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2019年もいよいよあとわずか。映画界は既に2020年のお正月に向けて次々と新作を発表し始めていますが、その中にはアニメーション映画も含まれています。
日本映画では既に『ルパン三世THE FIRST』『ぼくらの7日間戦争』『妖怪学園Y 猫はHEROになれるか』が公開中で、20日からは『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ヒーローズ:ライジング』『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が、27日からは『新幹線変形ロボ シンカリオン 未来からきた神速のALFA-X』が公開。
この中では『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が熱烈プッシュではありますが、『妖怪学園Y』や『シンカリオン』などもTV人気におもねない攻めの姿勢が好もしい仕上がりになっています。
洋画ではご承知の通り『アナと雪の女王2』が現在メガ大ヒット中で、続いて『ひつじのショーン UFOフィーバー!』や20日公開『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』も楽しい出来。
ちょっと背伸びしたい向きには台湾版『おもひでぽろぽろ』ともいえる秀作『幸福路のチニ』や、小規模公開ゆえに上映終了してしまったところも多いNetflix映画『失くした体』も、現在同サイトで配信鑑賞できますので、こちらも必見。
こうしたアニメ映画が目白押しの中、個人的に最もお勧めしたい作品『ブレッドウィナー』も20日からYEBISU GARDEN CINAMAを皮切りに全国順次公開されます。
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』や『ブレンダンとケルズの秘密」など、今世界中から注目されているアイルランドのアニメスタジオ“カートゥーン・サルーン”がカナダ=アイルランド=ルクセンブルグ合作で2017年に製作。
そしてハリウッド・スターのアンジェリーナ・ジョリーがエグゼクティヴ・プロデューサーとして参画したこの作品……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街424》
家族のために髪を切って“少年”になった少女の勇気と冒険をエモーショナルかつファンタジックに描いた感動作なのです!
タリバン政権下のアフガンに生きる少女
映画『ブレッドウィナー』の主人公は戦争で荒廃し、タリバン政権に支配されていた頃のアフガニスタンの首都カブール(カーブル)に生きる少女パヴァーナ、11歳。
この地では過激思想による女性への差別と迫害が、日常的に横行しています。
男を伴わない女だけの外出は禁止……。
外出の際や男たちの前で顔を出してはいけない……。
大声を出してはいけない……。
お金を稼いではいけない……。
そして「女(パヴァーナ)に本を読ませた」といういわれなき罪で、教師だった父親がかつての生徒に逮捕され、投獄されてしまいます。
抗議しようとした母も虐待を受けて負傷。
一家に残された男はまだ幼い弟のみで、かくして生活を支えるためにパヴァーナは髪を切って、亡き兄の服を着て男になりすまし、外出して売買を行うようになります。
本作の原題“THE BREADWINNER”には「一家の稼ぎ手」といった意味がありますが、過酷な状況下でパヴァーナはまさに一家の稼ぎ手にならざるを得なくなったのです。
もっとも彼女はめげることはありません。
なぜなら、父から教えてもらった“物語”に夢を馳せては希望を見出し続けているからです。
やがて家族は親戚の住む町へ引っ越しせざるを得なくなってしまいますが、それまでにパヴァーナは父を救おうと動き出し……。
–{見る者の意識を啓蒙する真のエンタテインメント}–
見る者の意識を啓蒙する真のエンタテインメント
本作は平和活動家のデボラ・エリスが1997&1999年にわたってパキスタンのアフガニスタン難民キャンプで多くの女性や子供たちに取材しながら書き上げたベストセラー小説『生きのびるために』を原作にノラ・トゥーミー監督が映画化したものですが、タリバン支配下の過酷な状況を伝えるとともに、決してくじけない少女の勇気を通して希望の未来が示唆されていきます。
そこに大きく関わってくるのが“物語”の存在で、一見何の腹の足しにもならないようでいて、実は心を豊かにし、人生に潤いを与えてくれる“文化”のひとつ。
こういった文化をないがしろにするとき、世界は荒廃してしまうことまでも本作は訴えているようです。
劇中、日常のシーンは2Dで、“物語”シーンは切り貼りアニメで表現されていますが、これによって現実と空想の対比が明快になされるとともに、アニメーション技術ならではのファンタジック性も増大。
シビアな題材ながらもファンタスティックな映画の味わいをとくと堪能できる仕組みに成り得ています。
またイスラム原理主義の非道を訴えながらも、イスラム教そのものやイスラム文化などを否定していないのも、この映画の妙味でしょう。
登場する男たちもすべて害悪として描かれるのではなく、パブールに協力する者も登場します。
もっともタリバンは鳥や動物を籠に閉じ込めることは禁止しつつも、女性に対しては家の中に閉じ込め、性奴隷のごとき扱いを徹底させていました。
そして現在のアフガニスタンはタリバン政権こそ崩壊したものの性差別は厳然と残っており、女性教育や自己表現は命の危険すら伴うほどタブー視されています。
差別や慣習を改めようとする女性人権活動家に対する脅迫は絶えることなく、実際に暗殺事件も幾度か発生。
自転車に乗っただけで迫害され、親が反対する結婚相手を選んだことで肉親から殺害されたりも……。
国連からは「アフガニスタンは女性に対する環境が世界最悪だ」と指摘されています。
(もっとも、日本もレイプされた被害者がなぜかバッシングされてしまうなど、実は性差別の意識が今なお根強いことには変わりないでしょう)
こうした状況下で人権活動家としても知られるアンジェリーナ・ジョリーが本作の製作に関与しているのも、当然といえば当然なのかもしれません。
昔も今も娯楽と芸術を分けて考えたり、アニメーションにしても「子供のものだ」とか逆に「大人向けに作りました」といった区分けがなされがちですが、本作のような優れた作品に接すると、芸術も娯楽要素の一ジャンルにすぎず、同時に見る側の意識を啓蒙し高めてくれるものこそが優れたエンタテインメントであり、また本来アニメーション技術そのものに大人だの子供だのといった区分けは無意味であることまで、改めて痛感させられます。
こういった意識に気づかされるのは、古くは『風の谷のナウシカ』『火垂るの墓』などから、最近では『幸福路のチー』や『この世界の片隅に』などの優れた作品群であり、『ブレッドウィナー』もそうした真のエンタテインメント作品として少しでも多くの人々に受け止めていただきたいと願ってやみません。
(文:増當竜也)