はじめましての方もそうでない方もこんにちは。
八雲ふみねの What a Fantastics! ~映画にまつわるアレコレ~ vol.58
今回は、「いま、八雲ふみねが会いたい人」と映画にまつわるアレコレをお届けするスペシャル対談。
ゲストは映画監督としてはもちろん、小説家・作曲家としても多才な活躍を見せる岩井俊二さん。
<前編>では、『リップヴァンウィンクルの花嫁』の世界観について、<中編>では、魅力的なキャスト陣について、
さまざまな角度からお話を伺いました。
現在公開中の映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』の世界には、現実にはあり得なさそうだけど起こりうるような事件や、物事をはっきりと二分出来ないような不条理さが散りばめられており、そのすべてを体感すると、そこはかとない希望と幸せが待ち受けています。
時に優しく時にシュールに、本作を通じて岩井俊二監督が見つめるものとは…。
八雲ふみね(以下、八雲)
この作品に取りかかったのはいつ頃からですか?
岩井俊二(以下、岩井)
きっかけは3.11(東日本大震災)ですね。
それまでって自分の気持ちがあまり日本に向いてなくて。
なかなか日本人が作る映画って手詰まりだなって思うところがあって、それでアメリカに行って作ったりしてたんですけど。
なんていうか、自分の中でしっくり来ないっていうか…。
八雲
“しっくり来ない”というのは…?
岩井
例えば『ヴァンパイア』は、元は日本を舞台にした日本人の話だったんです。
でもなんか、日本で制作するには閉塞感のようなものがあって。それならば外国人を起用して、別の国の人が見た方が面白いんじゃないかと。
八雲
なるほど…。確かに、ヴァンパイアという不思議な存在と、洋画と邦画の間を行き来するような世界観がマッチしてましたものね。
岩井
外国人に話してみると、実は日本には面白い物語が沢山あるんですよね。
「桃太郎」の話をしても、外国では誰も知らないわけでしょ。日本の情報を誰も持ってないから。
「それ『桃太郎』の話でしょ」なんて、誰にも言われない。
八雲
私たち日本人なら誰でも知っているようなストーリーでも、彼らの目には新鮮に映るわけですね。
岩井
そうなると、実は日本ってコンテンツの宝庫なんだよね。でも日本の内情に目を向けると…。
なんだろう…。自分から新しく提案出来る物語を見つけきれなかった、というかな。
八雲
すでにどこかで誰かが似たようなストーリーを発表してたり…ってコトですか?
岩井
うん…。情報自体が手詰まりになってるような感じかな。
オリジナルを作ってるって言いながら「似たような事件をニュースで報道してた」とか。
この場所でやり続けることって、本当に難しくなってきたなと思ってたんですね。
何も変わらないような気がしたんですよね。
八雲
「何も変わらない」というのは?
岩井
日本全体が包まれているムードが、絶望に近いくらい何も変わらない感じがして。
例えば、山田太一さんの昔のドラマのなんかでよくあったのが…。
平凡で保守的な日常を過ごしている家族がいて、そこに何処からか第三者である他人が現れる。
その人物はちょっと世間から逸脱していて、『リップヴァンウィンクルの花嫁』で言うところの安室みたいな存在で、家族の中に様々な波紋を起こして去っていく。
それで家族は元の日常に戻っていくんだけど、でも昨日とはちょっと違う…
八雲
何か小さな変化があって…。
岩井
そう、何か変化があって…。以前の日本には、そういうドラマのスタイルがあったような気がするんですよね。
八雲
それが現代の日本では当てはまらない感じですか?
岩井
うん。変わったように見せかけても、結局は変わらない。そんな閉塞感があるように思うんです。
ちょうど同じ時期に日本映画の審査員をする機会があって、あるエントリー作品を見たんですよ。
それは普通の家庭に見知らぬ他人がやって来るんだけど、でも結局何も変わらなくてそいつだけ死んでいく…という話で。
多分ね、この展開は意図しないで作ったと思うんですよ。
八雲
作り手が?
岩井
うん。この映画の制作チームは多分、その当時の日本の風潮で、ストレンジャーを受け入れて、回して…。
八雲
何も変わらず、元に戻っていく…。
岩井
結局、このストレンジャーは犬死にしていって、彼らの生活も変わらない。でも、それでいいんだっていう映画なんですよね。
その結末について、制作者自体は深く考えて出した結論ではないと思うんだけど、でも結果的に「何も変わらない」という答えを導き出しているというのが、いかにも現代的で日本的だなって。
「そうだよなぁ、こういう考え方が底辺にあるから、もう日本では映画が作れないんだよな」って気がしたんですよ。
「もうこれでいいんだ」とみんなが思い込んで、一縷の疑問も持っていない。
そのいちばん典型的なキーワードが「空気を読む=KY」という言葉なんじゃないかな、と。
八雲
あぁ、はい。
岩井
誰もそれでいいとは思ってはいないんだけど、ここでは同じ場の空気があるんだから、それを守ればいいじゃないかって。
正しいかどうかは問題じゃないんだよ。この共通した風潮があるんだから汚すなよっていう、ね。
八雲
わざわざ波風を立てるなってコトですね。
岩井
それで出来上がった無風状態というのが世にあって、これが耐えられなかったんですね、僕は。
元々、どっちかっていうとアウトローなところにいるので(笑)。
八雲
(笑)。
岩井
この空気はどうにも息苦しかったし、ここに投げ込むオリジナルストーリーがないっていう状態だった。
それが5年前の3月11日に日本が傾いて、崩れて。
困っている人たちを目の当たりにする中で、ちょっと風が吹き始めた気がして。
それでやっと自分の中で、日本という故郷に向き合えるかな、と。
そんな思いの中で形になったのが、この『リップヴァンウィンクルの花嫁』なんですよ。
–{身近で起こった出来事を題材に…。}–
八雲
どんな風にストーリーを紡いでいったんですか?
岩井
自分で思うままに書いたものもあれば、その当時、依頼を受けて取材したことが元になってるエピソードもありますね。
あとは、なんだろうな…。
代理出席なんかは、たまたま立ち寄った居酒屋で隣にそういう人たちが居合わせて…。
八雲
へぇ〜。どんな感じだったんですか?
岩井
引き出物の大きな紙袋を持ってて。いかにも「結婚式帰りだな」って雰囲気で。
八雲
映画の中のシーンそのままですね。レンタル家族の仕事をした帰りに「呑みに行きますか?」みたいな。
岩井
そうそう。あれを再現したくてね。本当に見たので(笑)。
八雲
(笑)、その場に居合わせたってのがスゴいですね。
岩井
そうなんですよ。どう見ても家族にしか見えないんだけど、でも話を聞いてると「どちらから来られたんですか?」とか言ってるし。
なんだろう、この人たちって。
八雲
監督、ゾウ耳じゃないですか(笑)。
岩井
最初は映画のエキストラさんかなと思ったんだけど…。
八雲
でもエキストラで、結婚式の引き出物を持ってるってのも…。
岩井
変な光景だよね。
ひょっとして、そういうアルバイトでもあるのかなと思って調べたら、あったんですよ。
八雲
この映画に出てくるエピソードって「自分が遭遇したことがないだけで、実は世の中にはこういう事実があるんだ」っていうリアリティがすごいなと思ったんですけど、
岩井監督自身が実際に目撃したエピソードだから、余計に説得力があるんでしょうね。
岩井
別れさせ屋なんかもね、偶然、被害に遭った人の話を聞くことがあって…。
八雲
へぇ…。直接話を聞く機会なんて、なかなかないですよ。
岩井
身近で起こった出来事が多いですね。そこらへんをモチーフにしながら、脚本を固めていきましたね。
–{この不思議な世界観の物語を、観客がどう受け止めてくれるかが楽しみ。}–
八雲
この映画は、見る人によって、そして見る回数によって、見え方の違いや捉え方に変化が生まれてくる映画だなぁと思います。
お客さんには、この映画をどんな風に受け止めてほしいですか?
岩井
う〜ん。出来上がっちゃうと、お客さんに対してはこちらからは何もお願いできないっていうんですかね。
頑張って頭を下げ続けるしかないっていうかなぁ…。
八雲
いやいや(笑)。
観終わった後で、こんな風に自由に思いを巡らせることが出来る映画って私は大好きなんです。
3時間の上映時間がこんなにあっという間だとは思いもよらなかったです。
岩井
実は、2時間版ってのもあるんですよ。
八雲
え、そうなんですか?!
岩井
それを見て、みんなで話してたんですけど、体感が3時間と変わらないねって。
八雲 へぇ〜
岩井
2時間版の方が却って疲れたとも言われて(笑)。
八雲
面白い感想ですね。
岩井
自分で編集しましたけど、確かに2時間版と3時間版では体感時間があまり変わらない。
とても不思議な感覚で、逆に“時間”ってなんだろうって思いました。
八雲
深いですね…。
岩井
でも、3時間版の方が断然面白いんですよ。
2時間版だと、どうしても窮屈な感じになっちゃう。
だから3時間という上映時間は必要不可欠な時間だったんだろうな、と。
端折(はしょ)って「こういう話です」っていうのは簡単なんだけど、やっぱり映画は体感していくものだから。
観客が体験している間、実時間かかるわけですからね。
八雲
そうですね。
岩井
そうなると端折れないし、無理矢理早くしてもあまりいいことないし…。
実は、どのくらいの時間尺で見せたらいいんだろうっていうのは、演出していて常に悩むところなんです。
これは本当に不思議で、なかなか正解がないんですよね。
八雲
そうなんですか…。
岩井
この『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、なんかお話を書いてるんだけど、これが一体何物なのかっていうのが、自分の中でも分かったような分からないような感じの書き心地だったんですね。
一所懸命スケッチしてるけど、なかなか正体がはっきり見えてこないものに挑んでたような気がして…。
だから観た人が何を感じてくれるのかっていうのが、とても楽しみでもありますね。
これだけ長い時間をかけて、それでもまったく飽きずにこの作品と向き合い続けることが出来たことについて、その明瞭な答えは、まだ自分でも出ていない気がしています。
でも震災から5年が経って産み落とされた作品としては、自分なりの納得はしています。
あとはもう、見ていただくしかないって感じです。
八雲
岩井監督の作品は、公開された時だけでなく、長く愛されて息づくものが多いですよね。
だから5年10年経った時、自分自身がこの映画をどんな風に受け止めているかも興味深いなぁと思っています。
ありがとうございました!
スペシャル対談:『リップヴァンウィンクルの花嫁』岩井俊二監督インタビュー<前編>
スペシャル対談:『リップヴァンウィンクルの花嫁』岩井俊二監督インタビュー<中編>
リップヴァンウィンクルの花嫁
大ヒット公開中
監督・脚本:岩井俊二
出演:黒木 華、綾野 剛、Cocco、原日出子、地曵 豪、毬谷友子、和田聰宏、佐生有語、夏目ナナ、金田明夫、りりィ ほか
原作:岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』(文藝春秋刊)
©RVWフィルムパートナース
岩井俊二プロフィール
1963年生まれ。1988年よりドラマやミュージックビデオ、CF等多方面の映像世界で活動を続け、その独特な映像は“岩井美学”と称され注目を浴びる。
映画監督・小説家・作曲家など活動は多彩。
監督作品は『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(93)『Love Letter』(95)『スワロウテイル』(96)『四月物語』(98)『リリイ・シュシュのすべて』(01)『花とアリス』(04)
海外にも活動を広げ、『New York, I Love You(3rd episode)』(09)『ヴァンパイア』(12)を監督。
2012年復興支援ソング「花は咲く」の作詞を手がける。
2015年2月に長編アニメーション『花とアリス殺人事件』が公開し、国内外で高い評価を受ける。
八雲ふみね fumine yakumo
大阪市出身。映画コメンテーター・エッセイスト。
映画に特化した番組を中心に、レギュラーパーソナリティ経験多数。
機転の利いたテンポあるトークが好評で、映画関連イベントを中心に司会者としてもおなじみ。
「シネマズ by 松竹」では、ティーチイン試写会シリーズのナビゲーターも務めている。