『ファインディング・ドリー』解説、あまりにも深すぎる「10」の盲点

映画コラム

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『ファインディング・ドリー』は、本国でアニメーション映画史上ナンバーワンのオープニング記録を樹立、興行成績は3週連続1位、ピクサー史上最高の興収を誇る『トイストーリー3』を超えることも秒読み段階と、特大ヒットをしています。

実際に映画を観てみると、その超ヒットに大・大・大納得できるおもしろさでした!アニメーションとしての出来もさることながら、前作にあったキャラクターの魅力に、さらなる“アップデート”があったと思えたのですから。

ここでは、前作『ファンディング・ニモ』で描かれていたことを踏まえ、本作『ファインディング・ドリー』のキャラクターの“欠点”を含めた魅力について解説します。大きなネタバレはありませんが、予備知識なく映画を観たい方はご注意を!

1.前作『ファインディング・ニモ』の親子関係は、じつは……

前作『ファインディング・ニモ』と、本作『ファインディング・ドリー』は、じつは“障がい者”を扱った映画として観ることができます。

前作においては、カクレクマノミのニモは明らかに“障がい児”で、その親のマーリンは“障がい児を持つ親”のようでした。
マーリンは、生まれつき片方のヒレが小さいニモに「お前はうまく泳げないんだ」と決めつけて、その可能性を信じていませんでした。学校のエイ先生にも「先生が目を離したスキに、何かあったら……」と必要以上に心配しています。
これは障がい児を持つ親が、子どもの可能性を信じないあまり、ついやってしまいがちな“過保護”なのです。
(ちなみに、『ファインディング・ドリー』はアンドリュー・スタントン監督の子育て経験が物語に反映されており、マーリンはかつての監督がモデルなのだそうです)

そして、障がい児であるニモは迷子になってしまったことをきっかけに、誰かに助けてもらえることを知り、勇気を持って問題に立ち向かっていきます。
親のマーリンは、“すぐ忘れてしまう”障がいを持つドリーとタッグを組んで、いなくなったニモを探します。

こう考えると、『ファインディング・ニモ』は、障がい児と、その親(しかもその相棒も障がいを持っている!)の冒険物語と言ってもいいのです。

2.ドリーの癖は“なんでもすぐ忘れてしまう”ことではない!?

ドリーの癖は「私、なんでもすぐに忘れちゃうの」と日本語に訳されていますが、原語ではちょっと違います。

というのも、ドリーは原語では「I suffer from short-term memory loss.」と言っているんです。「short-term memory loss」の意味は“短期記憶障がい”で、ドリーはなんでもすぐ忘れてしまうというよりも、じつは“ちょっと前のこと”をすぐに忘れてしまうのです。

本作『ファインディング・ドリー』では、子どものころのドリーが「short-term “remembery” loss.」と言葉を間違えて言っているのがめっちゃかわいいですねえ(笑顔)。

しかも今回は、ドリーが少し前のことを忘れてしまっても、ニモやマーリンと出会ったことや、“世の中の当たり前のこと”を覚えているという描写があります。
ドリーは、一部の長期記憶、手続き記憶(身体で覚えた記憶)や、意味記憶(言葉の意味)の能力はあるのです。

そして、ドリーは最愛の両親のことを思い出し、旅に出ることになります。ちょっと前のことをすぐに忘れてしまうドリーにとって、すぐには忘れない“長期記憶”となった両親のことは、何よりも大切に思えたのではないでしょうか。

なお、ドリーに似たような短期記憶障がいは、お年寄りの認知症によくみられます。認知症の方は新しいことをすぐに忘れてしまう一方で、過去のことはよく覚えていたり、長年培ったクセや行動がよく表れていることもよくあるのです。

3.ドリーは短期記憶障がいを改善する努力をしていた!

本作『ファインディング・ドリー』において、ドリーは短期記憶障がいを改善しようと努力していたようでした。
エイ先生の助手を努めようとしたとき、ドリーは何度も“すぐに復唱”していましたよね? これは少しでも他人の言葉を忘れないようにする“工夫”なのでしょう。前向きに欠点を治そうとする彼女のがんばりがみえて、うれしくなりました。
(後半でも、ドリーが何度も復唱をすることで、問題を解決しようとするシーンがありました)

しかしマーリンは、ドリーがエイ先生の助手を務めることに難色を示したり、あまつさえドリーにひどいことを言ってしまいます。
マーリンは前作から成長したとはいえ、まだまだ大切な人の可能性を信じられないところがあるんですね。そういう人間くささ(魚ですが)も大好きです。
(そういえば、マーリンが同じ水槽にいた魚のおもちゃを“あっちいけ”という感じに追い払ったシーンがありました。マーリンは、ドリーのことをまるでおもちゃのように“やっかいなもの”と考えてしまったところもあるのかもしれません)

ちょっとうるっと来てしまったのが、ドリーの父親が「僕はドリーに覚えてもらいたい、いい魚だよ」と、子どものころのドリーと“友だち”になろうとしていたこと。父親は、すぐに少し前のことを忘れてしまう、ひょっとすると両親のことさえ忘れてしまうドリーが生きていけるように、友だちを作る練習をしようとしていたんですね。

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–{障がいを持っているのはニモとドリーだけじゃない!}–

4. 障がいを持っている登場人物(魚)ばかり?

本作では、ニモやドリーのほかにも、障がいを持っている登場人物(魚)が出てきます。

・ジンベエザメのデスティニー:視力が弱いためにいつも壁に頭をぶつけてしまう。
・シロイルカのベイリー:音の反響で遠く離れた場所にいるモノを見つけられる“エコロケーション”の能力を持っているはずなのに、頭をぶつけたためにその特殊能力がなくなったと勝手に思い込んでいる。
・鳥(アビ)のベッキー:見た目は怪しく行動も気まぐれだけど、目を見てしっかり話せば意思が通じることもある。

どれも彼らの欠点であり、障がいではありますが、工夫しだいで改善できるものに思えますよね。彼らがどういう活躍をするかは、観てのお楽しみです。

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5.タコのハンクは障がいがあっても、優れた能力を持つ者だった!

タコのハンクは、8本足が7本足になってしまったうえ、外の世界が怖いと怯えています。
しかし、足が1本足りないハンデはなんてことはなく、彼はドリーの言う無理難題にもつぎつぎに解決していく能力を持っていました。
まるで、とても優れた能力を持っているのに、長年病院に入れられてしまったせいで、自己肯定ができなくなった障がい者のようです。

ハンクは、ドリーがすぐに忘れてしまうことについて「うらやましいな、すぐに忘れるんだったら悩みなんてないだろう」と言っていました。ハンクは海洋生物研究所での暮らしをいつまでも覚えてしまうがあまり、外の世界に恐怖を覚えるようになったのかもしれません。

また、ハンクが誤ってスミを吐いてしまって「ごめん」と謝るものの、ドリーが「大丈夫よ、恥ずかしいことじゃないわ」とフォローしてくれるのは、“失禁(自分の意思とは関係なくおしっこを漏らしてしまうこと)”のメタファーでしょうね。
ぶっきらぼうな言いかたをしているようで、じつは親切かつ素直なハンクのことは、すぐに好きになれました。

そのほか、恋人がいなくなったので、急いでいるニモとマーリンにうっとうしく悲しみを伝えようとするシャコ貝も登場していました。
調べてみたところ、どうやらシャコ貝は泳いで移動できるみたいなので、このシーンは「グチなんか言っていないで、さっさと新しい恋人を探しに行けよ!」と訴えているのかもしれませんね。

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6.アシカのふたりは“障がい者に偏見を持つ者”?

マーリンと同じく、障がいの可能性を信じずに、偏見を持っているではないかと思えるキャラクターがいます。それは、アシカのフルークとラダーです。
彼らはニモやマーリンに親切ですが、笑いながら近づいてくるほかのアシカが自分たちの岩に上ろうとすると、態度が一変して激しい声で威嚇していたのですから。

これはギャグシーンというよりも、(知的)障がいを持つ者を“仲間にはしてやらない”という悪しき差別なのではないでしょうか。

7.障がいを“個性”として肯定する物語だった。

本作の物語において、ドリーの短期記憶障がいは“欠点”ではなく、最終的に“優れた個性”として描かれるようになっていきます。

本作のテーマのひとつとなっているのは、そうした障がいの“肯定”です。
その肯定は、ただ“弱点を克服する”という努力だけではなく、“やり方や見方を変える”という工夫をすることで可能になる……映画を観た後は、そのようなことを学べるのではないでしょうか。

終盤のドリーが言った“いちばん素敵なこと”が、大好きで仕方がありません。障がいを治すことができない人にとって、これは福音となるでしょう。
前作ではトラブルメーカーという印象も強かったドリーでしたが、今作では彼女のことがもっともっと大好きになりました。

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–{同時上映作品が訴えていたこととは?}–

8. 『ひな鳥の冒険』が訴えていたこととは?

同時上映作品の『ひな鳥の冒険(原題:Piper)』は、“親から(エサを)もらってばかりでなく、子どもが自分でチャレンジする”物語が紡がれています。

これは『ファインディング・ドリー』の本編の物語ともリンクしていますね。大切な親を探す旅に出たドリーが、自分の力で道を切り開く物語なのですから。

9.アナウンス役、主題歌、挿入歌にも注目!

本編での海洋生物研究所のアナウンスは、それぞれの国の著名人が本人役で務めています。
本国では『エイリアン』のシガニー・ウィバーが、日本ではなんと八代亜紀さんが本人役(声のみ)で登場し、日本版エンディングソングも歌っているのです。

「アンフォゲッタブル」はジャズのスタンダードナンバーの中でもとくに有名な1曲。歌詞はドリーの“忘れられない大切な人がいる”想いといっしょのようですね。ちなみに、映画『ウォッチメン』でもこの曲が使われたことがあります。

個人的にうれしくて仕方がなかったのが、クライマックスで流れるあの挿入歌! ネタバレになるので曲名は伏せておきますが、シーンにめちゃくちゃマッチしているのです。

10.エンドロールの最後までちゃんと観て!

そして、本作で何よりも気をつけてほしいのは“エンドロールが終わるまでちゃんと座席に座っておくこと”! それがなぜかは……これも観てのお楽しみです。

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(文:ヒナタカ)

–{『ファインディング・ドリー』作品情報}–

作品情報

スタッフ

監督:アンドリュー・スタントン
共同監督:アンガス・マクレーン
製作総指揮:ジョン・ラセター
製作:リンジー・コリンズ
脚本:アンドリュー・スタントン、ヴィクトリア・ストラウス
音楽:トーマス・ニューマン

海洋生物監修:さかなクン

キャスト(声)

ドリーエレン→エレン・デジェネレス/室井滋
マーリン→アルバート・ブルックス/木梨憲武
ハンク→エド・オニール/上川隆也
デスティニー→ケイトリン・オルソン/中村アン
ニモ→ヘイデン・ローレンス/菊地慶
ベイリー→タイ・バーレル/多田野曜平
ベビー・ドリー→スローン・マーレイ/青山らら
エイ先生→ボブ・ピーターソン/赤坂泰彦

基本情報

製作国:アメリカ
制作年:2016年
上映時間:97分
原題:Finding Dory
配給:ディズニー
公式サイト:https://www.disney.co.jp/movie/dory.html