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ヴェトナム映画と聞くと、多くの日本映画ファンはどうしても『地獄の黙示録』や『プラトーン』などヴェトナム戦争を描いた戦争映画を真っ先に思い出してしまうところがありますが、それらの大半はアメリカ映画であって、実際のヴェトナム映画は他のアジア諸国同様に今では多彩なジャンルの作品を発表し続けています。
(そもそもヴェトナム戦争終結から40年以上の歳月が流れているわけですし、ヴェトナムの人々からするといつまでも戦争のイメージで見られるのも心外ではあることでしょう)
今回ご紹介する『サイゴン・クチュール』も現在のヴェトナム映画の盛況を象徴するエンタテインメント作品で、簡単に言ってしまうと……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街425》
1969年から2017年のサイゴンにタイムスリップしちゃったヒロインが織り成すオシャレなファッション・バトル映画なのでした!
1969年から2017年のサイゴンにタイムスリップしたわがまま娘!
『サイゴン・クチュール』の舞台は、まず1969年の南ヴェトナムの首都サイゴンから始まります。
9代続いたヴェトナムの民族衣装アオザイ仕立て屋の娘ニュイ(ニン・ズーン・ラン・ゴック)は、ミス・サイゴンに選ばれるほどの美人でスタイルもファッション・センスも抜群。
ただし性格はわがままお嬢様の極みで、アオザイを仕立てる昔気質の母(ゴ・タイン・ヴァン)とも対立しっぱなし。
そんなニュイがひょんなことから現代(2017年)のサイゴンにタイムスリップしてしまい、そこで変わり果てた姿の自分(ホン・ヴァン)と対面してしまいます!?
およそ48年の月日の中で、ニュイは急逝した母の店を継いでアン・カインと名乗ったものの、やがて店は傾き、倒産。それでも自堕落は収まらず、ついには生家まで取り上げ寸前の状態なのでした。
未来の悲惨な自分を目の当たりにしつつ、ニュイは自慢のセンスを駆使してファッション業界に躍り出て、アン・カインの家と店を取り戻そうとするのですが、彼女のセンスは1969年ではオシャレでも、2017年の今に通用するのか……!
まさに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と『プラダを着た悪魔』を足して2で割ったようなヴェトナム版ファッションSFアドベンチャー映画、それが『サイゴン・クチュール』の本領といってよいでしょう。
1969年と2017年の濃厚な映像色彩を巧みに分けながら、徹底的にカラフル&ポップな世界を構築。
母親役で本作のプロデューサーも務めたゴ・タイン・ヴァン(ベロニカ・グゥ名義で『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』にローズの姉ペイジ役で出演! 2013年には世界美女ベスト10にも選抜)や監督のケイ・グエン、製作&コスチュームデザインのトゥイ・グエンをはじめ女性スタッフが多数集結し、洋の東西を問わず女性が好む要素をたっぷり導入。
現代ヴェトナム映画界を代表する若手人気女優ニン・ズーン・ラン・ゴック扮するヒロイン、ニュイのわがままコミカルな風情が次第に凛としたものへ変貌していく麗しい成長物語としても好もしく屹立しています。
正直、2020年正月映画の中でこれは大穴的快作であり、同時期のデート・ムービーにもっともふさわしい作品といえるかもしれません。
–{面白くなってきたアジア諸国の映画状況}–
面白くなってきたアジア諸国の映画状況
冒頭で「多彩なジャンルの現在のヴェトナム映画」云々と記しましたが、その中でも本作は革命的なまでにオシャレな極上ファッション・エンタメとして大ヒットし、また本作に登場する新しいアオザイが若者達の間で大流行したとのこと。
そんなファッション・ファンタジーがいよいよ日本上陸! なわけですが、旧世代の映画ファンとしては最初の舞台となる1969年のサイゴンでの諸描写に、ヴェトナム戦争の影が微塵も見られないのが意外といえば意外です。
もっともこの時期はまだサイゴンは陥落していませんし(北ヴェトナム軍によるサイゴン陥落は1975年4月30日)、それ以上に本作からは戦争云々の要素を意図的に外した感もうかがえます。
つまりは「いつまで戦争にこだわる向きこそ野暮である」とでもいったメッセージ。
また戦時下とはいえ当時のサイゴンにまだ戦禍は及んでいなかった以上、現地の若者たちがオシャレに興じているのもある意味リアルといえるのかもしれませんし、それこそ『この世界の片隅に』で描かれているように、戦時中でもちゃんと庶民の生活があったことを知らしめているのが本作の美徳のひとつでもあります。
いずれにしましても、アジア諸国の映画状況は21世紀に入って目まぐるしく変わりました(日本はむしろ旧態依然としたままかもしれません)。非常に面白い時代になって来たと思いますし、この『サイゴン・クチュール』もまたそうした事象を象徴する1本ともいえるでしょう。
(文:増當竜也)