア大使を暗殺して逃亡中のテロリスト寺岡(高英夫)にハイジャックされ、進路を沖縄に変更するよう要求されます。

しかしその直後、旅客機はまばゆい光を放つ謎の飛行物体と遭遇し、見知らぬ山中に不時着……。

生き残ったのは副操縦士の杉坂(吉田輝雄)やスチュワーデスの朝倉(佐藤友美)、科学者の佐賀(高橋昌也)そして寺岡など10名。

まもなくして寺岡は皆を脅し、その場から逃走しますが、岩陰でオレンジ色に輝くUFOを発見し、その光に操られるかのように中へ入っていきます。

やがて寺岡の額がぱっくりと裂け、その中にアメーバ状の宇宙生物ゴケミドロが侵入……。

血液を常食とし、食料源を求めて地球に飛来してきたゴケミドロは、寺岡の肉体を借りて生存者を次々と襲い始めていくのですが……。

–{1960年代後半の世界的混沌をSFホラーの形で体現}–

1960年代後半の世界的混沌をSFホラーの形で体現

本作は1960年代後半の特撮映画&ドラマ・ブームの中で松竹が『宇宙大怪獣ギララ』(67)に続いて製作したものですが、その内容はシニカルでペシミズムに満ち溢れたもので、大船調とも呼ばれる同社のアットホームな人情劇のイメージとは真逆に位置するものでもあります(ちなみに本作の制作は大船ではなく、松竹京都太秦撮影所)。

そもそもは人間に乗り移る能力を持つ善玉宇宙人と、宇宙生物ゴケミドロとの闘いを描くというピープロ(『マグマ大使』66や『宇宙猿人ゴリ』71などで知られる制作会社)のTVシリーズ企画だったものが、いつしかゴケミドロを主体とする侵略SF恐怖映画へ移行。

監督には東映から『散歩する霊柩車』などで異彩を放っていた佐藤肇が、また脚本もTV『キイハンター』などの高久進が招かれ、当時松竹の脚本部員であった小説家・小林久三とともにストーリーを構築し、その結果、吸血型侵略宇宙人がもたらす恐怖のみならす、その存在におびえるあまりエゴ剥き出しになっていく人間そのものの醜さまで露呈させていく、当時の日本映画としては珍しく救いのないディストピアSF映画として屹立していくことになりました。

まるで血の海のように赤く染まった空(タランティーノは『キル・ビルVol.1』の中で、この空を再現し、オマージュを捧げています)、まるで自殺するかのように旅客機にぶつかっては血しぶきを上げていく鳥など、開巻早々不気味な雰囲気が醸し出されていきます。

不時着後は、吉田輝雄、金子信雄などアクの強い個性派名優らが体現。

また特筆すべきはゴケミドロに体を乗っ取られる高英夫で、本業はシャンソン歌手である彼の意外な存在感がここで発揮されることになりました。

今の目ではキッチュなB級感覚に満ちながら映えわたる特撮の数々も、作品の資質に大いに見合っていると感じられます。

本作が製作された1960年代後半はヴェトナム戦争を筆頭とする不信感や絶望、混乱などがカオスのごとく世界全体を覆いつくしていた時期でもあり、日本でも学生運動が激化していくといった風潮の中、当時の映画人もヤクザ映画やピンク映画、反体制的アート映画などペシミスティックな思想に裏打ちされた創作活動に邁進していました。

本作もその流れに沿った1本であり、松竹も本作に続いて『昆虫大戦争』(68)なるディストピアSF映画を製作。

「映画は時代を映す鏡」とはよく言われることですが、A級大作よりもB級プログラムピクチュアのほうにこそ、実はそういった資質が自然と盛り込まれていくことも今では周知の事実です。

そしてディストピア型のSF映画やゾンビなどの世界終末ホラー映画が増加している現代も、どこかしら1960年代後半の混乱と似てきているのかもしれませんね。

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(文:増當竜也)