はじめましての方もそうでない方もこんにちは。
八雲ふみねの What a Fantastics! ~映画にまつわるアレコレ~ vol.55
今回は、「いま、八雲ふみねが会いたい人」と映画にまつわるアレコレをお届けするスペシャル対談。
ゲストは映画監督としてはもちろん、小説家・作曲家としても多才な活躍を見せる岩井俊二さん。
3月26日から全国ロードショーとなる待望の新作映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』のお話を中心に、岩井俊二監督が考える「今」をクローズアップします。
八雲ふみね(以下、八雲)
映画の公開に先駆けて原作小説(「リップヴァンウィンクルの花嫁」文藝春秋より発売中)を読んでる間中、自分もこの寓話の世界に身を置いているような感覚がずっとあって…。
読み終わった時には、この夢から覚めたくないような不思議な気持ちになりました。
これが映画だと、どんな雰囲気の作品になるのかととても楽しみにしていたら、文字として読んだ時とはまた印象が違って…。
岩井俊二監督(以下、岩井)
どんな感じでしたか?
八雲
小説を読んだ時にはそれほど思わなかったんですけど、この映画を観終わって最初に感じたのが「人生には必ず“抜け道”があるんだなぁ~」ということでした。
日々暮していると、楽しいコトもあれば、嫌なコトや不安なコトも沢山あって。
実際のところ、何が幸せで何が不幸なのか、その価値基準さえあやふやなはずなのに、
「ひょっとすると自分はとても不幸なんじゃないか」と落ち込んでみたり、ただただ自分の人生を悲観的に受け止めたり…。
でも、捨てる神もあれば拾う神もある。
「人生プラスマイナスゼロ」というか、いいコトも嫌なコトも精一杯生きてるからこそ味わえる体験なのかなぁ〜って、主人公の七海を見ているとだんだん思えてきて…。
主人公がどんどん窮地に陥っていく下りは小説での描写の方が残酷な印象を受けたのに、映像の方がよりリアルに目の前に突きつけられたような感覚に陥ったのも新鮮でした。
岩井
うんうん。
八雲
それから、言葉に対する印象も、文字で得る情報と耳で聞く情報では印象が変わるものだなぁ…と。
例えば、綾野剛さんが演じた「安室行枡」という名前。
小説を読んでカラクリを知っているにも関わらず、やっぱり耳で聞くと、あの「アムロ、ゆきま~す!」という名台詞をダイレクトにイメージしてしまって、
思わず声に出して笑ってしまったり…。
岩井監督ご自身は、小説と映像、それぞれの表現方法の違いについて、どんな風に意識してらっしゃいますか?
岩井
そうですね。アウトプットの仕方が全然別ものなんですよね。
小説は言葉で描かれていくものだから、どこか実況中継に近いのかな。
主人公の精神的な追い込まれ方も、全部実況中継していくような感覚で…。
情報量的にも、どうしても小説の方が多くなってしまいますね。
それに対して映像は絵で見せていくので、あまりそこまでは踏み込まないというか。
小説で実況中継するようなスタイルを映像でやっちゃうと、うるさくなっちゃうんで。
どのくらい引き算して印象づけていくか…ということは考えますね。
映像の場合は、一瞬の表情だったり、動きだったり「映像ならではの美しさ」といった妙義もあるので。
役者の演技そのものというのは、逆に小説では描けない領域ですよね。
八雲
本作ではSNS、出会い系サイト、何でも屋、代理出席、格差、金銭問題など、現代社会をイメージするキーワードが数多く出てきます。
そういったものを散りばめた作品を作ろうと思ったのはどうしてですか?
岩井
これまでもそういったトコロにフォーカスして作ってきてはいるんですけどね。
特に今回は、「サービス」というのが重要なキーワードとして挙げられるかなと思っています。
現代の日本における「サービス」というものがどんどんハイテク化して、痒いところに手が届く頂点にまで到達しようとしている。
インターネットで欲しい商品を注文すると、玄関先まで商品が届く時代ですからね。
八雲
そうですね。翌日どころか当日届くことを売りにしている「サービス」もありますからね。
岩井
そうそう。いろいろ見ていると、1円の中古本が売ってたりするじゃないですか。
「なんだろう、1円って…。」って思うんだけど。
八雲
ありますね。しかも、その1円の本を探し求めている人が世の中にいて…。
岩井
で、その1円の本を運ぶ仕事をしている人もいるわけじゃないですか。
八雲
だから1円の本でも配送料は別料金で取られちゃう。不思議な世の中ですよね(笑)。
岩井
シュールとしか言いようがないっていう…。でも逆に言うと、僕自身も「サービス」を提供する立場でもあるわけで。
八雲 なるほど。
岩井
「サービス」する側の立場に立ってみると、これが本当に大変。
映画のチラシを作るにも、この文字が間違えてるとか、スペースのあけ方が違うとか、細かな部分にまで気を配って、誤植を見つけるたびにやり直しの連続で。
チラシ一枚でもそんな風なのに、これが映画となると、スタッフ全員で神経がすり減るほど、何度も何度も細かいチェックをして、ようやく完成するわけで…。
「サービス業」と呼ばれるものはジャンルを問わず、そういった側面があると思うんですよね。
そんな中で、いままで消費者の立場しか経験したことがない人がサービス業の世界にやって来たら、まずは「サービス業のイロハ」から教えなきゃいけない。
生まれてこの方、その人たちが考えたこともないような反対側の世界のルールを教えなきゃいけなくて。
八雲
「サービス」を受ける側と提供する側では、モノの見方や捉え方が真逆の場合もありますからね。
岩井
うん。そうなると「サービス」のバリエーションが増えれば増えるほど、そのクオリティが上がれば上がるほど、裏ではどんなに過酷な労働が待っているか…という話で。
それに「サービス」が増殖することで世の中が便利になったと誰もが思いがちだけど、同時にその負担も受けているんですよね。
例えば、信号機って…、あれ一機幾らするのか分からないけど…。
八雲
(笑)。
岩井
でも信号機の設置費や維持費って、国民の税金で賄われているわけでしょ。
八雲
そうですね。
岩井
信号機によって安全な暮らしを手に入れているようで、でもその費用は元々、我々が負担しているわけで…。
そうこうするうちに、国は何十兆円も借金してるみたいな話になって、国民一人あたり負担する税金は幾らで…みたいな払い切れない金額を言い出したりして。
そうなると、信号機って便利なモノだと我々は信じて疑念を持ったことなんてないけれど、視点を変えると実は、我々にとっては“負担”でもあるわけですよね。
そんな感じで、世の中で“当たり前”だと思っている概念に、もう少し疑いの目を向けてもいいんじゃないかって…。
八雲
はぁ~、なるほど…。
岩井
そういう意味で言うと、「結婚式」は、自分たちが正しいと信じて疑わないものの金字塔のように思えるんですよ。
八雲
おぉ、映画の話に戻ってきました!
–{これまでの“常識”を疑ってみることで、見えてくる“真実”がある。}–
岩井
「結婚式」とは、新郎新婦の二人が一緒になることを肯定する儀式。
親戚や友人、職場の人たちが集まって、みんなから「おめでとう!」って祝福されて。
でも実際どれだけの人が、なんの負い目もなく新郎新婦の席に座れるんだろう。なかなかそうでもないんじゃないか…とか、あれこれ考えてしまうんですよね。
ほら、よく結婚披露宴の定番で、新郎新婦の幼少期から現在までを感動的にまとめた映像を上映するじゃないですか。
絶対に言えないコトはカットされていたりするワケでしょ(笑)。
八雲
(笑)、そうですね。劇中の台詞でもありましたね。
「結婚式でいちばんのタブーは、不幸な部分をさらけ出すこと。キレイな思い出だけをつないでいくことが結婚式なんだ」って。
岩井
そうそう。だから人生の美しい部分だけを不自然なまでに凝縮した「結婚式」に象徴されるような“息苦しさ”が、日本の現代社会には蔓延している気がして。
八雲
七海はインターネットの出会い系サイトで知り合った男性と結婚します。
劇中でのSNSの在り方も、これまた現代社会の象徴のように感じました。
岩井
まぁ、SNS的なつながり方がどうなのか…という議論は、いろいろありますけどね。
新しく出てきた文明だから、賛否両論あるのはもちろん分かるんですよ。
じゃぁ、現代よりも以前の文明や社会の成り立ちというのが健全だったのかと言えば、これもいろいろあるわけで。
もしこれが“インターネットを介して知り合った彼氏”ではなく、電車の中で知り合ったとしたら…。
また、マンションの隣人として知り合ったとしたら…。
それで、その人と付き合ってたかと言ったら…。
八雲
付き合ってないですよね。
岩井
うん。電車の中のようにお互いが干渉し合わず、言葉も交わさない、目も会わせないような社会空間ってのは沢山あるわけで。
昔だったら“近所の良しみ”みたいなのがあったけど、いまでは都会のマンション事情のように完全に隔離されて、
むしろ他人である方が居心地がいいという現実もあって。
同時に、都会の孤独感みたいなものも存在するわけですね。
そこに登場したSNSには、その孤独感を癒す効果があった。
まったく顔を合わせたことがない他人同士がある場面で突然、言葉を交わし合ったんですよ。SNSを通じて。
八雲
考えてみれば歴史的な出来事ですよね。
しかも「顔見知りでないからこそ、気軽に話すことが出来る」なんて、これまでの文明では起こりえなかった発想ではないかと思います。
岩井
不思議な現象が生まれてるんですよね。
だって映画館ですら、せっかく同じ空間で同じ映画を共有しているのに、観終わって出て行くときはみんな他人じゃないですか。
八雲
まぁ、「この映画、良かったよね」とか、知らない人同士で会話をすることはないですね。
岩井
そこはみんな、うつむきながら去って行く…という(笑)。
八雲
(笑)。
岩井
それくらい他人同士が仲良くなるコトって難しいはずなのに、SNSはそれをいともあっさりと、易々とハードルを越えてしまった。
八雲
そうですね…。
岩井
だからSNSというものだけを見つめてその是非を考えるんじゃなくて、元々あった世界そのものから疑ってみると、SNSというモノがどういう位置にあるのかが分かるような気がしたんですね。
それも、この物語を借りて描きたかったひとつのような気がします。
つづく…。
次回は、岩井俊二監督と共に映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』の世界を構築したキャスト陣の魅力に迫ります。
リップヴァンウィンクルの花嫁
2016年3月26日(土)公開
監督・脚本:岩井俊二
出演:黒木 華、綾野 剛、Cocco、原日出子、地曵 豪、毬谷友子、和田聰宏、佐生有語、夏目ナナ、金田明夫、りりィ ほか
原作:岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』(文藝春秋刊)
©RVWフィルムパートナース
岩井俊二プロフィール
1963年生まれ。1988年よりドラマやミュージックビデオ、CF等多方面の映像世界で活動を続け、その独特な映像は“岩井美学”と称され注目を浴びる。
映画監督・小説家・作曲家など活動は多彩。
監督作品は『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(93)『Love Letter』(95)『スワロウテイル』(96)『四月物語』(98)『リリイ・シュシュのすべて』(01)『花とアリス』(04)
海外にも活動を広げ、『New York, I Love You(3rd episode)』(09)『ヴァンパイア』(12)を監督。
2012年復興支援ソング「花は咲く」の作詞を手がける。
2015年2月に長編アニメーション『花とアリス殺人事件』が公開し、国内外で高い評価を受ける。
八雲ふみね fumine yakumo
大阪市出身。映画コメンテーター・エッセイスト。
映画に特化した番組を中心に、レギュラーパーソナリティ経験多数。
機転の利いたテンポあるトークが好評で、映画関連イベントを中心に司会者としてもおなじみ。
「シネマズ by 松竹」では、ティーチイン試写会シリーズのナビゲーターも務めている。