Netflixオリジナル映画「アイリッシュマン」
11月27日(水)独占配信開始
Netflixにてついに巨匠マーティン・スコセッシ監督作品『アイリッシュマン』が配信されました。
全米トラック運転組合員からアイリッシュ・マフィアの殺し屋へ転じた男フランク(ロバート・デ・ニーロ)の目から見据えた20世紀アメリカの裏歴史が堂々3時間29分の長尺で綴られていきます。
スコセッシ監督宿願の企画ながらハリウッド・メジャーは膨れ上がる製作費に恐れをなして撤退し(先ごろスコセッシ監督が「マーベル映画は映画ではない」などと発言した一件も、実はこういった映画業界の内情が大いに関係しているものと捉えられています)、代わってNetflixが1億2500万ドルを出資することで製作続行が可能となり、この度堂々完成。
昨年あたりからNetflixなど配信サイトで製作されたオリジナル作品は映画か否かといった論議がずっと映画業界や映画ファンを賑わしていますが、少なくともそのきっかけとなった『ROMA/ローマ』も、そしてこの『アイリッシュマン』も映画館での上映がなされ(私も最初は劇場で観ました)、多くの映画ファンから“映画”として大いに喝采されていますし、今からでも鑑賞可能な環境にある方にはぜひ銀幕の大画面で堪能していただきたい傑作です。
さて『アイリッシュマン』はこれまでのスコセッシ監督作品のエッセンスが詰まった集大成的要素満載の作品です。
ロバート・デ・ニーロやジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテルといった旧友らと久々に相まみえながら(しかもそこにアル・パチーノまで加わって!)、血と暴力に染まった大河ドラマを見ていくと、彼の過去作品にまで想いを馳せてしまうものがあるのです。
そいうわけで今回はマーティン・スコセッシ監督作品の魅力などを項目分けして記していければと思います。
ロバート・デ・ニーロとのあうんの呼吸の名コンビ
マーティン・スコセッシ監督作品と言えば真っ先に挙げられるのが『タクシー・ドライバー』(76)であり、名優ロバート・デ・ニーロとの名コンビぶりです。
デビューして間もない1970年代初頭にブライアン・デ・パルマ監督の紹介でロバート・デ・ニーロと出会ったスコセッシは『ミーン・ストリート』(73)で初めてデ・ニーロを起用(同じくスコセッシ映画の常連ハーヴェイ・カイテルとのダブル主演みたいなスタンス)。
そして同じくデ・パルマに紹介されたポール・シュレイダー脚本による『タクシー・ドライバー』は、ヴェトナム戦争帰りの孤独なタクシー運転手の心の闇がいつしか正義のヒーローじみつつもその実常軌を逸した暴力を発露させていく内容で、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞してスコセッシの名声を広く世に知らしめることになるとともに、世界中に大きな衝撃を与えました。
現在大ヒット中の『ジョーカー』も『タクシー・ドライバー』や、売れないコメディアンが人気コメディアンを誘拐する『キング・オブ・コメディ』(83)などスコセッシ作品にインスパイアされたところは多分にあります(だからこそ『ジョーカー』にはデ・ニーロが出演しているのです)。
これまでスコセッシとデ・ニーロがコンビを組んだ作品を順に記すと『ミーン・ストリート』『タクシー・ドライバー』『ニューヨーク・ニューヨーク』(77)『レイジング・ブル』(80/デ・ニーロは本作でアカデミー賞主演男優賞を受賞)『キング・オブ・コメディ』『グッドフェローズ』(90)『ケープ・フィアー』(91)『カジノ』(95)、そして今回の『アイリッシュマン』の9作品となります。
いずれも見応え満点であり、スコセッシ映画に初めて触れる方は、これらロバート・デ・ニーロ主演映画群から見始めるのが一番入りやすいでしょう。
–{ロックと映像の融合その造詣の深さ}–
ロックと映像の融合その造詣の深さ
マーティン・スコセッシはキャリアの初期に『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』(70)『エルビス・オン・ツアー』(72/分割画面パートの監督)といった音楽ドキュメンタリー映画にも携わっていますが、そんな彼がさらなる音楽と映像の融合を目指したのがアメリカのロックバンド“ザ・バンド”の解散コンサートの模様を収めたドキュメンタリー映画『ラストワルツ』(78)でした。
ライヴのドキュメンタリーとはいえ、詳細な脚本を構築した上で綿密なリハーサルを行い、さらに本番ではヴィルモス・ジグモントをはじめとする映画の名キャメラマンを多数配して撮影を敢行。
ボブ・ディランなどゲスト・ミュージシャンも豪華な貴重な映像記録として今なお廃れることなく世界中のどこかで上映され続けている作品です。
以後もスコセッシはマイケル・ジャクソン《Bad》の16分に及ぶPVを演出したり、『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』(05)『ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』(08)『ジョージ・ハリソン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』(11)といった音楽ドキュメンタリー映画を監督し続けています。
(Netflixでもオリジナルドキュメンタリー『ローリングサンダー・レビュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』を発表したばかり)
ちなみにザ・バンドのリーダーでもあったロビー・ロバートソンはスコセッシ監督作品の映画音楽を多数担当しており、『アイリッシュマン』のその中の1本です。
–{レオナルド・ディカプリオとの21世紀型コンビネーション}–
レオナルド・ディカプリオとの21世紀型コンビネーション
21世紀に入ってマーティン・スコセッシ監督作品に新風を吹き込んだのがレオナルド・ディカプリオです。
初めて両者がコンビを組んだのは『ギャング・オブ・ニューヨーク』(02)ですが、これはスコセッシにとって念願の企画で19世紀後半NYマンハッタンのギャング同士の抗争を150億円の巨費を投じて描いたもので、当時若手スターとして筆頭だったディカプリオの人気あればこそ出資可能となった製作費だったのかもしれません。
実際、この作品でディカプリオも従来のさわやかな青春スターから個性的アクターとしての面を大いに引き出されており、彼はアメリカの大富豪ハワード・ヒューズの生涯を描いた『アビエイター』(04)を自身のプロダクションで製作するとともに、スコセッシを監督として起用。結果、ディカプリオはゴールデングローブ賞(ドラマ部門)主演男優賞を受賞しました。
続くコンビ作『ディパーテッド』(06)は香港映画『インファナル・アフェア』(02)のアメリカ・リメイクですが、これでアカデミー賞作品賞、監督賞、脚色賞、編集賞を受賞。
この後も『シャッター・アイランド』(10)『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13)とコンビ作は続いていきますが、いつのまにかディカプリオは往年のジェームズ・キャグニーのような個性派スターとしての貫禄を備えてきている感もあります。
スコセッシも彼とコンビを組むことで初々しさを取り戻したかのように、世界中に旋風を巻き起こしていくのでした。
–{宗教と信仰に根差したスコセッシ映画の真髄}–
宗教と信仰に根差したスコセッシ映画の真髄
さて、スコセッシ映画というとどうしてもヴァイオレンスのイメージが強いのですが、実は若き日の彼はカトリックの司祭を目指していたという意外な事実があります。
そんな彼がイエス・キリストをモチーフにした映画を撮るのは宿願でもあり、それが『最後の誘惑』(88)として実を結びます。
しかしこの作品、ギリシャの哲学者ニコス・カザンザキスの『キリスト最後のこころみ』を原作に、キリスト(ウィレム・デフォー)を迷える“人間”として描き、さらには彼を陥れたユダ(ハーヴェイ・カイテル)の裏切りは“神の使命”であったという解釈がなされていました。
それは十字架に架けられたキリストが見る「マグダラのマリア(バーバラ・ハーシー)と結婚して多くの子供を産み、人として死んでいく」という幻覚=悪魔からの最後の誘惑に対し、ユダが「せっかく俺がお前のために裏切ってやったのに、どうして昇天しないのだ!?」とでもいった檄が飛ぶのです。
こういった解釈はいくつものキリスト教関連団体から非難され、上映反対運動も起きたほどでしたが、人間が神になる試練が肉体的のみならず精神的にも暴力の苦悩を伴うことにこだわるあたりは、やはりスコセッシ映画ならではとも思えます。
一方、彼はキリスト教とは真逆ともいえるチベット仏教の最高指導者ダライラマ14世が1950年に始まる中国のチベット侵攻に伴う混乱の中、59年にインドへ亡命するまでの若き日の半生を描いた『クンドゥン』(97)を発表しています。
出演者の大半は俳優ではなく亡命チベット人で、政治的理由でチベットでの撮影は当然不可能なので(本作は今なお中国での上映は禁止されています)、何と『最後の誘惑』と同じモロッコ・ロケで主な撮影を敢行。
キリスト教と仏教の映画を同じロケ地で撮るという行為もまたスコセッシの宗教観を表しているような気もします)。
『最後の誘惑』の厳しさに比べて、こちらは非情な歴史劇の中にも信仰的慈愛がひしひしと感じられる作品になっています。
血と暴力に満ちたスコセッシ映画を見慣れた目には、この2作は一見意外に思えつつ、よくよく捉えていくと実にスコセッシ映画の本質を突いたものに成り得ているような気もしてなりませんし、救えなかった患者の幽霊に悩まされる救命士(ニコラス・ケイジ)の苦悩を描いた『救命士』(00)も、この系譜の中に入れられるかもしれません。
最近も日本における隠れキリシタンを題材にした『沈黙―サイレンス―』(16)を発表しているスコセッシ、新作『アイリッシュマン』も、最後に信仰のエピソードが描かれていきます。
映画遺産の保護と映画へのリスペクト
マーティン・スコセッシが月日とともに劣化していく映画フィルムの保護運動などに尽力していることは映画ファンには周知の事実ですが、幼いころから古今東西の映画に親しんできた彼は『マーティン・スコセッシ 私のアメリカ映画旅行』(95)『同 私のイタリア映画旅行』(99)といったドキュメンタリーを監督したり、映画史探究的な作品にも数多く出演しています。
(2015年の『ヒッチコック/トリュフォー』や、2016年に作られた高倉健のドキュメンタリー映画『健さん』にも顔を出してましたね)
出演といえば、敬愛する黒澤明監督作品『夢』(90)にゴッホの役で出ています。日本の映画ファンとしては嬉しい映画史の1ページです。
『ハスラー2』(86)など名作映画の続編や、J・リー・トンプソン監督のスリラー『恐怖の岬』(62)をリメイクした『ケープ・フィアー』などの再映画化作品にも果敢に挑戦しています。『インファナル・アフェア』をリメイクした『ディパーテッド』は、外国映画をリメイクしたアメリカ映画としては初のアカデミー賞受賞作品となりました。
映画技術の躍進にも興味を示し続ける彼は3D映画も大好きで、『ヒューゴの不思議な発明』(11)を3D映画として発表しましたが、これは映画草創期に活躍したジョルジュ・メリエス監督を題材にしたもので、3D効果も他の追従を許さないほど優れたものでしたが、それ以上に最新の3D技術を駆使して(しかも初のデジタル撮影で)映画の始まりの時代を描こうという試みに、スコセッシの深い映画愛が感じられてなりません。
このようにざっと駆け足で追ってきたマーティン・スコセッシ監督作品。何せ数が多いだけにいきなりすべてを見るのは大変でしょうが、やはり『アイリッシュマン』およびロバート・デ・ニーロとのコンビ作あたりから始めてみるのがよろしいかと思われます。
(文:増當竜也)