原田監督が役所広司の奥深さを語った、映画『日本のいちばん長い日』トークイベント

INTERVIEW
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10月26日(月)、新宿ピカデリーにて東京国際映画祭のプログラム・映画『日本のいちばん長い日』の上映と、主演の役所広司さん、原田眞人監督を招いてのトークイベントが行われました。

今作は同名小説を原作に、陸軍大将・阿南惟幾を中心とした実在の人物を通して、天皇が聖断にいたるまでに終戦の裏で起こっていたドラマを描いた映画です。

年賀状の内容は“そろそろ…”

かつて1967年に岡本喜八監督が同テーマ、同タイトルの映画を製作していることに触れて、今この映画を作った意義を尋ねられた原田監督は「岡本監督作品は原作に忠実。ただし、昭和天皇を描かなけなかった。そこの部分で未完成という気持ちが残っていたので。岡本監督がご存命で今作を観ていただけたら、その頃できなかったことをやってくれたと思えるようなものにしたいと思って、聖断を中心に4ヶ月の話にしたわけです。ただ、やりたくても誰も耳を貸してくれなかった時代がありました」と答えます。
それが2015年公開というかたちで実現したのは、戦後70年というタイミングと監督が松竹との関係性ができていたといういきさつがあるのだそう。

MCは「僕が岡本作品と決定的に違うと感じたのは、阿南さんの情念や家族の描写はあちらにはないし、人間天皇というところまで踏み込んでいないですよね」と話し、「そこに踏み込んでいただいて、終戦から70年経った今、みなさんに考えていただくという点では今観ていただくべき素敵な映画だと感じました」と続けていました。

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また、原田監督の作品に多数主演している役所さんに対しては、出演作や役柄を並べつつ「原田作品に対して、どのような思いを持って出演されていますか?」と質問します。

「毎年、原田さんからの年賀状には“そろそろいかがですか?”と(笑)」と笑いながら、役所さん。
それに対して監督は「役所さんから来るのは“そろそろ”とか、“そろそろですね”だけ(笑)」と返し、そのやりとりから、言葉少なくも通じ合っているふたりの関係性が伝わってくるようでした。

役所さんが「今聞いた役柄の職業だけでも、非常にバラエティに富んだものですし、映画ひとつひとつに関しても、いつも原田監督はあたらしいものに挑戦しているので、参加していてもワクワクしますね」と話すと、MCは「原田監督の現場はやっぱり辛い、とかあるんですか?」と更に質問します。

「原田監督に制作費をあげればあげるほど、現場が大変になってくると思います(笑)。『KAMIKAZE TAXI』の時は本当に1日をフルに使ったような撮影でしたし、カメラも1台しかなかったですし。それでもたくさんの素材を撮る監督ですから。今は現場に3台のカメラがありますけど、制作費が増えたら5台、6台となっていくんじゃないでしょうか」と、役所さんは笑いを誘っていました。

阿南惟幾へのアプローチ

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役作りの話題では、弓道は今作のために練習したそうで「面白くて夢中でやっていたら、手が痣だらけになりました」とお話していましたが、居合いは未経験ながら数々の時代劇での殺陣の経験が生かされたそうで、原田監督も「カメラが構えてると、素晴らしい技を見せてくれるんです(笑)」と含みをこめつつ絶賛していました。

居合いのシーンに関しては、「すっと横に出てきて一緒に居合いをしているのは死んだ息子ですよね? いわゆるマジカルリアリズムというか、すごくいい表現だと思いました」とMCから質問が。

原田監督は『KAMIKAZE TAXI』でも使った手法として話し、リアルな中でファンタジーを描く部分について、フランス監督・ジャック・オーディアルの作品を例に「非常に勇気づけられている」と語ります。
「息子の姿が最後に阿南さんの身体の影に隠れるのは、死んだ息子と一緒に稽古していたであろうということも含めて一体化して、なおかつそこを乗り越えていかなければいけない阿南さんのつらさですよね。それと、息子役は最初写真だけだったんですけど、三船敏郎さんのお孫さんなので、三船さんへのオマージュとしてちゃんと動いているところを撮りたいな、という気持ちもありました(笑)」とそのシーンを撮影した理由を明かしていました。

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また、MCはクーデターを起こす畑中少佐(松坂桃李)の話題を出しつつ、「宮城事件っていうのが悪いヤツ対いいヤツならば簡単だけど、畑中少佐も結局戦争の犠牲者じゃないですか。彼らは彼らで信念を持っているから終わらせにくい。でも、戦後何十年経って客観的に見ると、阿南さんは彼らの気持ちを汲んで間に立って、最終的には自分が死ぬことで終わらせようとしている、という悲劇ですよね。そこで松坂桃李たちが演じる若い人たちもきちっとしていないと、僕らがそこに対してのシンパシーをもてなくなってしまう。それでいうと、本当にきれいな映画だと思いました」と感想を述べ、「岡本監督作品とはまた違う、情みたいなもの、人間がそこにちゃんと存在している。特に阿南さんという人間は本当に日本人だな、と感じました」と語ります。

それに対して原田監督は「役所さんも、最初阿南さんの描き方についてはこだわられて、手紙も含めいろいろディスカッションしましたよね」と話すと、「阿南さんもいろんな説があるので、どういう方向で今作の阿南を作り上げられるのかを知りたかったんです」と役所さん。それを納得するかたちで聞くことができて、今作の阿南に至ったとのこと。

原田監督は「阿南さんに関していうと、ご子息に見ていただいて「今回初めて、自分の父親として描かれていた」という感想はいただきました。残念ながら今回はロイヤルプレミアはできなかったんですけれども、伝え聞くところによると、感想はわからないですが、今上天皇も皇后さまもDVDでご覧になってくださったとは聞いています」と話していました。

–{「これが7丁目なら、まだ先がある」}–

「これが7丁目なら、まだ先がある」

最後に、後半に行われたQ&Aについて一部をご紹介します。

質問「海外での評価はいかがですか?」

原田監督「先日、シカゴ映画祭でやったんですが、ネット評論ですけど僕が知る限りでは2つの意見があって、どちらも絶賛してくれていました。一方は僕の作品を今まで観たことがなかったそうなんですけど、人物像がパーフェクトだと。もうひとつはかなり事情を分かっている人で、アメリカの場合は特に、ハーバート・ビックスの書いた「昭和天皇」という本があって、ジョン・ダワーもそうですけど、この二人が昭和天皇の戦争責任を追求するような本を書いてきて、特にハーバート・ビックスの本は間違いだらけなんですけど、そのイメージとは違うよ、と正当に作品を評価してくれているのがうれしいですね。来月はハワイ映画祭があるので、現地に行って肌で反応を感じてきたいと思います」

質問「戦争映画は難しいものになると、いたるところで字幕やナレーションの説明が入りますが、この映画は難しい内容にも関わらず、そういったものがなかったという理由をお聞かせいただきたいです」

原田監督「ナレーションはいれないように、特に人物の字幕は絶対にいれないと意識しましたね。入れたところで知っている人が少ないので邪魔になるだけなんです。なので入れる場合には、英語の会話のように相手の名前を言うかたちで誰か分かる、あるいはデスクにランキングの表示がおいてあるというかたちに心がけました。ただ、場所に関しては字幕を入れないとわからないだろうなというので、いくつか入れてます」

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質問「役所さんはこれまで、さまざまな軍人を演じていますが、今回陸軍大臣を演じるうえでの困難や難しい点はありましたか?」

役所「なんでも難しいんですけどね(笑)。三船敏郎さんという素晴らしい俳優さんがおやりになった、阿南惟幾と山本五十六というふたつの役を演じているので、しかも映画の上映もそんなに離れていなくて、それは俳優としては非常に怖かったです。でも原田監督は常に新しいものを作ってくださるので、新しい阿南像を作ってくれると信じてチャレンジしました」
原田監督「僕も役所さんは山本五十六とか他の軍人のイメージもあったので、どうだろうなというのはあったんですけど、やはり今回も俳優・役所広司という奥の深さがありました。役所さんとは7本目の作品でこれが7丁目なら、この先もまだあるなという感じがしてるんです(笑)。特に、撮影している時よりも、それが終わって編集しているときに実感しますね。最初から最後まで芝居がつながっていくことを演技のアーチというんですけど、アーチを監督以上に思い描いている。時系列通りではなく、いろんなシーンから撮る中で、アーチの作り方をどういう風にしてやっているのか、いつも不思議に思うんですけど、今回が一番深みも奥行きもありましたね」

「さまざまな編集法があるなかで、ジャンプカットなどのような編集をされた経緯や意味に興味があります」

「今の映画の文法に合ってるジャンプカットなんですね。今まで作られてきた日本の戦争映画のテンポではないところもあるんですけど。一番はっきりしているのは2時間15分という枠に収めないといけなかったことと、今回はとにかく落とせるだけ落として最初に編集してみよう、と。脚本通りにやれば2時間半だったものが2時間9分になったので、心残りのあったシーンを戻していったんです。それで他の映画違う印象があったんだと思います。3分くらい戻して、あとは何回も何回も編集するということはなかったです。日本人は脚本を1ページ1分で計算するんですね。英語でも1ページ1分だけど、英語の方が情報量が多いから、日本語にすると1ページあたりの情報が3分の2くらいしかないんです。だから、僕は1ページ45秒だと決めていて。たとえば1日で5ページ編集したとすると、5ページ×45秒でそこのプラスマイナスがどのくらいになっているかチェックしながら編集しました。これは今まで僕自身の作品ではやったことがないやり方なので、いつもよりページングが早くなっているかもしれませんが、素材はいろいろあるので組み合わせを変えることはできるんですね。今回それで効率が良かったので、上映時間の制限がある場合はこの方法でやったほうがいいかなと思ってます」

作品の内容から編集方法まで、海外の方からも多岐にわたる質問が飛び出し、国際映画祭ならではといったQ&Aでイベントは締めくくられました。

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映画『日本のいちばん長い日』は2016年1月6日(水)にDVD・Blu-rayが発売となります。

(文・写真:大谷和美)