『日本のいちばん長い日』以前と以後の映画たち

映画コラム

■「キネマニア共和国」

2015年8月15日で日本は戦後70年を迎えました。この“戦後”がいつまでも、それこそ80年100年1000年と、未来永劫続いてほしい。そういった祈りを込めて作られた映画が、原田眞人監督の『日本のいちばん長い日』です。

日本のいちばん長い日

(C)2015「日本のいちばん長い日」製作委員会

では、その『日本のいちばん長い日』=1945年8月15日以前と以後、日本人はいかなる状況にあったのでしょうか。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.8》

今、公開されている日本の戦争映画をおさらいします。

『日本のいちばん長い日』以前、その①戦場の兵士たちの地獄を描く『野火』

野火

(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

まずは8・15以前、戦場に赴いた兵士たちの、過酷という言葉すら優に通り超えた地獄のような日常を描いたのが、塚本晋也監督の『野火』です。
舞台は太平洋戦争末期のフィリピン戦線レイテ島。肺病を患いつつ、ジャングルの中をさまよい続ける主人公が味わう飢餓と極度の過労、非道な軍の赤裸々な人間関係、脳漿や内臓が炸裂する残酷の一言では済まされない戦闘、さらには自分自身が加害者となって現地民を殺してしまう悔恨、などなど、ここでは戦場がもたらす全ての悪夢を、これでもかと言わんばかりにおぞましく、そして美しいジャングルの自然と対比させながら幻惑的に描出していきます。
原作は大岡昇平の同名小説で、かつて市川崑監督が映画化した『野火』(59)はモノクロで、原作で問題になった人肉食いに関するスキャンダラスな描写も巧みに処理されていましたが、今回は鮮やかなカラー映像を最大限に活かして、それもひとつの重要なクライマックスとして衝撃的に描かれています。
またユニークなのは、フィリピンで撮影されたにも関わらず、その映像から灼熱地獄の暑さが感じられないことで、登場人物らは汗をかくことなく、あまりの暑さで、もはや出る汗すらもないという渇ききった肉体を表現しているようにも思え、一方では不思議とヒンヤリした映像の感触を全体的に与えています。
これは塚本監督の資質そのものでもあり、一貫したクールな映像美の中、肉体の痛みが精神を変色させていくという彼独自のモチーフが、戦場の地獄と見事にマッチしていると捉えていいでしょう。


(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

『日本のいちばん長い日』以前、その②銃後の若き女性の愛と性を描く『この国の空』

では、戦時下の国内はどうだったのでしょう。荒井晴彦監督『この国の空』では、銃後の若き女性にスポットを当てていきます。

若い男たちが次々と戦場にとられ、アメリカ軍の空襲が激しくなっていた1945年、東京・杉並区に住む19歳の里子は、このまま自分は愛を知ることもなく空襲で死んでいくのかといった漠然とした不安を抱えながら、妻子を疎開させて隣に住む38歳の銀行支店長の身の回りの世話をしていくうちに……。

本来なら、生きていれば普通に育まれていくべき人の愛と性が、戦争という極度のストレス的状況下において阻まれていくという、そのジレンマがここでは繊細かつリアルに描かれています。

原作は高井侑一が83年に発表して谷崎潤一郎賞を受賞した同名小説で、日本映画界きっての名脚本家である荒井監督は、監督デビュー作『身も心も』(97)以来、なんと18年ぶりにメガホンをとりました。

主演の二階堂ふみが、心を押し殺すしかなかった戦時下の若い女性の性の芽生えを、その小さく健気な佇まいと肉体をもって、いつしか情熱を秘めた存在感へと転化させながら体現しています。戦時中の女性の台詞回しに果敢に挑戦しているのも好印象。
また、母親役の工藤夕貴がこれまでにない大人のエロティシズムを漂わせながら、若き娘との対比にもなり得ているあたり、さすがは日活ロマンポルノで数々の名作脚本を手掛けてきた荒井監督ならではの持ち味でもあります。
里子が愛する、どこか厭世的な支店長には、このところ『ラブ&ピース』『進撃の巨人』2部作など映画づいている長谷川博己が扮しています。

里子がラストで朗読する詩は、茨木のり子の『わたしが一番きれいだったとき』。そんなかけがえのない時期を戦争で歪められつつ、一方では狂おしいまでの情念が呼び起こされてしまった、そんな女の忸怩たる想いが静謐な画調からひしひしと伝わってくる作品です。

奇しくも描かれている月日が1945年の春から8月14日までと、『日本のいちばん長い日』に相似している本作、双方見ることで、当時の政治家や軍部などと一般庶民との対比も体感できることでしょう。

https://www.youtube.com/watch?t=113&v=0QPj5OGWvnk
©2015「この国の空」製作委員会

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–{『日本のいちばん長い日』以後}–

『日本のいちばん長い日』以後満州と福島、70年の時を結ぶ『ソ満国境15歳の夏』

さて、多くの日本人は1945年8月15日に戦争が終わったと思っている人が多いようですが、これって実は日本がポツダム宣言を受諾し、全面降伏したことを国民に告げた日であり、実際の終戦は翌9月2日、ミズーリ号の降伏調印式をもってなされています。この認識のずれが、大きな悲劇を生みました。

1945年8月9日、ソ連が日ソ中立条約を破棄して、満州および樺太に侵攻。それは8月15日を過ぎても収まることなく、なんと9月4日までそれは続きました。

松島哲也監督の『ソ満国境15歳の夏』は、そのソ連軍の侵攻によって地獄を見た満州の日本人少年たちの軌跡を、東日本大震災とそれに伴う原発事故で多大な犠牲を被り続ける現代の福島の少年少女たちが追い求めながら、ドキュメンタリー映画を作っていくというものです。

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©「ソ満国境 15歳の夏」製作委員会

見識なのは、やはり満州の子供たちの悲劇と福島の悲劇を重ね合わせていることで、これによっておよそ70年の時の隔たりが一気に縮まり、何も解決されないまま新たな戦後を生きざるを得ない、そして今後も国に翻弄されかねない今の若者たちに対する覚悟と希望の念を示唆していきます。

映画は福島の少年少女たちが中国の黒竜江省・石岩鎮(旧満州国領)まで招待されて映画を撮るパートと、かつて少年たちが受けた苦難の過去の双方を描いていますが、個人的には、夏休みを通して子供たちが長崎の原爆の悲劇と対峙する黒澤明監督の『八月の狂詩曲』を彷彿させる現代編が興味深く、こちらも10代の役者たちが、撮影を通してそれぞれいい顔になっていくあたりは見ていて頼もしいものがありました。

また今回、現代編で重要な役割を担うのが、田中泯と夏八木勲の二大名優です。特に夏八木勲は既に鬼籍に入られており、本作は生涯現役を貫いた彼の姿を見る最後の映画ともなりました。このふたりの名演を見るだけでも本作は必見と断言しておきます。

きな臭くなってきた現代の日本において、今年の8月15日が過ぎても、また次の8月15日を平和な世界の中で迎えられるよう、祈らずにはいられません。そのために、映画もなにがしかの役に立てるはずです。


©「ソ満国境 15歳の夏」製作委員会
※「ソ満国境 15歳の夏」の上映スケジュールに関しては公式サイトをご確認ください。

今回は劇映画に絞らせていただきましたが、ドキュメンタリー映画でも今の時期『沖縄 うりずんの雨』(ジャン・ユンカーマン監督)『ひとりひとりの戦場 最後の零戦パイロット』(楠山忠之監督)『筑波海軍航空隊』(若月治監督)『天皇と軍隊』(渡辺謙一監督)などの作品が順次上映中です。

『日本のいちばん長い日』はもとより、これら多くの作品群もチェックしながら、戦争とは何かを、それぞれの目で見定めていってもらえたら幸いです。

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(文:増當竜也)


(C)2015「日本のいちばん長い日」製作委員会