(C)2016 荒木源・小学館/「オケ老人!」製作委員会
こんにちは、シネマズ公式ライターで現役アマチュアオーケストラ団員の田下愛です。
“世界最高齢”アマチュアオーケストラ「梅が岡交響楽団」の奮闘を描いた現在公開中の『オケ老人!』。
実際にアマチュアオーケストラでヴァイオリンを弾いている筆者からしますと、この作品は、もちろん誇張された部分もあるのですが、普段慣れ親しんでいる世界が存在しているだけに、非常に心動かされ、感動した作品でした!
今回は、現役アマオケ奏者の筆者の経験を生かして、映画『オケ老人!』に見るアマチュアオーケストラの世界をみなさんにご紹介したいと思います。
アマチュアオーケストラは一駅に一つ?
『オケ老人!』の主人公・千鶴(杏)は、「梅が岡」の名を冠したオーケストラの素晴らしい演奏を聴いて感激。以前弾いていたヴァイオリンを再開しようと、地域名を頼りに「梅が岡交響楽団」を見つけて連絡をとり、入団します。
しかし、いざ練習に行くと、次から次に現れる年配の団員たちは、演奏会で見事な演奏をしていたオケとはどうも違う様子。そう、千鶴が見た演奏会は「梅が岡交響楽団」(梅響)ではなく「梅が岡フィルハーモニー」(梅フィル)のもの。「梅が岡」違いだったのです。
入るオケを「間違えちゃった!」千鶴。ただ、これ、現実でも決してありえない話ではありません。日本国内には、無数のアマチュアオーケストラが存在し、東京都内では「一駅ごとにアマチュアオーケストラがある」という話を耳にしたことがあります。そして、梅響と梅フィルのように、同じ地域名を冠して微妙に楽団名が違うケースもわりとよくあるのです。なので、オーケストラに入りたいと思ったときは、しっかりフルネームで楽団を確認したほうがよいのです。
(C)2016 荒木源・小学館/「オケ老人!」製作委員会
楽しさが第一?セミプロを目指す?アマオケは目的もさまざま
『オケ老人!』に登場するふたつのオーケストラ、梅が岡交響楽団と梅が岡フィルハーモニー。かつてはひとつのオケだったのが分裂してしまった彼らですが、同じアマチュアオーケストラでありながら、取り組み方は全く異なります。
「梅が岡フィルハーモニー」は、入団に際してオーディションがあり、入団すると演奏会に出るために同じパート内でライバル同士として競い合い、切磋琢磨しています。また、「幻想交響曲」(ベルリオーズ)のような難易度の高い曲に挑戦し、演奏会のために著名な指揮者を呼び寄せるなど、いわばセミプロともいえるオーケストラです。
一方「梅が岡交響楽団」は、かつては伝統ある楽団だったものの、梅フィルと分裂して残った団員は高齢者ばかり。演奏会を開くこともままならず、練習でもみなてんでばらばらな音を奏でていますが、団員たちは仲良しで、練習の後も団員さんのお店で飲み会をしたりと、のんびり音楽を楽しんでいるオーケストラです。
実際のアマチュアオーケストラでも団体の成り立ちや雰囲気はさまざまです。結成の仕方として一般的なのは、地域の音楽好きな人たちが集まる市民オーケストラ、大学で学生たちが作る学生オーケストラ、大学オケを卒業した仲間同士が母体となるOB/OGオケなどでしょうか。そして、有り様も、趣味の延長のような緩やかなペースで練習するオケから、、技術向上を第一に厳しい訓練を重ねるところまでいろいろあります。なお、どのようなオケがいいのかは一概にはいえません。無理をせず楽しむこと、難しいことに挑戦すること、どちらも演奏する醍醐味には違いないのですから。
(C)2016 荒木源・小学館/「オケ老人!」製作委員会
老若男女さまざまな人が音楽家に変身するアマチュアオーケストラ
『オケ老人!』の主人公の千鶴は高校教師で、コンマスの野々村(笹野高史)は電気屋を営んでいますが、、アマチュアオーケストラは、年齢も職業もさまざまな人が集まってくるのが面白いところです。筆者もオーケストラ活動をしていく中で、会社員や主婦の方、大学生に学校の先生、看護師さんにバスの運転手さんなど、さまざまな職業、経歴をもつ方と一緒に演奏を楽しんできました。それぞれいろいろ仕事を抱えつつも、練習会場に集まったときは、おのおの楽器を手に音楽家に変身するのです。
なお、アマチュアオーケストラは、仕事や学校のない土日を使って行うことが多いです。筆者もよく土日に練習のために楽器を抱えて電車に乗るのですが、道中、楽器を抱えている人とよくすれ違うので、「ああ、練習に行くところか、帰りかな?」と思います。ここを読んでる方も、もしも土日、楽器ケースを抱えた人に会ったなら、それは、もちろんプロ奏者という場合もありえますが、むしろ週末の練習に出かけるアマ奏者である可能性が高いと思います!
–{映画で活躍するあの楽器について、現役アマオケ奏者に教えてもらった!}–
『オケ老人!』で“クラさん”が吹くクラリネットはどんな楽器?現役アマ奏者さんに聞いてみた
『オケ老人!』では、明るく自由奔放で個性的、そして音楽への情熱や仲間への温かい愛情にあふれた“オケ老人”たちが登場します。
その中でも、演奏面で活躍を見せるのがクラリネット担当の“クラさん”こと及川さん(左とん平)です。
オーケストラのセクションは弦楽器・木管楽器・金管楽器・打楽器に分けられ、クラさんが演奏するクラリネットは木管楽器。管楽器の中で最も音域が広く、深みとまろみのある美しい音色が印象的。オーケストラでは、A管とB♭管の2本を曲によって使い分けるのもこの楽器の特徴です。
映画の後半で、プロの音楽家をも唸らせる演奏芸で魅せるクラリネット吹きのクラさん。映画をこれから観る方たちがクラさんの演奏をより興味深く楽しめるように、今回、アマチュアオーケストラのクラリネットの団員さんにお話をうかがってきました!
現役アマオケ団員さんインタビュー
ーークラリネットは、A管とB♭管の2本を、オーケストラでどのように使い分けるのでしょうか?
団員さん:オーケストラでは曲の調性に応じて使い分けます。A管用かB♭管用に移調して書かれた楽譜を使っています。シャープの多い調ではA管を使い、フラットの多い調の曲ではB♭管を使うと楽です。
ニ長調やロ短調は弦楽器にとって居心地のよい調なのでオケの曲によく出てきますが、そういうときにはA管でフラット一つの楽譜を吹くわけですね。ですから、オケ奏者はA管を使う機会が多いです。以前、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」では、第2楽章の「家路」のところだけB♭管に持ち替えなのですが、スローな曲なのでA管のままでやりました。
ただ、演奏上の都合ばかりでなく、楽想や音色の要求で選択されることもあるようです。A管はやわらかく翳りを帯びた音、B♭管は明朗な音、といったイメージがあります。例を挙げればモーツァルトのクラリネット協奏曲やクラリネット五重奏曲はA管、ラフマニノフの交響曲第2番の第3楽章の長いソロもA管です。一方、ベートーヴェンの田園交響曲はB♭管というように。
曲の途中で持ち替えるのは、しょっちゅう出てきますがなかなか大変です。休んでいる楽器は冷えていてピッチが低かったり、また楽器のクセが違うので両方に対応するのは苦労が多いです。
また、持ち替えるのに3小節しかなかったり、ということもあります。先日ブラームスの交響曲第3番を演奏したときがそうでした。ウイーン・フィルでは持ち替えずにそのまま読み替えて対応するということでしたが、いろいろなオケのビデオを参考にして、持ち替えだけの練習もやって対応しました。なお、楽器を間違えて、あるいは持ち替え忘れて音を出すと、とても恥ずかしいことになります。
ーー2本を持ち替えながら演奏するクラリネットですが、たとえば、楽器を1本忘れてきてしまった…なんてことはあるんでしょうか?
団員さん:B♭管だけしか使わないプレーヤーも多いので、1本だけ入ったケースを持っています。運よくフラット系の曲ばかりのプログラムのときには、B♭管だけしか持って行かないときがありますが、荷物が断然軽いです。ただ、B♭管しか持っていないときに指揮者が急に「あれもやろう」と言ってそれがA管の曲だと大変。半音下げる読み替えを即座にできないとなりません。
——『オケ老人!』の映画の中で、クラさんがクラリネットの代わりにある物にクラリネットのリードをくっつけて演奏しているのですが、あれは実際に可能なのでしょうか?
団員さん:音そのものは出ると思います。
ーークラリネットをオーケストラで吹いていて楽しいのは、どんなときですか?
団員さん:クラリネットの音をよくわかっていて生かしてくれる作曲家の曲がいいです。モーツァルトの曲は、美しくてやりがいのあるクラリネットパートが書いてあります。
大概、オーケストラの中でソロをやる場合、長いこと旋律を吹くというようなことは少なく、水の中で魚がキラッと鱗を光らせて体をひるがえす、という感じのものが多いので、一瞬の音の輝きに命を懸けています。タイミングやニュアンスがぴったりはまったときは気持ちがいいです。
また、オケの中でクラリネットはヴィオラやホルンと同じような中間の音域を埋める仕事をしています。ここは地味ですが、ハーモニーだけでなく、リズムやダイナミクスなどの表現にも気を付けて皆の音が揃えば演奏の骨格全体に大きな影響を及ぼすことができます。
ーーありがとうございました!
現役奏者さんならではの経験など、たくさん話していただきました。こちらを読んでいただき、『オケ老人!』を観ていただいたなら、クラさんの演奏をきっとより味わい深く感じていただけるのではないかと思います。
明るく温かい人生の先輩たちがオーケストラで魅せる!
先だって開催された『オケ老人!』披露試写会で杏さんが「こんな年の重ね方をしたいなと思えるお手本をたくさん見つけることができる」と語っていましたが、杏さん演じる千鶴が梅響の面々の出会ったように、筆者もアマオケの中で何人もの人生の先輩に出会いました。
入団して間もなく右も左もわからないとき、やさしく声をかけてくださった先輩のおかげで、オーケストラになじむことができました。演奏会の舞台で緊張して及び腰になっていたとき、懸命に演奏する先輩方の姿に励まされて気合入れなおしたこともありました。素敵な方たちとの思い出がたくさんあり、だからこそ、今もアマチュアオーケストラが大好きです。
『オケ老人!』の梅響の指揮者となった千鶴は、明るく温かい年長者たちに助けられながら、オーケストラを立て直していき、そして、映画のクライマックスの演奏会、千鶴と団員たちは一丸となって奇跡を起こします。
ぜひ、この愛すべきオーケストラが演奏で魅せる姿を、劇場で楽しんでほしいです。
特にアマオケをやっていらっしゃる方はぜひ! きっと愛してやまない身近な世界がそこにあるはずですから。
(文:田下愛)