日本映画界が世界に誇る映画の中に『ゴジラ』シリーズが挙げられますが、その『ゴジラ』(54)をはじめ『空の大怪獣ラドン』(56)『地球防衛軍』(57)『モスラ』(61)『マタンゴ』(63)『緯度0大作戦』(69)などなど、数々の空想特撮映画を世に送り出したパイオニア的存在でもある本多猪四郎監督の研究が、このところ国内では盛んになってきています。
というわけで……。
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街 vol.19》
“KING OF MONSTER”の生みの親でもある本多猪四郎監督を回顧していきましょう。
本多監督の本格研究書が刊行!
9月上旬、1冊の書籍が刊行されました。
『本多猪四郎の映画史』(アルファベータブックス/定価4800円+税)。
これは『ゴジラ』をはじめ、数々の東宝特撮映画を世に放った本多猪四郎監督の評伝です。
これまでにも本多監督の研究書は何冊か出ておりますが、今回の著者は小林淳氏。
『ゴジラ』シリ-ズなど数々の映画音楽で世界的名声を誇る作曲家・伊福部昭をはじめ、日本の映画音楽研究の第一人者である小林氏が手掛けた本格的監督評伝。
ページ数、何と551ページという大ボリュームで、この名匠の足跡を追っていきます。
この著者は研究対象に対して常にストイックかつ真摯な姿勢で臨むことに定評があり、決して変化球などは投げず、ひたすら直球勝負の文章で真っ向からぶつかっていくことも知る人ぞ知るところではありますが、今回も例外ではありません。
もっとも読む側としても、最初こそはそのボリュームに身構えてしまいますが、ページをめくっていくうちに、次第に著者の本多監督に対する純粋な愛情に気づかされ、いつしか一気に読破してしまっている、そんな書き手の読み手の一体感にカタルシスすら覚えさせる内容になっています。
戦争に翻弄された本多監督の若き日
本多猪四郎監督は、1911年生まれ。小学校時代に映画に触れ、やがて映画を趣味として見続けるようになり、娯楽性の中に芸術性が感じられる映画を理想とするようになり、日大芸術科を卒業した33年、P.C.L.(現在の東宝)に助監督として入社しました。
しかし、35年に徴兵され、最初に入隊した連隊の将校が翌36年の226事件に関わったことから、満州の関東軍に配属。
その後ようやくP.C.L.に復帰し、そこで生涯の盟友となる黒澤明と出会い、親交を深めるも39年に再び召集されて中国戦線に従軍。
終戦も中国で迎え、日本に帰還したのは戦後の46年でした。
戦争に翻弄された助監督時代、これによって彼の劇映画監督としての昇進は、40歳のときの『青い真珠』(51)と大幅に遅れてしまいます。
また、およそ8年も軍に在籍したキャリアが実は自身の作風に大きな影響を及ぼすことにもなるのですが、そこらの詳細は本のほうでお確かめください。
やがて黒澤明監督が『七人の侍』を世に放った1954年、本多監督は『ゴジラ』を発表します。
この年、世界映画史上に名を残す日本映画が、この親友監督二人の手で作られたことも特筆すべきですが、『ゴジラ』という怪獣映画としての娯楽性の中に、戦争や核の批判が盛り込まれていることも見過ごしてはいけないでしょう。
特に本書では本多監督のこういった姿勢に着目した分析や各時代背景、また特撮映画以外の作品にも多くページが割くことで、この才人監督の演出手腕そのものにスポットを当てています。
一方で晩年、黒澤明への友情の証として『影武者』(80)など彼の映画に演出補佐として携わり続けた事実に対しては、意外にあっさりしているのですが、要は映画監督としての彼にこそ着目したかったという趣旨の本であるともいえるでしょう。
–{天国の本多監督は、今の日本をどう見るか?}–
天国の本多監督は、今の日本をどう見るか?
誰もがその温厚な人柄に魅せられ、どの撮影現場でも和やかな空気を崩すことがなかったと、常にその人徳を讃えられている本多監督ですが、実は私も今から30年近く前の80年代後半、まだ映画ライターとして駆け出しだった頃、本多監督のご自宅まで赴いて取材させていただいたことがありました。
そのとき、あろうことかテープレコーダーが壊れてしまい、筆記での取材をせねばならなくなったのですが、本多監督はこちらがちゃんとメモを取れるよう、ゆっくりと穏やかな口調で、いろいろな話をしてくださいました。
結果、1時間の取材予定が倍くらいにはなったでしょうか。
「時間は気にしなくて大丈夫だよ」と、優しくおっしゃった本多監督の笑顔は、今も忘れられません。
取材中、印象に残っているのは、監督は新聞などの科学記事を見つけては、映画のヒントにできないものかとスクラップするのを日課にしているというお話で、たとえば『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』(65)は、新聞で遺伝子工学の記事を見つけたことが、企画に大きく役立ったのだそうです。
また、このとき監督は「まもなく、すべての映画は裸眼で見られる立体映画になることでしょうね」とおっしゃいました。
正直、そのときは「はあ…」とおぼろげな返事をするのみだったのですが、今やNINTENDO 3DSのように裸眼で立体視プレイできるゲーム機器が、当たり前のように子どもたちの間で遊ばれている時代です。
また、今は4Kテレビが話題になっていますが、これが8K、16Kあたりまで発展すれば、その映像は裸眼で立体視を体感できるのだそうです(つまり、もう3Dメガネはいらなくなる)。
こういった科学の未来を楽しそうに予見されつつ、一方ではそういった技術が戦争や政治に悪用されることだけは絶対に避けなければならないということも、監督はさりげなく強調されていました。
今、この日本を真の当たりにして、天国の本多監督は何とおっしゃるだろうか?
そういったこちらの想いにも、本書は本多監督に代わって応えてくれているように私には思えました。
ぜひとも一読し、本多監督作品そのものの魅力や、映画作家としての想いに触れてみてください。
(文:増當竜也)