『天空の蜂』へと連なる 日本映画の核との対峙

映画コラム

■「キネマニア共和国」

いよいよ『天空の蜂』が公開されました。原子力発電所の上空からヘリを落とすと脅迫する謎のテロリストと対峙する人々とのスリリングな駆け引きを描いたポリティカル・サスペンス大作ですが……。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街 vol.24》

今まで日本映画は原発や核、放射能などをどのように描いてきたのでしょうか?

日本ならではのや核批判映画の歴史

まず、日本には戦時中、広島と長崎に原子爆弾が落とされた悲痛な歴史に基づいた原爆映画の流れがあります。大庭秀雄監督の『長崎の鐘』(50)や田坂具隆監督の『長崎の歌は忘れじ』(52)、今井正監督『純愛物語』(57)、吉村公三郎監督『その夜は忘れない』(62)、山田典吾監督『はだしのゲン』(76)、木下惠介監督『この子を残して』(83)、今村昌平監督『黒い雨』(89)黒木和雄監督『TOMORROW明日』(88)および『父と暮らせば』(04)などなど多数あり、最近でも『爆心長崎の空』(13)が公開されたばかりです。

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また最近では当時の広島市民8万5000人がエキストラとして協力した関川秀雄監督作品『ひろしま』(53)の再上映運動が促進されており、今月19日にも東京・国立オリンピック記念青少年総合センター・センター棟402にて「映画監督と時代~戦争法案を廃案に!~映画『ひろしま』上映とシンポジウム」が催されます
(10:30開場 11:00~16:00/入場無料/映画上映後、休憩あり/シンポジウム・パネラー:大林宣彦、小中和哉、杉井ギサブロー、松原信吾ほか)
http://blogs.yahoo.co.jp/nkl3doai/13737946.html

これらは原爆がいかに人間の生活を脅かすものであるかを、唯一の被爆国として訴える日本映画独自のジャンルであるともいえるでしょう。

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戦後の54年3月1日、日本のマグロ漁船乗組員たちがビキニ環礁で米軍の水爆実験の死の灰を浴びて被ばくした事件は、新藤兼人監督の『第五福竜丸』(59)として再現されています。
広島出身の新藤監督は『原爆の子』(52)や『さくら隊散る』(88)など原爆をモチーフにした名作を撮っており、原爆が投下されて広島が崩壊する一瞬の「残酷」模様を2時間の映画で描くことを宿願ともしていました。

また第5福竜丸事件などの核の災禍を背景に、当時製作されたのが、放射能の申し子ともいえる大怪獣を初めて銀幕に登場させた本多猪四郎監督の『ゴジラ』(54)であり、広島原爆の仇を討とうと独学で原爆を開発するヒロインを登場させた市川崑監督の風刺コメディ『億万長者』(54)でした。

黒澤明監督もこの時期に、原水爆の恐怖から逃れるべくブラジルに移住しようとする老人の姿を通して核批判を訴える『生きものの記録』(55)を発表。その後も『夢』(90)で原発崩壊による惨劇の未来や、長崎原爆にまつわる祖母の記憶を孫たちが受け継いでいく『八月の狂詩曲(ラプソディ)』(91)を発表しています。

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–{行き過ぎた科学への警鐘}–

フィクションを通して描かれる核戦争の危機や行き過ぎた科学への警鐘

50年代から60年代にかけての東西冷戦に伴う核戦争の危機を題材にしたハリウッド映画は多数ありますが、日本でも日高繁明監督の『第三次世界大戦 四十一時間の恐怖』(60)や松林宗惠監督の『世界大戦争』(61)といった空想特撮ポリティカル・サスペンス映画が製作されました。特に僧侶でもある松林監督が手掛けた後者は、一般市民の目線で核戦争の惨禍を見据えた名作として誉れ高い作品です。

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舛田利雄監督の力作『ノストラダムスの大予言』(74)は核戦争後の崩壊した未来予想図を含む諸所のシーンが問題となり、現在は封印映画となっています。同じ舛田監督と勝間田具治監督の共同で完成させたアニメ映画『FUTURE WAR 198X年』(82)は公開前から「戦争賛美映画ではないか?」と上映反対運動も起きましたが、実質は世界中の民衆が反戦デモに立ち上がるといった光景をクライマックスに、衛星核ミサイル発射を回避しようとする主人公らの労苦が描かれていました。

これは映画ではありませんが、そもそも行き過ぎた科学に対する警鐘の意味を込めて手塚治虫が描いたマンガ『鉄腕アトム』は、63年に始まったTVアニメの明るい“科学の子”としてのイメージと、同時期から促進されていった原発建設などがリンクしてしまった結果、原子力エネルギーの明るい申し子的な存在になってしまった感もあり、手塚はそれをずっと忸怩たる想いで捉えていました。
さらには77年、アトムが原作者に無断で原発PRに使われたことで手塚は激怒。以後、二度とアトムがそういったことに利用されないよう気を配り続けていたそうです。
なお、福島原発事故の後、アトムが原発のイメージアップに貢献していたと批判する声が相次ぎましたが、それを受けて13年の東京新聞には『アトムの涙 手塚治虫が込めた想い』と題された手塚の真意などを伝える記事が発表されています。

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横山光輝によるマンガ『ジャイアントロボ』を原作とする今川泰宏監督の傑作SF・OVAシリーズ『ジャイアントロボ THE ANIMATION―地球が静止する日』(92~98/全7話)では、完全無公害でリサイクル可能のエネルギー“シズマドライブ”によって繁栄を迎えた未来社会の中、そのシズマドライブに大きな欠陥があったことから始まる善悪の闘いの中で、ロボの動力源が“時代の遺物”たる原子力であることが発覚し、これを封印するかどうかがクライマックスの大きな見せ場となっていました。

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–{環境の中から生まれた異色作群}–

原発や核が日常の中にあることから生まれた異色作群

実写映画へ話を戻すと、黒木和雄監督が田原総一朗の小説を映画化した『原子力戦争』(78)は、過疎化する村と原発の利権などが交錯していく意欲的サスペンス映画。石井聰亙(現・石井岳龍)監督の『爆裂都市』(82)や池田敏春監督の『人魚伝説』(84)といったヴァイオレンス映画も、メ原発の利権問題などが背景となっていました。

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長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』(79)は、沢田研二扮するしがない中学教師が原爆を作って政府を挑発するも、その内容が「TVのナイター中継を最後まで放送しろ」「ローリングストーンズを日本に呼べ」といった政治的思想とは無縁のものばかりという、当時の若者のシラケ気質を見事に反映させた日本映画史上に残るカルト的名作です。
「原爆をモチーフに娯楽映画を作るなんてとんでもない!」といったクレームも製作中あったそうですが、実は広島出身の長谷川監督は胎内被爆した被爆二世であり、そのことを知るやクレームは収まったとのことです。

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森崎東監督による“怒れる喜劇”=怒劇の傑作『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』(85)では、日本各地の原発を渡り歩いては仕事する“原発ジプシー”の男と、沖縄のコザ暴動を体験したヌードダンサーを主軸に据えながら日本の闇を描出していきます。

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山川元監督の『東京原発』(04)は、何と東京都知事が突然、東京に原発を誘致しようと提唱したことから始まる都庁内の大騒動が描かれていきます。
公開当時は正直なところ普通のドタバタ風刺喜劇として捉えていましたが、東日本大震災を経ての今見直すと、かなりぞっとさせられるものがあります。

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–{その後、作られ続ける意欲作たち}–

東日本大震災および福島原発事故のあと作られ続ける意欲作たち

その東日本大震災と、それに伴う東京電力福島第一原発事故の後、事故そのものを背景に据えた日本映画も徐々に登場してきます。

園子温監督の『希望の国』(12)は、放射能に汚染された区域からの避難を拒み続ける酪農主とその妻、および子どもたちの悲劇を描いたもの。社会派的作品ではありますが、夏八木勲と大谷直子が扮する夫婦の絆など人間ドラマとしても秀逸な問題作でした。

内田伸輝監督の『おだやかな日常』(12)では、東京在住の主婦が放射能の恐怖におびえるあまり、世間から迫害されていく悲劇を描いています。これは当時、実際に都内近郊のママさんたちの間で起きた出来事を参考にしているようです。

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菅野廣監督の『あいときぼうのまち』(14)は、終戦直前の1945年から福島と原子力の因縁が実は始まっていたという事実を基軸に、親子4世代の福島の家族の歴史の中から、見る側に愛と希望の未来を問うていく問題作。

太田隆文監督の『朝日のあたる家』(13)は、原発事故に翻弄されていく家族の悲劇とその絆を描いたもの。現在、安保法案や原発再稼働などに際して鋭い論調で議論を巻き起こし続けている参議院議員の山本太郎の出演も話題になりました。

似内千晶監督のデビュー作『物置のピアノ』(14)は、放射能や風評被害におびえながらも日々の生活を営む福島の桃農家の次女の不器用な青春をつつましやかに描いた秀作。現在TV『表参道高校合唱部!』などで話題の芳根京子の映画初主演作でもあります。

松島哲也監督の『ソ満国境15歳の夏』(15)は、かつてのソ連軍による満州侵攻に翻弄された日本の少年たちと、現在の福島に住む若者たちをだぶらせながら、歴史の悲劇を訴えつつ未来への希望を示唆する意欲作でした。

変わったところでは、金子修介監督の『少女は異世界で戦った』(14)は、かつての歴史を反省して核も銃器もない世界に、核も銃器もある世界からの侵略者と戦う美少女戦士たちが織りなすSFアクション映画。武田梨奈をはじめ、清野菜名、花井瑠美、加也乃といった若手女優たちの壮絶な立ち回りの中から、核批判が浮き彫りにされていきます。

また河崎実監督、壇蜜主演のエロティック・パロディSF映画『地球防衛未亡人』(14)は、原発の使用済み核燃料を食料とする宇宙怪獣をわがものにしようとする日・韓・中・米の思惑と、その怪獣に夫を殺されたヒロインの復讐を描いた、実はなかなかに反骨の内容なのでありました⁉

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こういった流れの中、『天空の蜂』は、単なるポリティカル・サスペンス映画の枠を超えて、原発にまつわる現代人のさまざまな想いを巧みに描いています。

秀逸なのは原発賛成派のみならず反対派の闇まで描き得ているところでしょう。これによって本作はエンタテインメントを通した一級の人間ドラマとして屹立することになったのではないかと確信しています。

ぜひご覧になり、核をはじめとする科学の進化と未来の行方を、それぞれの想いをもって判断していただければと思います。
また、今回ざっと挙げた作品群も、なにがしかの役に立つのではないでしょうか?
(今回挙げた作品は、ほんの一例です。また最近急増中の、原発や核をモチーフとした記録映画も省かせていただきました。それらはまた別の機会に)

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(文:増當竜也)

映画『天空の蜂』は現在絶賛公開中!
公式サイト http://tenkunohachi.jp/
https://www.youtube.com/watch?t=7&v=UQ7HXQTzbKs
(C)2015「天空の蜂」製作委員会