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現在公開中の映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』を観てきました。これはもう個人的に「2016年のナンバーワン邦画はこれで決定!」と言えるほどの大傑作だったのです。
本作は予備知識がまったくないまま観ても問題ありませんが、知っておくとさらに楽しめる要素もあります。ネタバレのない範囲で、以下に紹介しましょう。
1.岩井俊二監督の“二面性”が共存している映画である
本作は、世界的な評価も高い岩井俊二監督の実写映画の最新作。
その作品たちの魅力をひと言で表現するのは難しいのですが、“美しい映像と音楽とのリズム”や“繊細でみずみずしい人物描写”などに魅了されてきたファンはとても多いことでしょう。
その岩井監督の作品には“やさしい物語”と“辛辣で心が痛い(エグい)物語”の2種類があると思います。
(1)“やさしい物語”の映画……『Love Letter』、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』、『四月物語』、『花とアリス』、『花とアリス殺人事件』
(2)“辛辣で心が痛い物語”の映画……『PiCNiC』、『undo』、『スワロウテイル』、『リリィ・シュシュのすべて』、『ヴァンパイア』
それぞれの作品は“やさしさ”と“辛辣さ”が同居しているところもあるので完全に分けてしまう必要はないのですが、こうした二面性があることも岩井監督作品の魅力である、と考えていただきたいです。
そして、『リップヴァンウィンクルの花嫁』は“やさしい物語”と“辛辣で心が痛い(エグい)物語”の両方の要素が、これまで以上に共存している内容であると感じました。
“心が痛い、だけど、それ以上にやさしい”という感覚を、観終わったあとに存分に感じられるのではないでしょうか。
岩井俊二監督の二面性が最大限に表れているということにおいて、本作は監督の“集大成”であると感じました。
2.現代のネット文化を取り入れている作品である
岩井監督は『リリィ・シュシュのすべて』において、インターネットの掲示板に掲載された文章と、現実をリンクさせながら構築した物語を描いていました。
『リリィ・シュシュのすべて』は2001年製作の映画であり、まだまだネット文化は黎明期の時代でした。
本作『リップヴァンウィンクルの花嫁』ではLINEに似たSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)など、最新のネット文化が作中に登場しているのです。
作中ではSNSを使ったことによる悩みや、“人間関係の希薄さ”が描かれたりもしています。
一方で、ことさらにネット文化を否定している内容ではない、ということも大好きでした。ネット文化により不幸になることもあれば、救われることもある、というスタンスは、とてもフェアなものです。
3.役者のファンは必見!
本作の女性の主人公を演じるのは第39回日本アカデミー賞で最優秀助演女優賞を受賞した黒木華さん、何でも屋を演じるのは話題作にひっぱりだこの綾野剛さん、正体不明の女性・真白を演じるのはシンガーソングライターのCoccoさん。それぞれが主人公といってもいいほどの存在感を見せています。
その演技は、それぞれのベストアクトと言えるほど! 黒木華さんの“弱々しさ”、綾野剛さんの“うさんくささ”、Coccoさんの“抱えた闇”の見せかたは、身震いがするほどの素晴らしさでした。
また、黒木華さんのメイド服姿がかわいい、とてもかわいい、身悶えるほどにかわいいので、ファンはぜったいに観ましょう。
4.クラシック音楽も魅力的!
本作では、バッハの“G線上のアリア”や“主よ、人の望みの喜びよ”など、誰もが聞いたことのあるクラシック音楽が使われています。
有名なクラシック音楽で、岩井俊二監督ならではの“美しい映像と音楽とのリズム”で味わうというぜいたくを、これ以上なく感じられるでしょう。
5.上映時間は3時間! だけど……
本作の上映時間はなんと3時間ちょうど! いままでの岩井俊二監督作品の中でも、もっとも長尺の部類です。
しかし、本作はすべてのシーン、何気ないセリフが伏線として生きているので、まったくムダがありません。役者の演技も相まって、ひとときも退屈することはありませんでした。
個人差はあるでしょうが、上映時間が3時間あったなんてとても信じられません。決して誇張ではなく、1時間くらいにしか感じなかったのです。
上映時間を聞いて二の足を踏んでいる方もいらっしゃるでしょうが、心配は無用ですので、ぜひ劇場へ向かってください。ただし、鑑賞前のトイレはしっかりすませておきましょう。
–{6.『機動戦士ガンダム』を知っているとよりおもしろい?}–
6.『機動戦士ガンダム』を知っているとよりおもしろい?
本作に登場する“なんでも屋の男”の名前は、カタカナで書くと“アムロユキマス”です。『機動戦士ガンダム』の有名なセリフ“アムロ、行きまーす”をモジっているわけです(笑)。
このほか、SNS上に登場する“ランバラル”は、これまた“ザクとは違うのだよ、ザクとは!”という名言を残した“ランバ・ラル”というキャラクターが元ネタです。これはガンダム好きには笑ってしまうところでしょう。
そのほか、主人公の女性が使っているハンドールネーム“クラムボン”と“カムパネルラ”は、宮沢賢治の作品に登場する名前です。こうしたフィクションの要素が作中に登場するのも、魅力のひとつです。
7.主人公の女性は“いままで男性に縁がなかった”人間である
『リップヴァンウィンクルの花嫁』の原作小説において、主人公の女性は男女の付き合いや性行為という“男女の一線を越えること”にとても抵抗感を覚えている人物である、と描かれています。
これを知っておくと、黒木華演じる彼女が冒頭でSNSに書き込む文章の意味を、より深いものに感じられるのではないでしょうか。
8.原作小説を読むと、より理解が深まります
原作小説には、童話の『泣いた赤鬼』や、石川啄木の歌などが引用されています。主人公の設定だけでなく、これらの作品の引用も映画では描かれなかった要素であるので、鑑賞後に読むとさらに理解が深まるでしょう。
『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、映画では“映画でしかできない”表現、小説では“小説ではできない”表現がたっぷりと使われていました。
映画と小説それぞれで、表現方法がまったく異なっているシーンがひとつあります。それがどこであるかはネタバレになってしまうので書けませんが、その感動を味わうだけでも、原作小説を読む価値があるはずです。
9.タイトルの『リップヴァンウィンクル』の意味とは?
『リップ・ヴァン・ウィンクル』とは、アメリカの小説家ワシントン・アーヴィングによる短編小説、および主人公の名前です。
その物語は、“主人公が森の中に迷い込んで、見知らぬ人と酒を飲み交わしているうちに眠ってしまい、目を醒ますとあたりに周りに誰もいなくなっていた。主人公が家に帰ると、20年もの時が経っていた”というもの。“アメリカ版浦島太郎”とも呼ばれる作品なのです。
なぜこのタイトルがついているのか? また、“花嫁”の意味とは何か? それは映画を観終われば、きっとわかるはずです。
10.ホラーでもあり、人間ドラマでもある
本作はよい意味で辛辣な物語であり、多少なりとも好き嫌いの分かれる内容です。
主人公は“優柔不断で周りに流されてばかり”な女性なので拒否感を覚える方もいるでしょうし、あまりの出来事に精神的にまいってしまう方もいるかもしれません。
ホラー映画かと思うほどの描写もあります。
たとえば、綾野剛演じる何でも屋の本業は“役者”であると説明されていますが、劇中ではあくまで何でも屋としての仕事のみをしているようにも思えます。
しかし、どこかで何でも屋が“演技をしている”シーンはなかったでしょうか。
具体的にそれがどのシーンであるかは言えませんが、“ゾッと”してしまうかもしれません。
しかし後半では、最初に挙げた“岩井俊二監督の二面性”がこれ以上なく表れた、卓越した人間ドラマであると感じていただけると思います。
Coccoが告げた言葉のひと言ひと言が鮮明に思い出せる、美しい物語がそこにはありました。
本作は岩井俊二監督の最高傑作であり、2016年を代表する日本映画となるでしょう。ぜひ、多くの方に観ていただきたいです。
(文:ヒナタカ)