Photo via Visual Hunt
「映画館で何を食うか問題」については、多くの人が「ポップコーン」または「食わない」といった選択をすると思う。
この背景には、映画館の食い物は価格が総じて高い、ニオイが出るから嫌、腹が減ってない、そもそも食わない派だ、つうか味が微妙など、さまざまな理由が考えられるが、だいたいこんなところではないだろうか。
上記の「味」について、映画館(とくにシネコン)におけるメニューは、ほぼすべてが「別に不味くはないが、なんだか微妙」という絶妙なラインを突いている。コンビニ飯ですら美味い時代に、これほどのクオリティを維持できるのは正直凄い。
しかし、これは「そこまで美味くない=ダメな料理」といった単純な図式では表現できない。何かすっげぇ微妙なんだけど癖になる映画が存在するように、自分にとっては妙にハマる料理というものは確実に存在する。
現在、筆者にとってその筆頭は、TOHOシネマズが販売する「ちょびっとチキン」である。
–{TOHOシネマズが生んだ至高の微妙メニュー}–
TOHOシネマズが生んだ至高の微妙メニュー「ちょびっとチキン」について
「ちょびっとチキン」は、唐揚げとチキンナゲットが融合したような何とも言えない一品であり、小箱に入ったスタイルで提供される。値段は370円、セットは680円である。
ちなみに「ちょびっと」と名付けられているものの、内容量は普通である。体感としては「からあげクン」よりやや少ない、もしくは同量といったところだろうか。つまり、別に少なすぎるわけでもなく、多いわけでもない。
では、何が「ちょびっと」なのか。考えるに「まあ、映画館でちょっとつまむくらいだから、ちょびっとだよね」とか「脂物だけど、ちょびっとって響きが女性ウケしそうだよね」とか、おそらくは適当・妥当にネーミングされたものだと思うが、35歳のオッサンが「ちょびっとチキンください」とカウンターで頼むには、ちょっと恥ずかしい。もしかしたら、頼むのがちょびっと恥ずかしいからちょびっとチキンなのかもしれない。
ネーミングの話はこのくらいにして、味はどうかというと、自販機で出てくる唐揚げよりは美味く、サービスエリアやテーマパークで提供される同様の商品と比較すると同程度、ケンタッキーフライドチキンやフレッシュネスバーガーのチキンナゲットよりは劣るといった具合で、5文字で表現するなら物凄く微妙である。
一口食べてみると、申し訳程度に胡椒がいていることがわかると思う。口中で「ムラっ」とほぐれる食感が面白い。
ここで注意したいのが、当該商品は箱に入ったままレンチンされ、アツアツの状態で供されるのだが、温めたてのちょびっとチキンは正直あまり美味くない。香りは出るものの、加熱されたことにより脂感が増し、味がぼやけてしまう。
なので、すぐに食ってしまうのは勿体無い。早めに劇場に入ってしまいやることがないからと、山崎紘菜が画面に登場しているうちに食べきってしまう人もいるかもしれないが、グッと我慢して欲しい。山崎紘菜がいくら棒読みだとしてもグッと堪えて欲しい。せめて『NO MORE 映画泥棒』が上映されるまでは待って欲しい。
ところで、山崎紘菜の棒読みは、その後に上映される作品に出演している俳優の演技ハードルを下げるために機能している。つまりわざとやっているのであって、美しく、将来ある女優があの棒読み加減で「今から映画を観るぞ」と構えた観客に向かって喋り、上映作品がアレだったときの「まあ、山崎紘菜よりは棒読みじゃなかったな」といった感じで防波堤になるというディフェンス力はヤバい。筆者の見立てでは、山崎紘菜は前説的映像において、2%程度の実力しか出せていないはずだ。ちなみにこの手法は『カメラを止めるな!』にも通じるが、今書いている暇はない。というか、こんなコラム読んでないで『カメラを止めるな!』を観に行ってください傑作です!
(C)ENBUゼミナール
勢い敬体になってしまったので話を戻すとともに冷静になるが、ちょびっとチキンは冷めることにより、本来のポテンシャルを発揮する。冷たくなると肉が締まるので、スパイスの味がしっかりと出る。口中で味が広がるようになり、深みが出るのでおどろくほど味が変わる。少しずつ食べて味の変化を楽しむのもおすすめだ。
合わせるドリンクは、メロンソーダが至高である。コーラはパンチが強すぎ、ビールは一見合いそうだが、チキンとの味の兼ね合いがやや悪い。アルコール類ならば赤ワインがよいだろう。重さは問わない。白でもよく冷やした軽めのものなら合うと思う。
さて、こんな長たらしく書かなくとも、ちょびっとチキンは微妙なメニューである、と一行で説明できる。ただ、現状TOHOシネマズでしか食べれない、唯一無二の一品であることもまた確かである。もし未体験の方がいたら、ぜひ試してみて欲しい。
ちなみに、やはり脂物だからして、ニオイが出るので周りに対してちょっと気不味い気分にはなる。そんなときは前もって購入し、じゅうぶんに冷ましてから入場すればやや抑えることができる。さらにプレミア ボックスシートに座り、両サイドとの距離を取ればモアベターだ。
–{不味いものが食えなくなったこの時代に}–
不味いものが食えなくなったこの時代に
そもそも、セブンイレブンでも松屋でも、今ではだいたいのものが美味すぎる。せっかく「松屋」というワードが登場したので、松屋のカレーがどのような味の変化を遂げてきたかを書きたいのだが、本題ではないので割愛する。
不味いものが食えなくなったこの時代に、店のオヤジが客席でタバコを吸いながら新聞紙を広げているラーメン屋などはもう都市伝説の類になっている。かつて高速道路のサービスエリアにあった、座って食うのに不味い蕎麦、モワッとした食感のフランクフルト、雑な味のアメリカンドッグなど、都会、とくに東京に住んでいては見つけることすら難しい。
現状、手軽に手に入るという点で、その不味さをかろうじてキープしているのが、美味いものしかないセブンイレブンのアメリカンドッグであるのは興味深い。アレが売られなくなったら、筆者はこの、不味いものが食えなくなった世界に対して暴動を起こす準備がある。
映画館の話に戻る。劇場のパネルに映し出されるメニューは、長年停滞しつつも微妙な変化を遂げている。その姿はまるで売上の少ない飲食店が何とか客単価を上げようとして、微妙なメニューを繰り出して失敗してしまう感じに似ていて、なんだか情けなく、憎めない。
その独特な「何とも言えない味」は、ガキの頃食ったなら、確実に思い出になる。味が口中に広がった瞬間「ああ、懐かしいな」と感じるのは、何よりも効くスパイスだし、観た映画のことも回顧させる。映画館に入った瞬間に香るキャラメルの香りのように、味もまた思い出の再生装置である。
ちょびっとチキンもまた、一口食べれば、今までに観た様々な映画を思い出すことができる。海外ロケをする前の山崎紘菜の姿を思い出すことができる。ウサギだかキツネだかわからない生き物が楽しそうにやり取りしている微妙なアニメーションを思い出すことができる。そして、あの日観た映画を回顧することができる。それは、口に放り込んだちょびっとチキンの数に比例して増えていく。
ちなみに、筆者はこのコラムを書くにあたって、TOHOシネマズ六本木ヒルズに足を運び、集中するためプレミア ボックスシートを購入し、ちょびっとチキンの時間による味の変遷を事細かにメモしていたところ、映画の内容がまったく頭に入らず、席料2,800円を払ってちょびっとチキンを食いに行っただけという、ちょびっとチキンの味のような思い出が追加された。食ってもいないのに今、口中に微妙なスパイスの香りが広がる。
(文:加藤広大)