映画『永い言い訳』は、『ゆれる』『夢売るふたり』の西川美和監督が、第153回直木賞候補作にもなった自著を自身の脚本により映画化した作品です。
自己愛とコンプレックスが複雑に絡み合った小説家・衣笠幸夫(本木雅弘)が、突然訪れた妻・夏子(深津絵里)の死と向き合い、再生していく過程を描いた本作。
幸夫のような“大人になりきれない大人”から絶大な支持を得て、待望のBlu-ray&DVDが2017年4月21日(金)に発売されます。
原作と脚本の執筆から、映画の監督までを務めた生みの親・西川美和さんに、『永い言い訳』が“生まれるまで”と“生まれてから”をお聞きしました!
「ざまぁみろ!」と思われる“いけすかない”主人公に
── 東日本大震災を経て、本作の着想に至ったとのことですが、幸夫や陽一というキャラクターはどのようにして生まれたのでしょうか?
もうずいぶん前のことで、実はあんまり覚えていないんですよ(笑)。キャラクターを発想したのが2011年の暮れで、その後は『夢売るふたり』の仕上げに。それが公開されたのが2012年。
それから『永い言い訳』の作業に戻ったので、キャラクターが生まれたときの詳細は覚えていないんです。
ただ、今作の主人公は最悪な状況で大切な人を失うわけですが、その過酷な状況を観ている人に“かわいそう”と同情される善人よりも、“ざまぁみろ!”と思われるくらいの、いけすかない奴で描いたほうが、その後の展開が期待できるだろうなとは思いました。
(C)2016「永い言い訳」製作委員会
── 公開時のインタビューで、主人公の幸夫とご自身は近いものがあるとおっしゃられていましたが、幸夫がひどい目に遭うということは、作中で監督自身が自分を痛めつけているということにもつながりませんか?
痛めつけているというよりは、さらけ出しているというほうが正しいですね。自分の弱点や闇を言葉や映像で開くことには、必然的に痛みが伴います。
それを怖いと思うところもありますが、自分の中にないものは生み出せない。きちんとそこを描くことで、観ている人の深いところに響いていくこともあるとも思いますし、それが私たち物書きに課せられたタスクですから。
作家や監督業に重くのしかかる“虚業コンプレックス”がテーマ
── では監督に近しい幸夫とは対極な、大宮陽一(竹原ピストル)はどのようにして生まれていったのでしょうか?
私や幸夫の抱えている一番大きなコンプレックスは、自分の仕事が社会の役に立っているという実感があやふやなところ。必要な物を必要としている人のところに届けるトラック運転手の陽一のような仕事に比べると、映画や小説などはどうしても「虚業」のようにも思えてしまう。にもかかわらず、ときには脚光を浴びたり、いろんなメディアに取り上げられたりもされて、幼稚で自分を見失ったような人間になってしまいがちなんですよ。
── 監督がご自身に対して、そう感じているんですか?
ずっと、もやもやしたものを抱えていました。こうやって、インタビューを受けたりすれば、一段上の自分を演じて、いいことを言おうともしてしまう。自分の実と虚像とが乖離していく感じがするんです。
映画が公開されてから、特にクリエイターの方々から共感の声を多くいただいたのも事実です。立派なキャリアに見える人たちも、みんな自分の仕事の意味に悩みながら、物を書いたり作ったりしているのだな、とも思いました。
(C)2016「永い言い訳」製作委員会
── 筆者のようなライター業も虚業の1つですが、虚業だけでなく、子供を産めるのに産んでいない人、周りは結婚しているのに独身の人など、肩身の狭い思いをしている人もそういったコンプレックスを抱えているのでは?
幸夫の“自分の遺伝子を残すのが怖い”という感覚も、さほど珍しい発想でもないと、私は思いますよ。
本当に複雑な時代ですからね。いろんな対象と自分を比較せざるをえないし、さまざまな理由で健全な自己愛のバランスを失って、自分の分身を手放しで愛せる自信がない、という人は結構いるんじゃないのかな。それは幸夫のような職業の人でなくても。
–{西川美和監督にとって初めての子役がいる現場は?}–
子どもと過ごすことは決してきれいごとではない
── 劇中でたびたび登場する『ちゃぷちゃぷローリー』というアニメもすごく印象に残りました。
あのアニメ自体は、特にメッセージ性はないんです。これまで幸夫の洗練された大人の生活にはなかった雑音を感じさせるために取り入れたものです。
アニメの内容が重い話になっているのは、単に私がイマドキの作品を知らなくて(笑)。不幸を背負った悲しい主人公が、逆境の中で理不尽な目に遭いながら、仲間を見つけて幸せを知る…みたいな、70年代や80年代のアニメで育ったものだから。スタッフから“イマドキこんなアニメはないですよ”って言われましたけど、私の作品なんで、好きに書かせてもらいました!
ちなみに、Blu-ray限定の特典DVDに『ちゃぷちゃぷローリー』の絵コンテ完尺版が収録されています。声優さんも、涙なしには観られないとおっしゃってくださって。まるまる1話分ちゃんと収録したんですよ。
── それは見応えがありそうですね! 子役のお二人はオーディションで選出されたそうですが、長い撮影期間を経て、成長が感じられた部分はありますか?
クランクインの頃は、灯(白鳥玉季)は撮影にならなくて…。ちゃんとテストを重ねて、段取りつけて本番を迎えるんですけど。当日を迎えると“やりたくない!”って大泣きしたこともあったなぁ。
(C)2016「永い言い訳」製作委員会
── 最初の撮影はどのシーンからだったんですか?
ビストロで灯がアナフィラキシーショックを起こすところ。ほぼ順撮りでやっていましたので。
店舗を借りての撮影だから時間も限られているのに、特殊メイクなんかやだよ、と言いだしちゃった。でも、言うことを聞いてくれる子がよかったなら、最初からうまい子役にお願いすればよかったわけですし。こちらが天を仰いでしまうほどの、手の付けられない感じを切り取るのがあーちゃん(灯)の役目だったのかな、とも思いますね。
撮影中はまさに虚実入り乱れる感じでね。私たちも幸夫になった気持ちで、右往左往していました。
── 最終的には慣れてくれたのですか?
まぁ、こちらも慣れていきましたよね。家庭があって子供がいるようなスタッフは少なかったから、最初はどうしていいものかわからなかったんです。
だんだんと“これがダメなら、こうしてみる”とか、対応が手馴れてきて。スタッフや本木さんも一緒になだめすかして、なんとかやってもらうという感じでした。それでもやっぱり、頭にくるときはあるんですよ(笑)。それでも、みんなで悪戦苦闘しながら育てていく雰囲気が、作品自体とリンクしていたと思います。
子供と過ごすということは、きれいごとではないですよ。緊張感もあるし、あーちゃんが来る日は、毎日戦闘モード(笑)。“来るぞ来るぞ!”って、怪獣を迎え撃つ気持ち! ちなみに、特殊メイクを嫌がって大泣きするあーちゃんの姿から、メイキングは始まります。
── 真平役の藤田健心くんはどうでしたか?
彼は逆で、こちらが思っていたよりも内面が大人でした。難しい本も普段から読んでいて、知識や想像力もある子だったので、途中からは大人の俳優と同じように、脚本を読んでもらって、彼の解釈でお芝居してもらうのがいいなと思いました。
(C)2016「永い言い訳」製作委員会
撮影が終わるころには思春期に入ったみたいで、照れくさいのか、だんだん目を見て喋ってくれないようになりましたが(笑)。それも含めて、子供って成長するもんだなと思いましたね。
–{“大人になりきれない大人”へ監督からのメッセージ}–
監督に応える、本木雅弘の覚悟とは
── 幸夫は劇中でたびたびダメ男っぷりを発揮します。かと思えば子供にひたむきに向き合うかわいらしい一面を見せたりして、見ているこちら側もまさに愛憎入り乱れます。そのバランスは意識されましたか?
それは本木さんがすごく気にされていたところです。“僕が幸夫を演じることで、観客から映画が見放されるかもしれない”と心配されていました。私もそれはよくわかるんです。
でも初めから“許せる範囲の嫌な奴”だと、物語の先が見えてしまうし、面白くない。俳優さんでも、守りに入る人はたくさんいるんですよ。嫌な奴を演じてほしいのに、無意識に自分を救うようなお芝居になっちゃうような。
(C)2016「永い言い訳」製作委員会
その点、本木さんは自虐的なまでに嫌な奴を演じきってみせるという覚悟がありました。そのさじ加減を客観的に調整するために、監督が存在しているわけですし。
100%の悪人はいないし、嫌な奴でも愛すべきところはある。その両面をきちんと描くためにも、本木さんとタッグを組んでやりたいと思いました。
── “人生は他者である”という結論に、幸夫は物語の最後にたどり着きますが、監督がその考えに至ったのはいつごろでしょう?
この作品を書きながらです。私も幸夫と一緒にそのことに気付いた節があります。私ひとりではこの作品は書き得なかったし、常に誰かの影響を受けて、自分の出会った誰かを糧にしながら物語を紡いでいったわけですから。
他者といることは、いいこともあるし、悪いこともあります。でも、それが人生ですからね。
── 幸夫のような“大人になりきれない大人”はこの世に多く存在してると思います。彼らに向けて、メッセージをお願いします。
元気を出しましょう! ただ、それだけ(笑)。“自分が役に立ってない”とか“無力感”って、誰しもが抱えている問題かもしれない。でも、誰でもみんな、意外と生きてていいんですよ。
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にこやかに、そして凛としたたたずまいで、真摯に制作秘話を語ってくれた西川監督。おしゃれな猫柄のカーディガンも相まって、偉大な存在ながらも、とっても笑顔がチャーミングでした!
映画『永い言い訳』のBlu-ray&DVDは、2017年4月21日(金)発売。インタビューにも出てきた『ちゃぷちゃぷローリー』完尺版(一部アフレコ用線画シーンを含む)や、あーちゃんが大泣きするメイキングも収録された特典DVDは、Blu-ray版の限定です。『ちゃぷちゃぷローリー』ファンや、あーちゃんファンも見逃せません!
西川美和(にしかわ・みわ)
1974年、広島県出身。早稲田大学第一文学部卒。在学中に是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』(99年)にスタッフとして参加。フリーランスの助監督として活動後、平凡な一家の転覆劇を描いた『蛇イチゴ』(02年)でデビュー。以降、一貫してオリジナル脚本での作品作りを続け、小説・エッセーの執筆でも活躍中。そのほかの作品に、『ゆれる』(06年)、『ディア・ドクター』(09年)、『夢売るふたり』(12年)などがある。
映画『永い言い訳』
価格:Blu-ray 5200円、DVD 3800円
発売日:2017年4月21日(金)
出演:本木雅弘/竹原ピストル 藤田健心 白鳥玉季 堀内敬子/池松壮亮 黒木華 山田真歩/深津絵里
原作・脚本・監督: 西川美和
挿入歌:手嶌葵 『オンブラ・マイ・フ』製作:『永い言い訳』製作委員会(バンダイビジュアル株式会社、株式会社AOI Pro.、株式会社テレビ東京、アスミック・エース株式会社、株式会社文藝春秋、テレビ大阪株式会社)
原作:「永い言い訳」(文春文庫刊) 挿入歌:手嶌葵「オンブラ・マイ・フ」
制作プロダクション:株式会社AOI Pro. 配給:アスミック・エース
(C) 2016 「永い言い訳」製作委員会
(取材・文:NI+KITA)