『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』、物語を読み解く「10」の盲点

映画コラム

『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』スマホムービーネタバレ

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上映中の『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』はご覧になりましたか?本作は、ただ楽しく奇想天外なファンタジー映画というだけではなく、奥深いメッセージも持っています。ここでは、作品をより楽しむための10の“盲点”を紹介します。

なお、1ページ目にはネタバレはありませんが、2ページ目は大きなネタバレに触れています。映画をまだ観ていない方は、1ページ目だけを読むことをおすすめします。

1.時間をテーマとした意味とは?

本作のテーマとなっているのは“時間”。主人公アリスは、親友のマッドハッターを救うため、時間を遡る冒険に出ることになります。

この時間という概念は、原作『不思議の国のアリス』でも重要です。なにせ、「遅刻だ!」と騒ぎ立てる白ウサギを追いかけたことで、アリスはワンダーランドへと足を踏み入れることになったのですから。

また、『不思議の国のアリス』の作者であるルイス・キャロルは、幼い少女の写真を撮っていたことでも有名で、それは少女の“今だけの”美しさを残していたかったという願望によるものであるという説があります。

本作には“時間は残酷だ”というセリフがあり、それは“やがて大人になってしまう”少女に対する、ルイス・キャロルの想いそのもののようでもありました。
いわば、時間をテーマにしたことで、作者の“時間への想い”を汲み取っているとも言えるのです。

そして、時間はアリスの成長とも密接に絡んできます。なにせ、物語の序盤においてアリスは時を“泥棒”と、ひいては“敵”とみなしていたのですから。そんな彼女が、どのように時間と戦い、向き合っていくかが、本作の大きな魅力なのです。

アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅 タイム1

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2.“鏡”の意味とは?

本作の原題は『Alice Through the Looking Glass』で、『不思議の国のアリス』の続編である『鏡の国のアリス』のタイトルそのままです。
しかし、タイムトラベルの要素があったり、大人になったアリスのさらなる成長が描かれるなど、原作の『鏡の国のアリス』とはまったくの別物になっています。
(ただし、『鏡の国のアリス』で重要となるチェスの駒や、有名なキャラのハンプティ・ダンプティが少しだけ登場したりします)

本作の鏡が示しているのは“アリス自分自身”と言ってもいいでしょう。鏡は自分を映し出す存在であるので、その中に入って冒険し、そしてある“答え”を導き出すということは、自分自身と向き合うことと同義なのです。

なお、鏡の中のワンダーランドの登場人物も、それぞれアリスの性格の一面を表しているとも取れます。頑固なのは赤の女王、純粋なのは白の女王、悩みが深いのはマッドハッター、といったように。

この映画は、アリスという女性の成長を、“時間との向きあいかた”と、“自分自身を見つめ直す”というふたつの軸で描いていると言っていいでしょう。
さらに、本作では女性が自分らしく生きる、普遍的に通じる物語が紡がれていきます。

3.昨今のディズニー映画らしく、女性が自分らしく生きる物語だった

昨今のディズニー映画は、“お姫様が王子様と結婚してハッピーエンド”という、スタンダードなおとぎ話を皮肉るのがトレンドのようです。
『プリンセスと魔法のキス』では王子様なんか待たずにお金を貯めつつ努力する主人公が描かれ、『アナと雪の女王』では王子様とお姫様のものとは違う“姉妹愛”が描かれています。

いわば、女性が男性を頼らずに、努力を重ねて自立していく作品が多くなっているんですね。
『ズートピア』はその最たるもので、主人公(女性)が“ウサギ初の警官”を目指すために、どんなことにもチャレンジをする物語になっていました。主人公が出会ったキツネが結婚相手というよりも、あくまで“相性抜群の相棒”のような関係であったのも素敵でしたね(個人的にはこのふたりには結婚してほしいですが)。

こうしてディズニーが、“結婚”や“恋愛の成就”といった画一的な幸せばかりでなく、多様な生き方を提示してくれたことは、とても素晴らしいことだと思います。
目の前の問題に立ち向かおうとする主人公の姿が描かれるのは、夢見るばかりではいられない現代の風潮を反映したものなのかもしれません。

では、本作『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』はどうなったかと言うと……主人公のアリスは“船長”へと出世し、男たちにテキパキと指示をしていました。これはもう女性の社会進出を全肯定していますね。

しかし、やはり女性が偉くなることが快く思われない場合もあります。アリスが直面する“仕事を捨てなければいけなくなる問題”や、アリスの母が言う「女のわがままは通らない。受け入れるしかないの」というセリフなどに、女性への差別が垣間見えるのです。

最後に、アリスはどう問題と立ち向かっていくのか、どう女性として成長していくのか……? それは、ぜひ観ていただいて確認していただきたいです。

アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅 ネタバレ

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4.アラン・リックマンの“最後の声”を堪能しよう

本作は『ハリー・ポッター』シリーズのスネイプ先生でおなじみの名優、アラン・リックマンの遺作です。本作では青い芋虫から蝶々になった“アブソレム”の声で出演し、全米公開の4カ月前の2016年1月14日に亡くなりました。

アラン・リックマンの低く甘く、厚みのある声は“ベルベット・ヴォイス”と呼ばれ賞賛されてきました。ぜひ、最後にその巧みな声の演技を堪能してください。

吹き替え版の声優が、アラン・リックマンの声をほぼ専属で務めていた土師孝也さんというのもうれしいですね。声を聞けばすぐに「スネイプ先生だ!」と気付くでしょう。

5.主題歌の「Just Like Fire」の歌詞にも注目!

本作の主題歌を手がけるのは、女性歌手のP!nk(ピンク)。社会の問題や自身の経験を反映した楽曲により、絶大な支持を得ています。

今回の「Just Like Fire」の歌詞には、強い自由意志と多様性を訴えるメッセージが多分に込められているだけでなく、歌い出しが「時間がなくなってきているのを知っているわ」となっているなど、本作の時間というテーマにもとても合致しているのです。

次ページでは大いにネタバレに触れています!

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–{<ネタバレを含む盲点とは?>}–

6“タイム”は時間に対してツンデレ?

時間を司る“タイム”は、時間に対して「大切だ」「どうでもいい」などと、言っていることがブレまくっています。
以下の動画でも、アリスに盗まれた“クロノスフィア”について「ただのガラクタだ」「絶対に取り戻さねば」と言っており、ムチャクチャであることがあることがわかるでしょう。

しかし、タイムは本心では、とても時間を大切にしているのではないでしょうか。なぜなら、“秒”について「こいつらみんなボンクラだ」と言いながらも、「ん~」とキスをするシーンがあったりしたのですから。単純に言えばツンデレなんですね(笑)。
アリスへの別れの言葉が「二度と来ないでくれ」というのも、じつは“また来て欲しい”という気持ちの裏返しなのかもしれません。

ちなみにタイムは半身機械、半身人間の存在です(後頭部が時計仕掛けになっていることが見える)。
彼は純粋な時計仕掛けである“秒”や“分”や執事のウィルキンズとも違う存在なので、どこか“ほかの者とは違う”孤独を感じていたのかもしれません。

7.帽子が示すものとは?

マッドハッターの父は、帽子を“社会の規範にしっかり収まるもの”と考えていました。

この言葉を裏付けるかのように、帽子どころか王冠すら被ることができなかった赤の女王は、王位を継承するという“社会の規範”に収まることができず、その頭の大きさそのままに“頭でっかち”な一辺倒なものの考えをしていました。

幼いころのマッドハッターが作ったのは、とても小さな帽子でした。息子をしっかりとした帽子屋にしたかった父としては、“社会の規範”から外れたようなサイズの帽子は、とても肯定することはできなかったのでしょう。
しかし、父親はこの小さな帽子をしっかりとゴミ箱から拾い上げ、それはいまも家族が生き続けているという証拠になり、親子の和解へとつながりました。

この物語は、“帽子”というアイテムを使って、社会の規律に収まらなくても、自分の生きかたができればいい、と訴えていたのでしょう。

それはアリスにも当てはまります。男性優位が当たり前の社会で、彼女は勇敢な船長として働いていたのですから。
若い頃のマッドハッターがアリスに「君はまともじゃないな、偉大な人は皆そうさ!」と言うシーンでも、“ちょっとくらい変わった生き方でもいいんじゃないか?”という精神があらわれています。

そういえば、タイムが“自分と同じ格好をした門”にぶつかってしまうというシーンがありましたね。これはあまりに規範にキチッとしすぎても、窮屈で不便なだけである、というメッセージなのかもしれません。

アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅 ネタバレ

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8. 不可能を可能にする物語だった

本作でアリスが嫌っていたのは“不可能(IMPOSSIBLE)”という言葉でした。その不可能を可能にする“秘訣”は“信じること”でしたが、アリスは亡くなってしまったマッドハッターの家族はもう帰ってこない、それだけは不可能なことだと“決めつけて”いました。

だけど、過去を見つめることで、今を変えるヒントを探すことができる。不可能と決めてしまうのは、それからでもいいのではないか。誰かの言葉を信じて行動するべきなのではないか―そんなメッセージも込められているのです。

9.原作のオマージュもしっかりあった!

作中、チシャ猫が「不可能じゃなく、“非”可能(UNPOSSIBLE)だ」と言うシーンがあります。

これは“不可能”をちょっと変な言い回しにしてしまうという言葉遊び。ワンダーランドはそんな変なことを、“可能”にしてしまうということを示しているかのようです。

この“非可能”とは、原作『鏡の国のアリス』に登場する“非誕生日(UNBIRTHDAY)”が元ネタでしょう。非誕生日とは、誕生日以外の日を祝う、なんでもない日という意味の造語。原作では、アリスとハンプティ・ダンプティが“非誕生日プレゼント”について、奇妙な会話をしているのです。

そのほかの原作らしいシーンには、クロノスフィアについているレバーが“PULL ME(私を引いて)”になっていたり、身体を大きくする角砂糖が出てきたりしていました。
『不思議の国のアリス』では“EAT ME(私を食べて)”と書かれたクッキー、“DRINK ME(私を飲んで)”と書かれた液体が登場していましたね。それぞれは身体を大きくしたり小さくしたりできるのですが、大きくなりすぎると困るので、マッドハッターは角砂糖を巻きながら「食べすぎないように気をつけて」と言っていたんですね。

10.過去は変えられない、だけど……

アリスが過去に戻るとき、追いかけてきたタイムは「時間と競争しても勝てるわけがないぞ!」と言っていました。
その言葉通り、過去に戻っても過去そのものを変えることはできなかったのですが……その代わりにアリスは、過去から学ぶことができる、今であれば変えられることを知りました。

赤の女王もアリスと同じく過去に戻るのですが、そこでやったことは妹の嘘を責めただけ。タイムの“過去の自分と出会うと崩壊する”という忠告も聞こうとはしていませんでした。
彼女のように、過去から学ぼうとはせず、ただただ周りに喚き散らしていただけでは、なにも解決しないのです。

一方、白の女王は、姉の人生を変えてしまった原因を作っただけでなく、その過去を隠し続けようとしていました。彼女もまた苦しんでいたことは、戴冠式での表情でもわかるでしょう。

必要なのは、白の女王が過去の罪を告白して、赤の女王がそれを許すこと。ただそれだけなのです。
“時間が与えてくれる今を一生懸命に生きれば、未来は変えられる”というメッセージがあるだけでなく、タイムトラベルものながらそのような“誰でもできる解決方法”を選びとっているのが素晴らしいではないですか!
本作を観ると、アリスがそうしたように、現実で問題解決の糸口を見つけられるのかもしれませんね。

ちなみに、赤の女王は、時間を大切には思っていなさそうでした。なにせタイムからもらったプレゼントを「“ずっと”大切にするわ」と言いつつも、その辺に放ったりするのですから

時間としっかり向き合わないということは、何よりももったいないことなのかもしれませんね。誰かからもらったプレゼントも、ちゃんと未来を見据えて大事にしたいものです。

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(文:ヒナタカ