21世紀初頭、2本の小説を記し、3本目の執筆中、34歳の若さで息絶えた夭折の作家・伊藤計劃。
今、彼の世界が映像で蘇ります……。
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街 vol.35》
伊藤計劃、未完の小説『屍者の帝国』が長編アニメ映画化されました!
“Project Itoh”第1弾は屍者と生者が共存する世界の物語
生来、病弱だった伊藤計劃は己の命の短さを予見しつつ、人類や人生そのものへの絶望と希望を交錯させながら、小説の力をもって独自の世界観を確立させていきました。
本作は『虐殺器官』『ハーモニー』とともに、そんな伊藤原作の小説をアニメ映画化する“Project Itoh”の第1弾となる作品です。
もっとも原作の『屍者の帝国』そのものは、伊藤が30枚ほど書いた後で病没し、盟友の円城塔が書き継ぐことで完成したもので、いわばふたりの友情の賜物ともいえる作品です。
基本ストーリーは、死者を蘇生させる技術が開発され、彼らを労働や戦争などに使役させることが可能となった空想の19世紀末を舞台に、生者のように意思を持ち言葉を話す屍者を生み出す技術を記した「ヴィクターの手記」を探すよう密命を受けたロンドンの医学生ジョン・ワトソンが、屍者のフライデーを連れて世界中を渡り歩くというもの(明治時代の日本も舞台になります)。
ここでユニークなのは、原作のフライデーはミッションのアシスタントとしてクライアントがジョンに贈与したものですが、映画ではジョン自身が親友であったフライデーの遺言に従い、彼を蘇生したという設定になっています。
この改変に対して既に原作ファンの間で賛否が飛び交っているようですが、ジョン=円城塔、フライデー=伊藤計劃と置き換えてみれば、映画化における作り手の改変の意図が見えてくるかもしれません。
つまり、伊藤と円城の友情とその絆を、映画のフライデーとジョンに重ね合わせているのではないか?
そう考えると、映画ファンの立場としては大いに許せてしまえる改変ではあるのですが、原作ファンの立場としてはいかがなものでしょうか?
–{建設的な賛否両論?}–
建設的な賛否両論が飛び交う理想的ともいえるエンタテインメント
監督は、亡き恋人そっくりのロボットとの愛を描いた中編SFラブストーリー映画『ハル』でデビューした牧原亮太郎。
ファンタジーを自分たちの等身大の世界のものとして扱う牧原監督独自の淡々とした瑞々しい感覚は本作にも健在で、およそありえない虚構の世界観に説得力を与えています。
また『ハル』に引き続いての精巧かつ気品のある作画も、この監督ならではのこだわりでしょう。
もっとも、全体を通してのストーリーの複雑さと、それに対する作画の淡々とした味わいは、不可思議な魅力を放ってはいますが、それゆえの難解さを増幅させてしまう弱点も伴ってしまっているようで、ドラマがクライマックスに進むに従い、わかりにくくなっていくのは残念な限りではあります。
とはいえ、ファミリー向けか深夜TVアニメの劇場版などが幅を利かして久しい日本のアニメ映画事情の中、こういったマニアックな題材が映画化の対象になるのは非常に喜ばしいことで、しかも今回の上映時間はおよそ2時間!
最近のアニメ映画は50分以内の中編や、長編でも70分から90分強といったプログラムピクチュア的上映時間のものが主になりつつありますが、個人的には本作のように堂々と長尺で勝負していただきたいもの。
もちろんそれは題材にもよりますし、この『屍者の帝国』に関しては2時間半くらいかけてもよかったのでは? と思ってしまう瞬間も正直あったりしますが、いずれにせよこういった試みは大歓迎なのです。
実際のところ、本作は賛否両論真っ二つに分かれてはいますが、双方の意見ともに建設的なものが多いのには、作り手としてもある種のカタルシスがあるのではないでしょうか。
賛であろうが否であろうが、そのことで創作に対する意識を向上できてこそ真のエンタテインメントといえるでしょう。
その意味では、映画『屍者の帝国』は見事なエンタテインメントであると断言しておきます。
なお、Project Itoh第2弾は当初『虐殺器官』となっておりましたが、制作体制見直しのため公開を延期し、代わって『ハーモニー』が11月13日より公開されることになりました。
引き続き興味をもって鑑賞していただければと思います。
(文:増當竜也)
Project Itoh公式サイト http://project-itoh.com/
https://www.youtube.com/watch?t=7&v=x6wB6V7jwxk
(C)Project Itoh & Toh EnJoe / THE EMPIRE OF CORPSES