『インサイド・ヘッド』から読み解く「リーダー論」とは?もっと面白くなる5つのポイント!

映画コラム

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本日6月16日に金曜ロードSHOW!で放送される『インサイド・ヘッド』は、頭の中の感情を“擬人化”するアイデアを見事に成功させた異色作。何となく観ているだけでも楽しい作品ですが、実はオトナこそハッと気づくことがある、奥深い作品でもあるのです。ここでは、さらに本作が面白くなる5つのポイントを紹介します!

※以下、核心的な部分は避けていますが、『インサイド・ヘッド』本編の軽めのネタバレに触れています。なるべく鑑賞後に読むことをおすすめします。

1:ヨロコビはダメなリーダーだった?

主人公の女の子のライリーの頭の中には、ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ムカムカ、ビビリという5人の感情が住んでいます。彼女たちのリーダーであるヨロコビは、朝から仲間にテキパキと指示をする有能さを見せている……と、思いきや、カナシミにだけには「あなたの仕事はこの輪の中にすべての悲しみを入れておくことよ」と言っていました。

言うまでもなく、これは体(てい)よく仕事を与えているようで、その実「お前は何もするな」と、カナシミの可能性を全否定している命令です。ヨロコビは彼女を“職場で余計なことばっかりする存在”としか認識しておらず、その能力に目を向けていないのです。仲間をつまはじきにして“窓際族”のように仕事をさせないなんて、思いっきりダメなリーダーではありませんか!

また、ヨロコビがカナシミに「マニュアルでも読んどいてよ」と“とりあえず”な指示をしていたことが、後に司令室へ戻るための道標になったことがありました。結果的によかったとはいえ、これもまたダメなリーダーの典型ですよね。部下に実践的な教育をせずにマニュアルを読ませ、しかもそれを指示した本人は読んでいないなんて……。基本的なことが書かれているマニュアルは、やはり仕事の役に立つものですよね。

なお、ヨロコビは転校初日のライリーを1日中ハッピーにすることを目標としていましたが、ライリー自身は家から出る前に「緊張するけどきっと楽しいよ」と不安そうに言っていました。そうした“本音”を気にもせず、とにかく喜びでいっぱいにするというヨロコビのプランは的外れとも言ってもいいでしょう。組織または会社(ライリー)が求められているもの(本当は転校してちょっと悲しい)と正反対のこと(無理にでも楽しくしよう!)をする、というのもダメなリーダーっぽさを感じてしまいます。

そんなわけで、ライリーの頭の中のヨロコビは、“自分の目標ばかり優先して空回りしたあげく、仲間を信頼していない”という、反面教師的にリーダーの有り方を学べるキャラクターなのです。そんなヨロコビが、カナシミという大切な仲間の“役割”を知り、ライリーが本当に幸せになるための行動をする……本作は、そんなリーダーの成長物語と言ってもいいでしょう。

ちょっとヨロコビのことをフォローすると、彼女はライリーの登校の直前、ムカムカが「ママとパパと人前を歩くなんて!」と言いながらレバーを引くのを止めさせて、ライリーに笑顔で「大丈夫だよ!」と言わせて家族の関係を良好に保つことに成功しています。やはり、ヨロコビもまた必要な感情なのですね(その後、猿のモノマネをした後のライリーの笑顔は、ひきつったようにも見えましたが…‥)。

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2:それぞれの頭の中のリーダーが違う!

ライリーの感情たちのリーダーはヨロコビでしたが、他の人間もそうだとは限りません。例えば、ママの感情たちのリーダーはカナシミに、パパはイカリになっていました(しかも、ママの感情たちは全員女性になっています)。

これは、“どのような性格の者がリーダーになってもいい”という提言なのではないでしょうか。ママのリーダーのカナシミは落ち着いた様子で仲間に指示を出していますし、パパのイカリは“ここぞ”という大事な時だけ怒りの感情を見せ、成果を出した仲間をしっかり褒めています。
どちらもライリーのヨロコビとはまったく違うリーダー像ですが、なかなか良い職場環境に見えますよね。ただ、パパの感情たちは話を聞いていなかったり、ママの感情たちに呆れられていたので、生産効率はあまりよくないのかもしれません(笑)。

また、エンドロールのおまけでたくさんの人間たちの頭の中を覗くことができるのですが……おしゃれにアイシャドーも入れてツンツンしていた女の子の感情のリーダーがビビリで「見え張ってカッコつけているのがバレたらどうしよう!」と言っているのが、なんだか気の毒でした。こんな風にビクビクして素直になれないくらいなら、思い切ってリーダーを交代したほうがいいのかもしれませんね。

また、ラストにちょっとだけ登場した、ライリーとぶつかってドギマギしていた男の子の頭の中も面白いことになっていました。彼の感情たちのさらなる活躍は、ソフト版に収録されている短編「ライリーの初デート?」で観ることができますよ。

3:字幕版ではこんな違いがあった!

ピクサー作品は作中に出てくる看板も含めて、その国の言葉に翻訳するローカライズに力を入れています。本作では、イカリが読んでいる新聞の見出しも日本語になり、それが“ライリーのその時の状況”を示しているのが面白いですね。

実は、本作では言葉どころか映像がまるごと置き換わっているシーンがあります。吹替版ではライリーの嫌いな食べ物はピーマンなのですが、字幕版ではなんとブロッコリーに変わっていているのです。

確かに日本では、子どもの嫌いな野菜はブロッコリーよりもピーマンのほうが一般的な気がしますね。その国の食文化まで考慮したローカライズには感服するしかありません。ソフト版で字幕版(音声を英語にする)と吹替版を切り換えて見てみると、それぞれの違いがわかって楽しいですよ。

また、ライリーのパパが脳内で見ていたスポーツも、サッカーとアイスホッケーの2パターンが用意されていたようです(ソフト版ではサッカーのバージョンだけが収録されていました)。

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–{“ビンボン”が表しているものとは?}–

4:字幕版で初めて気づくこともたくさんあった!

本作の吹替版は、竹内結子や大竹しのぶや佐藤二朗の声の演技がぴったり!で素晴らしいクオリティなのですが、実は吹替版では簡略化されていて、詳細な情報が伝わっていないところもありました(子ども向けとしてわかりやすいので、間違ったことではありません)。

たとえば、吹替版でヨロコビがライリーの睡眠を確認した時、吹替版の「ようし、寝たみたいね」というセリフは、字幕版では「レム睡眠に入ったわ」になっています。レム睡眠とは脳が半覚醒している“浅い眠り”の状態のこと。完全に脳がリラックス状態になるノンレム睡眠になると、人は夢を見なくなるのです。

吹替版で「思い出の保管場所」と呼ばれる場所は、字幕版では「長期貯蔵庫(Long Term Memory)」と呼ばれていました。同じくピクサー作品である『ファインディング・ニモ』では、魚のドリーが自身の忘れっぽさを「短期記憶(Short Term Memory)」と言うシーンがあり、この呼び名はそれの対比ともいえるでしょう

また、途中で登場するビンボンというキャラクターは“想像の友達”と呼ばれていました。実はImaginary Friendは心理学・精神医学の用語でもあり、1人っ子によくみられます。そのイマジナリーフレンドは幼少時に自然と“いなくなる”ことがほとんどであり、忘れてしまうことは健全に成長するための通過儀礼のようにも捉えられています。

ちなみに、本作の原題は「Inside Out」となっており、その意味は“裏返し”です。ヨロコビが気づいた、アイスホッケーの試合後のライリーの気持ちを考えれば、この原題の意味がはっきりするでしょう。ヨロコビとカナシミの感情は、この原題通り“表裏一体”のものといえるかもしれませんね。

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5.実は複雑な感情を表していた!

本作の否定的な意見には「感情はそんなに単純ではないのでは?」というものが多く見受けられました。人間の複雑な感情を、5人のキャラクターに置き換えるという語り口に違和感を覚えた方が多いようです。事実、初期段階の脚本ではオドロキ(Surprise)、ホコリ(Pride)、シンライ(Trust)、アンニュイなどの27のも感情のキャラクターが考えられていたそうですし、それはスタッフも懸念していた要素なのかもしれません。

個人的には、本作はたった5人のキャラクターであっても、人間の複雑な感情を見事に表わしていたと考えます。
例えば、ライリーが友だちとスカイプで会話をしていた時、ビビリが「もう新しい友達ができたの!?」と驚き、ムカムカが「ちょっとちょっと怒らない!これ以上島がなくなったら困るでしょう?」と告げ、ビビリも止めようとするものの、イカリがレバーを押してしまう、というシーンがあります。

このシーンでライリーが抱いた感情は“嫉妬”です。このほんのわずかなシーンであっても、“友だちが友だちでなくなってしまうことをビビリが恐れ、ムカムカもガマンできても、イカリの感情が爆発してしまう”という、嫉妬の複雑な感情がコミカルに表現されているのです。

他のシーンのライリーの行動をみても、きっと彼女の感情が論理的に構築されていることに気づけるでしょう。

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おまけ:『脳内ポイズンベリー』とは似て非なる内容?

『インサイド・ヘッド』が公開された2015年には、偶然にも“5人の頭の中のキャラクターが話し合う”というコンセプトがそっくりな『脳内ポイズンベリー』が公開されていました。

『脳内ポイズンベリー』の脳内のキャラクターは、理性、ポジティブ、ネガティブ、衝動、記憶を司っており、それぞれ“行動の原動力”になっているところがポイントです。『インサイド・ヘッド』が行動の前または後の頭の中の感情を表現していた一方、こちらはとことん「幸福のためにはどう行動すればいいのか?」を議論しまくるという内容でした。似ているようで、やはりその方向性は少し違うのです。

『脳内ポイズンベリー』では「頭の中で考えているだけでは何も解決できないのでは?」「好きな人との結婚のために必要なことはなにか?」という、『インサイド・ヘッド』にないメッセージも掲げられていました。主人公の女性と同じアラサー世代であると、良い意味で胸がイタくなる内容かもしれませんね。主演の真木よう子や古川雄輝が魅力的なのはもちろん、とことん前向きな神木隆之介、ネガティブだけでなくツンデレ成分を匂わせる吉田羊を見ているだけで楽しいので、キャストのファンには大プッシュでおすすめしますよ。

まとめ:まだまだ気付けることがたくさんある!

『インサイド・ヘッド』を観て改めて感じたのは、「子どもは単純にワクワクしながら楽しめて、大人には“気づき”を与えるピクサー作品ってすごい!」ということでした。

子どもには頭の中の大冒険がただただ楽しく、大人は前述した通りのリーダー論や、“子どもの成長を見守る親のあり方”についても学べるところが多いのですから。「ガムのCMの曲が耳から離れない!」「事実と意見って見分けがつかないよね」「結婚後もイケメンのパイロットの思い出にひたってしまう」など、大人がドキッとしてしまう風刺も効いていますよね。

さらに、劇中でライリーが見た夢で“歯が抜け落ちてしまう”というのは本人が不安を抱えていること、“ズボンが脱げてしまっている”というのは本当の自分の姿を隠し切れていないということの表れといった“夢分析”をすることもできます。このように、『インサイド・ヘッド』はいろいろと考察しがいのある作品なので、2回、3回と見直すごとに、新たな発見があるはずですよ!

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(文:ヒナタカ)