原案は某ゴウチ氏だった?シカがモチーフの新感覚ムービー『ディアーディアー』菊地健雄監督インタビュー・前編

映画コラム

編集部公式ライターの大場ミミコです。

2015年10月24日からテアトル新宿で絶賛公開中の映画『ディアーディアー』。レイトショー上映にもかかわらず、立見が出るほどの大盛況っぷりが話題となっています。

このたびシネマズby松竹では、メガホンを取った菊地健雄監督に直接お話を伺ってまいりました。瀬々敬之監督、黒沢清監督などの元で、長年助監督を務めてきた菊地監督。待望の初監督となる本作について、経緯や裏話を余すことなく語って下さいました。

驚き、共感、爆笑…と、映画さながらのエンタメ感満載のインタビューを、ぜひお楽しみ下さい。

シカを主軸に据え置いた謎に迫る

―― 映画『ディアーディアー』拝見いたしました。率直な感想として、相当面白かったです!そして、映画としての基礎体力の高さにめちゃめちゃ感動しました。

菊地監督「ありがとうございます。」

―― 父の危篤を機に集まった三兄妹が、お葬式を終えるまでの数日間を描いた作品ですよね。そういう話は良くありますが、この作品の面白いところは、その軸に『リョウモウシカ』という幻のシカを持ってきた点です。『リョウモウシカ』というモチーフが登場することになった経緯をお聞かせ下さい。

菊地監督「実は、脚本作りに結構時間がかかったんです。プロデューサーでもあり、三兄妹の長男・冨士夫を演じた桐生コウジさんから、この作品のオファーを頂きまして。でも最初はシカではなく『演技性人格障害』の映画を作りたいというお話だったんです。」

―― アレですよね。某ゴースト作曲家で注目を浴びた疾患ですよね。

菊地監督「まさにそうです。それが製作段階で二転三転しまして、このような作品に仕上がりました。ま、次男である義夫のパーソナリティに、その要素はちょっと残ってはいるんですけどね」

菊地健雄監督

―― 昨年は、『演技性人格障害』にまつわる方々がメディアを席巻していましたよね。

菊地監督「ええ。そういった件が世に出る前から話があったんですけど、ああいう形で世間が賑わってしまったので、映画のモチーフとして新鮮さがなくなってしまったんです。そうこうしているうちに、話がだんだん三兄妹の話になっていきまして。」

―― なるほど。もう少し早い段階だったら、まったく違う話だったのかもしれませんね。

菊地監督「ですね〜。結局は、父の危篤で再会する三兄妹が、それぞれが人生の岐路に立ってるという話に落ち着きました。でも、やっぱりありがちなモチーフですし、それをドラマとして転がしていく為には、兄妹に共通の“心の傷”を持たせることが必要だと思いました。

ただ、それを映画で表現しようとすると、どうしても内面的な話というか…。それを説明するには、例えば幼少期のことを描いたりが必要になるじゃないですか。」

―― 解ります。普通そうなりますよね。

菊地監督「でも、そういった説明みたいなものにエネルギーを注いでいると、なかなか本筋のドラマが進んでいかないように思うんです。例えば、テンポ良く進んでいたところに回想を入れたとすると、どうしても過去に戻る感じになって、映画の流れが停滞してしまう…そんなことを脚本家の杉原憲明君と話していたんです。」

―― その結果、どうなったんですか?

菊地監督「そのことで兄妹たちが傷を負ってると明確になるような“解りやすいイメージ”を求めました。そんな折、脚本の杉原君が『シカを出してみましょうか?』って、思いつきみたいに言い出したんです。シカを三兄妹の過去に影を落とす象徴にすれば、話が締まってスムーズに進むんじゃないかって。」

―― なるほど〜。それでシカだったんですね。

–{回想・モノローグ一切なし!前へ前へと進む映画}–

回想・モノローグ一切なし!前へ前へと進む映画

―― タイトルが『ディアーディアー』なので、まずシカについて質問させていただきましたが、個人的に一番最初に伺いたかったのが脚本のお話なんです。実は私も、10年ほどシナリオを書いてた時期がありまして。

菊地監督「そうだったんですね。」

―― この映画は、トラウマや思い出を下敷きに構成された作品ですよね。にもかかわらず、回想シーンも、モノローグ(独白)も、ナレーションも一切使われていないんですよ。しかも、トラウマの一因であろう、両親の姿もセリフも全く登場しなかったんです。よほどの腕がないと、こういう描き方はできないなーと、興奮しながら観ていました。

菊地監督「ありがとうございます。」

―― モノローグや回想って、割と簡単なイメージがあって。例えば「あれは忘れもしない、10歳の夏…」などど独白させながら、子役あたりに回想シーンを演らせちゃえば簡単じゃないですか。しかし、この作品ではセリフと演技のみで見せ切っています。先ほど、シナリオに時間がかかったと仰ってましたが、緻密な計算と構築のもと、膨大な時間をシナリオに費やしたんだろうな〜と想像しました。

菊地監督「今回の作品に関しては、キャラクター達が色々と動いたり、偶然出会うことでストーリーが前へ前へと進行する形でやると、最初から決めてまして。回想やモノローグなどの“説明”は観客にとって親切でもありますが、その一方で退屈だったり、流れを停滞させる側面も持っています。感情移入している観客の心が、フッと戻っちゃうのだけは避けたいと思っていました。」

菊地健雄監督

―― 本当に、説明らしい説明は一度も…あ、ストーリーが始まる前の序章で、大まかな説明らしきものがありましたが、それ以降、一切説明は出てきませんでしたね。

菊地監督「出来事の経緯は冒頭で全て説明しちゃって、後は人物で見せていくって形を、脚本の杉原君が作ってくれました。全部が上手く伝わるかは賭けでもあったんですけど、映画を観ていく中で観客が『ああ、なるほど。こういうことか!』と理解を進めていくというイメージは、脚本を書いてる段階からありましたね。」

―― しかも『ディアーディアー』という作品は、主人公の三兄妹だけでなく、様々な背景を持った脇役が多く出てきて、複雑な人間関係を紡ぎ出しています。それを全て網羅し、完全なパッケージとして成立させた事自体が凄いんですけど、もっと言うと、それが107分という短時間に纏められている事に驚かされました。

菊地監督「本当はもっと短くしたかったんですけどね。」

―― いや〜。あれだけ個性的なキャラ達を動かした上に、すべてのエピソードが取りこぼしなく全て収まった話を、あの短時間でやり切ったというのは、やはり現場経験の長い菊地監督ならではの技だと思います。

菊地監督「ありがとうございます。」

地方都市の三兄妹=監督の投影

―― 元々は『演技性人格障害』の話というオファーが、練っているうちに地方都市を故郷に持つ三兄妹の話に変化していったとの事ですが、そこに落ち着いた決め手はありますか?

菊地監督「やっぱり長男の冨士夫にも、次男の義夫にも、末っ子の顕子にも、街で過ごしたそれぞれの時間や歴史みたいなものがあるんですよね。僕なんかも18歳までは、作品の舞台である栃木県の足利という地方都市で過ごしたんです。でも、東京から故郷に戻ると、道でばったり昔の友達や親戚のおじさんに会ったりするんですよね。」

―― 私も北関東出身なので良く解ります。地方出身者あるあるですよね!

菊地監督「でもそこに、かつて自分が存在した痕跡をすごく感じるんですよ。なので、その辺りは丁寧に表現したいと思いました。また、三兄妹を貫くもの…例えば、会えば喧嘩するとか、兄妹ならではの要素を見せたくて脚本も作りましたし、撮影にも臨みました。」

―― 三兄妹のキャラも、うまく住み分けがされてますよね。長男の冨士夫は真面目で、冒険せず、波風立てずというタイプですよね。真ん中の義夫は心の病気のせいか、被害者意識の強い、エキセントリックな性格。そして末っ子の顕子は、色気ムンムンで自由な感じもしますが、どこか退廃的で人生を諦めてるようにも見えます。

菊地監督「物事をクールにも見てますしね。」

―― アクの強い人達に振り回されつつも、唯一地に足がついてるのが、長男の冨士夫でしたよね。その、懸命に踏ん張っていた冨士夫がついにキレたじゃないですか。勝手な感想ですけど、この映画は、ここを描きたいが為に作ったんじゃないかと。それまでのシーンは、これを引き出すための序章だったんじゃないかと思うほどインパクトがありました。

菊地監督「鋭いですね〜。考えてみたら、制作の中心メンバーがみんな長男だったんですよ。僕も桐生さんも杉原君も、全員長男でした。僕は18歳で上京したので、同じように足利から出て行った義夫や顕子にも、自分のある部分を投影していると思うのですが、やっぱり冨士夫に一番自分を重ねてるなって。」

―― 冨士夫は、自分自身を乗せて作ったキャラクターなんですか?

菊地監督「乗せるつもりはなかったのですが、出来上がったものを観ると、結果的に乗っちゃってますよね(笑)。助監督って、様々な現場や部署を立ち回るのが仕事なんです。グイグイ引っ張って行く人、叱咤激励する人…色んなタイプの助監督がいる中で、僕は調整に奔走しながら丸く収めるタイプの助監督だったので、その経験もちょっと反映されちゃったなというのはありますね。」

菊地健雄監督

–{長男の、長男による、長男がブチキレるシーン}–

長男の、長男による、長男がブチキレるシーン

―― 菊地監督と共通点の多い冨士夫ですが、彼は故郷から出ない役でしたよね。

菊地監督「僕は上京した人間ですが、ウチには妹がいまして。その妹ってのが足利から出たことがないんです。ずっと実家に居て、そのまま結婚したけど、実家から10分位のところに住んでるっていう。また、僕の父も足利から出なかった人で、僕から観た父っていうのが、劇中に出てくる故郷の人々に反映されているところもありますね。」

―― 都会で暮らしたことがある人と、故郷しか知らない人とでは感覚が違いますか?

菊地監督「やっぱり田舎って狭いんで、人との距離感も都会と全然違うと感じます。例えば今回、僕が映画を撮った事も、身近なニュースとして駆け巡ったわけです。すると『みんな応援してるよ』みたいな事を街中から言われたりしてね。でもそれは、ある人間からするとストレスというか、プレッシャーになると思うんです。」

―― と言いますと?

菊地監督「一時期の僕も、実はそういう風に思ってました。悪気はないんでしょうけど、期待してるみたいなことを投げ掛けられると、特に長男って背負っちゃうんです。今回の作品で僕が描きたかったことの1つに、とにかく受けて受けて、本心を押さえ込んだ人が、最終的に爆発するというのもありましたね。」

―― 冨士夫がブチキレる場面は、この映画の中で一番好きなシーンです。

菊地監督「映画としても、エモーションを届けることが出来たシーンだと思います。あのシーンに至るまでは、冨士夫を演じた桐生さんを抑えるのも大きな仕事だったんですよ。『何を言われても笑って下さい』『爆発のシーンまで怒りを取っといて下さい』ってね。」

―― キレるシーンで輝きを放っていた冨士夫でしたが、顕子を演じた中村ゆりさんも、本当に迫真&体当たりの演技でしたし、義夫役の斉藤陽一郎さんの突き抜け具合も半端なかったです。

菊地監督「中には『主役は、兄妹の誰か1人で良かったんじゃない?』って人もいると思うんです。でも僕は、誰かが作用すれば、それに対する反発があるのが兄妹だと考えています。それぞれの関係性を常に考えながら演出した作品でもありますね。」

幻のリョウモウシカと、足利の原風景

―― 今更ながら基本的な質問で恐縮なのですが『リョウモウシカ』って実在するんですか?

菊地監督「いないです(キッパリ)。まったくのでっち上げですね。」

―― え?…いないんですか?

(後編に続く)

続きは【後編】にて公開!!

何と!リョウモウシカなんて生き物は存在しないと高らかにぶっちゃけた菊地監督。気になる続きは、インタビューの【後編】で明かされますので、ぜひお読み下さい。

他にも後編では、染谷将太さんとのプライベート秘話や、菊地監督のルーツなどのコアなお話も伺っていますので、引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

後編はこちら
染谷将太がスゴんだ理由に爆笑&感動!『ディアーディアー』菊地健雄監督インタビュー・後編

菊地健雄監督の初作品『ディアーディアー』は、10月24日から11月13日までテアトル新宿にて絶賛上映中です。

(取材・文:大場ミミコ)

上映期間中は毎晩、菊地監督とゆかりのある監督や俳優、著名人を招いてのトークイベントが行われています。今後の予定は

11/7 不倫、嫉妬そして借金 山本剛史×松本若菜×桐生コウジ
11/8 映画心理カウンセラーの性格診断 コトブキツカサ(映画パーソナリティ)×斉藤陽一郎
11/9 北関東映画バトル! 群馬VS茨城VS栃木 大崎章(監督)×冨永昌敬(監督)×菊地健雄
11/10 世界の菊地VS足利の菊地 菊地凛子×菊地健雄
11/11 甲斐性なし×いじめられっ子×守銭奴 柳憂怜×政岡泰志×佐藤誓
11/12 足利そして映画祭ライバルとして 竹馬靖具(監督)×結城秀勇(映画評論家)×菊地健雄
11/13 最終日舞台挨拶 シカるべき時が来た! 菊地健雄+スタッフ&キャスト有志

となっております。イベントの詳細・日程は公式サイトにて随時公開されていますのでご確認下さいませ。
『ディア―ディア―』THEATER & EVENT/劇場情報 & イベント

ディアーディアー公式Facebookページではイベントの模様も掲載されています。11月6日のイベントではゲストに斎藤工さんが登場するというサプライズも。ぜひテアトル新宿まで足を運んでみてください。
『ディア―ディア―』公式Facebookページ

映画『ディアーディアー』予告